ピンクブロンドの髪と瞳の色を持った相手を心から愛していても、いつかは冷める。
「私はこの物語のヒロインなの」そう嘯いたのはピンクブロンドの髪と瞳の色をした100人中100人が可愛らしいと断言するだろう準男爵家の令嬢アリシア・ヴァウンテンだった。
その可愛らしい顔で学園中の男子生徒を夢中にさせ、学年が違えど第一王子、第二王子、宰相家の嫡男と次男、公爵家の嫡男が二人、公爵家の次男が一人、侯爵家の嫡男が一人、侯爵家の三男が一人、アリシアと何らかの関係を持っていた。
それは学園に在学する高位貴族の跡継ぎ全員だった。
不思議なことに関係を持った男子生徒同士でアリシアを取り合うこともなく、いつも仲良くアリシアを中心に高位貴族の子息たちに囲まれていた。
アリシアと関係を持った男子生徒たちは婚約者から婚約破棄、撤回、白紙、解消を申し出られたが、性的関係を一切持っていなかった公爵家の嫡男の一人、デライト・アンダンッテだけはそのまま婚約者と結婚することになった。
デライトは婚約解消を強く望んでいたが、父親に「婚約解消するのなら家から出ていけ」と言われて泣く泣く婚約者のシルク・サーベントと卒業と同時に盛大な結婚式を挙げるしかなかった。
デライトはアリシアとその周りに侍っている男たちに、結婚はするけれど心も体もアリシアのものだと自分の結婚披露宴で泣いて告げた。
そのことは瞬く間に国中に広まったが、シルクは冷めた目をして全く気にした風ではなかった。
デライトは嫌々ながらも初夜を済ませるべく自室の隣の寝室に向かったがその寝室にはシルクはいなかった。
それ以前に夫婦の寝室だというのに、ベッドすら用意すらされていなかった。
何も無いがらんとした空間にデライトは目を瞬いた。
デライトは執事のガースを呼びつけ部屋の準備がされていないこと、シルクはどうしたのかと掴みかからんばかりの勢いでガースを問い詰めた。
「寝室の準備はどうなっているんだ?!それにシルクはどうした!!どこで初夜を・・・」
ガースは首を傾げてデライトに「身も心もアリシア嬢に捧げておられる方が奥様と何をされるおつもりなのですか?」と聞き返されてデライトは二の句が継げなくなった。
デライトはガースを寝室に残して自室に繋がるドアを大きな音立てて閉めた。
デライトは憤懣やる方なしと自室のベッドに寝転がって爪を噛みながら朝を迎えた。
朝食に向かうと父がガースと何事かを話していてちらりと視線が向けられただけで、父になぜだか朝の挨拶ですら声をかけにくく感じた。
ガースが食堂から居なくなったので昨夜シルクが初夜を行わなかったこと、寝室が空っぽなことを父に告げた。
「お前は結婚の用意、寝室の準備をするように誰かに告げたのか?」
父にそう聞かれて結婚の用意どころか、シルクの部屋ですら準備をするように誰かに告げたこともなかったことに気がついた。
デライトはまたしても二の句が継げられず黙り込んだ。
父はそんなデライトに興味を失ったのか食事は既に済んでいるのか腰を下ろすことなく食堂から出ていってしまった。
結局シルクがどこにいるのかわからないままだったと気がついたのは自分の執務室に入ってからだった。
むしゃくしゃした気分で父から与えられている仕事に取り掛かる前に、デライトの補佐をしているマルウィにシルクがどの部屋にいるのか知っているか聞いた。
マルウィも何も知らず、シルクの部屋すら整えておらず、寝室が伽藍洞だということにマルウィも驚いていた。
デライトはカッとしてマルウィを怒鳴りつけた。
「私の補佐はお前なんだからそのお前が手配するべきではないのか?!」
「シルク様を受け入れる気はないとデライト様がおっしゃっていましたので、勝手なことをしてはいけないと思っておりました。それに私では奥様の好みも解りませんし・・・」
そんなふうに言われるとこれ以上マルウィを叱りつけることもできなくなった。
「シルクがどこの部屋にいるのか知っているか?」
「いえ、シルク様に関することは何も知りません」
「シルクは何も言ってこないのか?」
「はい。披露宴以降お姿も見ておりません」
「なら放置でいいと思うか?」
「流石にそれはまずいのではないですか?」
「・・・何も言ってこないならこちらから関わる必要はない。うん。私はそう思う」
デライトは自己完結して、まだ学園に通っているアリシアの授業が終わる時間まで仕事をこなし、朝食、昼食にもシルクが来ないことも意識の外へと追いやってシルクのことを考えることは止めることにした。
学園の授業が終わるチャイムが鳴ったのに、待てど暮らせどアリシアは学園から出てこなくてデライトは学園の中に入っていこうとした。
門の前に立つ門番に止められて学園の中に入ることができず、デライトは唇を噛み締めた。
それから一時間程経ってやっとアリシアを囲む集団を認めることができた。
馬車から降り立ち、アリシアに気づいてもらえるように門に近づく。
アリシアの弾けるような笑顔一つで長く待たされたこともすべて許せると思った。
「アリシア!!待っていたよ!!」
いつもなら嬉しそうな顔をして抱きついてきてくれるのに、今日のアリシアは私から三歩ほど離れた距離を保ち「デライト・・・会いに来てくれたの?」と聞いてきた。
「アリシアに早く会いたくて授業終了より早くから待っていたんだよ」
「嬉しいっ!!でも、シルク様は・・・いいんですか?」
「私の身も心もすべてアリシアのためにあるんだよ」
抱きついてきてくれと両手を広げて待ったがアリシアはデライトに抱きついてこない。
「もう私には抱きついてくれないのかい?」
情けない気分でアリシアに尋ねると「結婚された方に触れるのは駄目なことだと皆に言われて・・・」俯いて小さな声でアリシアは答えた。
デライトはアリシアを囲む友人たちを睨みつけたが、第二王子に「不貞で裁判になったりしたらアリシアに傷がつくだろう」と言われて唇を噛むしかなかった。
シルクとの結婚は本当にデライトの首を絞めるだけのものでしかなかったのだと、結婚したことを悔いたが後の祭りだ。
大きな息を何度か吐き出して「お茶くらいはいいだろう?」と皆で近くのカフェに行って一時間程学生気分を味わった。
屋敷に帰って風呂に入り身なりを整えて食堂に顔を出したが、シルクも父も食堂にはやってこなかった。
父はどうしたのか不思議に思いつつも一人で食事を終え、相変わらずシルクの居場所もわからないまま、アリシアのためにもシルクとは関わらないほうがいいと思い直し、食堂に現れないシルクに感謝したいほどだった。
父の執務室に来るようにガースに言われ父の執務室をノックする。
「入れ」
父はこちらも見ず一通の招待状を私に差し出した。
「ガーデン家からの夜会の招待状だ。シルクと仲のいい夫婦のふりをして出席してきなさい」
「解りました。ドレスなどの準備は・・・」
「すべてこちらでするのでお前は仲のいい夫婦のふりをしてくるだけでいい」
「解りました」
夜会当日、結婚式以来初めてシルクを見た。
シルクは私の瞳と髪の色のドレスを身に纏い、亡くなった母が着けていたアレキサンドライトのネックレスとイヤリングを身につけていた。
「母上の・・・」
小さな声でつぶやいた。
父が見送りに出てきて「シルクにとても似合っているな」と褒めそやす。
シルクは頬を赤く染め「ありがとうございます」と答えて、私に手を差し出した。
「デライト解っているな?仲のいい夫婦を演じるんだぞ!!アリシアたちがいてもシルク優先にしろ。夫婦で出席しているときだけでいいんだから」
しつこく何度も言われて憤懣やる方ない気持ちになりながらもシルクの手を取り笑顔で「行こう」と告げた。
ガーデン家の夜会にはアリシアたちは居らず、なんの問題も起きずに夜会から帰ることができた。
それからも父に言われた最低限の必要な社交をシルクと、仲のいい夫婦を演じながらこなし、その合間にアリシアとの健全な逢瀬を繰り返した。
結婚して半年が経った頃、いつものようにシルクと社交に出た先でご夫人に「まぁ!おめでたですか?」と聞かれた。
シルクは嬉しそうに「はい」と答えた。
デライトは声を上げそうになったけれどシルクに強く腕を掴まれて無理やり笑顔を浮かべた。
それからどうやってその夜会をやり過ごしたのか覚えておらず、屋敷に帰ると父が玄関先でデライトたちの帰りを待ち構えていた。
父はシルクを見て手を差し出す。
あまつさえ「大丈夫か?」とシルクに声を掛ける。
「父上!!シルクが妊娠していると知っていたのですかっ?!」
「当たり前だろう」
冷静な父の応えにこれ以上にないほどに頭に血が上った。
「私達は初夜も迎えていないんですよっ!!」
「当たり前だろう。なぜお前とシルクが初夜を迎えなくてはならないんだ」
「なっ!何を言っているんです!!シルクが不貞を働いたんですよっ!!」
「シルクは不貞などしていない。すべて予定通りだ」
「予定?予定ってなんですかっ?!」
父がシルクの手を取ってデライトに背を向けるので私は「父上!!」と何度も呼びながら後をついて行った。
応接室で父とシルクが隣同士で腰を下ろしたのでデライトは父の正面に腰を下ろす。
ガースがお茶を入れてくれて父の背後に立つ。
「お前のアリシアとのことでシルクとの婚約を解消するという話し合いの席で、婚約解消をするとシルクの家が爵位を返上するしかないことが解った。こちらの有責だったので返上しなくていいように支える旨を伝えたが、シルクが施されるのは嫌だと言ったんだ。それで何度も話し合った」
全く知らない話だったのでデライトは驚くしかなかった。
「お前はアリシア以外愛さないと公言していたから、なら結婚はお前とシルクがして、実情は私の妻になるということでいいのではないかとシルクが言い出し、そうすることになった」
「なっ!何を馬鹿なことをっ!!」
「だがお前がアリシア以外愛さないと言うならこの先誰とも結婚できないだろう?」
「それは、そうですが・・・」
「準男爵という家格だけならまだしも、誰の子を生むのか解らない女をこの家に迎え入れることなどできないことは理解しているだろう?」
「・・・アリシアはそんなふしだらな子ではありません・・・」
そう父に答えたが自信はなかった。
「ああ、お前だけはアリシアに手を出していないんだったか」
「アリシアは・・・」
ここでいくら父にアリシアはそんな子ではないと言っても信じてもらえないことは解っていた。けれど、アリシアの酷い噂が嘘だと私くらいは信じてあげたかった。
話を誤魔化すようにシルクの話に戻す。
「ですが!それならば父上の妻として迎えればよかったではないですか!!」
「それも考えた。だが外聞が悪すぎだ。シルクとお前が結婚して、シルクが私の子を生めばなんの問題もない」
私はまるで道化ではないか・・・。
「生まれてくる子供はお前の子だ。アンダンッテ家はお前ではなく、その子供が継ぐ。血筋にもなんの問題もない。私に何かあってもシルクはお前の妻だ。この家に残ることになんの問題もない。私が死んだ後も離婚はするな。まぁ、私はまだまだ死ぬ気はないがな」
「私が誰かと子供を作った場合はどうなるのですか?」
「誰の子かも解らない子はアンダンッテ家に迎えることはできない。お前の甲斐性の中で好きにすればいいと思っている」
「甲斐性の中で好きにってどういう意味ですか?」
「小遣いの中で面倒を見られるなら面倒を見ればいいってことだ。だが認知はさせない」
「私は外で誰かと関係を持ってもいいのですか?」
「子供をアンダンッテ家に入れないのなら好きにすればいい」
シルクの方を見るとシルクは微笑んでいるだけだった。
アリシアと関係を持ってもいいのなら、私にとっていい話のような気がした。
一度そう思うとその気持はどんどん大きくなり、アリシアを抱いたときのことを想像してアリシアを抱きしめることしか考えられなくなった。
父が煩く「シルクが産む子供はお前の子供だからなっ!!」と言っていたが適当に頷いて応接室を後にした。
翌日いそいそと学園に向かい、アリシアが出てくるのを待った。
アリシアは相変わらず第二王子を筆頭に高位貴族を侍らせていたが、話があると言って結婚以来初めて二人っきりになった。
アリシアにシルクの許可を得たと言ってアリシアを抱きしめた。
何度も何度も口づけるとアリシアは嫌がることもなく私を受け入れる。
アリシアは私よりよほど手慣れていて、侍らせている男たちと体の関係があったことは間違いではなかったのだと知ってしまった。
アリシアから宿に誘われて料金を投げ捨てるように支払ってアリシアの中に自身を収めた。
身も心も満足して屋敷に帰ると珍しく父とシルクが食堂で食事をしていた。
その姿は年は離れているものの仲のいい夫婦にしか見えなかった。
デライトは人目を気にしてアリシアとの逢瀬をしているのに、父たちの堂々とした態度に少し不満を持った。
「あまりにも堂々と仲良くしていたら外にバレますよ」
ガースが私に数枚の書類を差し出してきた。
書類にはシルクと夫婦としての活動をしたらいくら払うという事が詳細に書かれていた。
父の顔と書類を何度も見比べた。
「お前は気がついていなかったようだが、今までもこの明細通りに支払っている。シルクとの夫婦活動は仕事だと思え。生まれてきた子供が私の子だとバレたら恥をかくのはお前だぞ。まぁ、アンダンッテ家が傾くほどの醜聞だがな」
「誰かに話したりしませんよ」
夜中にシルクが産気づいて屋敷の中は一気に慌ただしくなった。
子供が生まれるまで外出を禁じられ、仕事のうちだと言われたら納得できて医者の前では父親を演じた。
生まれてきたのは男の子でベルフェルトと名付けられ、当初の予定通りデライトの子として届け出された。
ベルフェルトの前では父親、シルクとの夫婦を演じることになったが、父親としてどう振る舞えばいいのか私には解らなかった。
子供が大きくなった時に真実を知ったら子供たちがどう思うのかも心配だった。
アリシアが学園を卒業すると第一王子と第二王子がアリシアから物理的に離れた。
第一王子と第二王子は其々今まで付き合いがなかった遠い国に追いやられることになった。ふたりとも婚約者に婚約破棄されたため、廃嫡となって国から出されたのだ。
アリシアは「おかしいわ。私ヒロインなのに王妃になれないなんてぇ・・・」と何度も口にしていたが、準男爵の娘が王妃になれるはずがないことは解りきったことなので敢えてデライトは口にしなかった。
宰相の嫡男と次男はいつまでもアリシアと別れないことを理由に家を出され、領地へと押し込められた。
家を継ぐことが無くなったのでアリシアと結婚できるとアリシアに二人して求婚していたがアリシアは「私ヒロインなのよ。田舎で暮らすなんて無理だわ」と断っていた。
「ヒロインとは何だ?」と何度かアリシアに聞いてみたがアリシアの説明は要領を得ず、アリシアに侍っている誰も理解できなかった。
ただ「私はこの世界の主役なのよ」と言ったのには驚いた。
このとき、アリシアへの熱がスッとひいたような気がした。
公爵家の嫡男は隣国の伯爵家に婿入りすることになった。
隣国にまでアリシアのことは知られているらしく妻となった人に頭が上がらず肩身の狭い思いをしていると手紙が送られてきた。
『アリシアと離れてみて、どうしてアリシアにあんなに執着したのか解らなくなった。もっと早く気がついていたら家を出されることなどなかったのに』
と手紙に書かれていて納得できるような、できないような複雑な心境だった。
まだ学園に残っている年下の子たちもアリシアから距離を取りつつある。
アリシアに侍っている者は凋落すると噂になり、それが噂ではなく事実だと気がついたからだろうとデライトは思った。
今はアリシアの側に残っているのはデライト一人となり、アリシアは憂いては泣いて縋ってデライトを求めた。
「私、ヒロインなのにどうして?」と口にするが、デライトにはどう答えればいいのか解らなかった。
正直、私はアリシアに付き合うのが面倒になってきていた。
アリシアと関係を持ってから長い時間が経った。
今はもうアリシアに愛情などはなく、ただの排泄するだけの関係になっていた。
「もう、デライトでいいわ。シルク様と別れて私と結婚して!!」
そう口にしたアリシアは後一ヶ月で三十歳になる。
「それは無理だ。シルクと別れるつもりはない」
父とシルクの間にはベルフェルトの他に女の子が二人、男の子が二人生まれていた。
母との間にはデライトしか生まれなかった。
デライトを生むと寝付くようになって、デライトが2歳になる少し前に亡くなった。
産後の肥立ちが悪かったとデライトは聞いている。
「どうして?!私のこと愛しているんでしょう?」
そうアリシアに言われてハッと意識を目の前のアリシアに向けた。
アリシアを今も愛している?それだけはないと伝えられなかった。
「私、ヒロインなんだから幸せになるはずなのにどうしてこんな事になっているの?私の側にはデライトしかいなくて、デライトもベッドの中でしか私に付き合ってもくれなくなって、出すもの出したらさっさと帰ってしまうし!!お父様からはいい加減、家から出ていけと言われるし!!」
今はもうアリシアはくたびれたおばさんになっている。学生の頃の輝きは今はもうどこにもない。それにデライトは仕事が面白くなってきていているし、本当は異母弟妹だけれどデライトの子供ということになっている子供たちも可愛いと思っていた。
性的欲求は無くならないのでアリシアで発散さえできれば、宿代だけで済むやすい娼婦を買っているようなもんだ。余計な面倒事はお断りしたい。
「デライトは私よりシルク様を愛しているの?」
それはない。が、そうは言えないので「どちらをより愛しているかなんて答えられないよ」と答えた。
アリシアの口をふさぎたかったので口づけをしてアリシアの中に入り込んでその場を濁して早々に逃げた。
アリシアが三十歳の誕生日を迎えたその日、アンダンッテ家にアリシアが乗り込んできた。
門前で「愛されているのは私なのよ!さっさと離婚しなさいよ!!」など色々な暴言を吐いて衛兵に連れ去られていった。
一週間ほど牢に入れられたらしいが出てくると何通もの手紙が私のもとに届いた。
仕方なくいつもの宿屋でアリシアと会ったが泣いて喚いて宿屋の主人から五月蝿いと苦情が来た。
泣きながら「せめて子供を生ませて」と泣いてデライトを求めてきたのでそれには応じたが、アリシアに子供ができることはないだろうとデライトは思っていた。
この宿屋でアリシアが好んで飲んでいる飲み物の中には子を孕んでも、本人も気づかないうちに流れてしまう薬が入れられていて、その飲み物をアリシアは十五年以上飲み続けている。
口が堅いことと、人目につきにくい立地、それとこの飲み物のおかげでこの宿が重宝されている。
第一王子がこの宿を見つけてきてアリシアを最初につれてきて、それからアリシアはこの宿でたくさんの男たちに飲み物を勧められ、体を開いてきたのだ。
王子たち以外の皆は最初は普通の宿を使用していたのだと思う。
だがアリシアが自分以外に体を開いていることに嫌でも気がつく。
そして万が一、子ができたら誰の子か解らない。誰の子か解らない子を誰が育てたいと思うだろうか。そして暗黙の了解でアリシアと関係を持つ男たちはこの宿を使うようになっていった。
アリシアに新たに侍るようになったら必ずこう伝える。
「誰の子か解らなくても責任を取るつもりがあるならあの宿以外で関係を持ったらいい。だがアリシアに子ができた時、我々の子だと解っても、責任は取らないからそのつもりでいてくれ」
と第一王子に言われた。
中にはアリシアが全員と関係を持っていることを知ると二〜三度、体の関係を持って離れていく者もいたことだろう。
アリシアに求められたデライトは、子は流れるだろうと確信はあったが念の為にアリシアに今日も飲み物を勧める。
アリシアはこの飲み物の味が好きらしく言われるがまま飲み干す。
アリシアを押し倒して中に吐き出した途端にため息が出た。
アリシアは私の下でそのため息を聞いて今までとは違う泣き方を始めた。
アリシアの目から涙がポロポロと流れるのを見ても既にデライトの心は動かない。
またため息を吐いてアリシアの中から体を引き抜いた。泣いているアリシアをベッドに残してシャワーを浴びた。
デライトが身繕いを整えてもアリシアは泣いていた。
「アリシア・・・この関係を終わらせよう」
「なんで?私、ヒロインなんだよ?どうして誰も居なくなるの?私が幸せになることは決められているはずなのにどうして私は一人ぼっちになってしまったの?」
「アリシアが誰とでも関係を持つ女だからじゃないか?」
アリシアは目を見開く。
「アリシアが私としか関係を持っていなかったなら、結婚はできなかったかもしれないが小さな屋敷を与えて子供も産んでもいいと言ったと思う」
「今はもうデライトとしか関係を持っていないわ!!」
「今までが今までだからそれを信じろと言われてももう無理だよ。それにその年になって子供を産もうと思ったらかなり危険だろ?万が一があって産まれた子供一人残ったら孤児院行きになると思うよ」
またアリシアはポロポロと涙を流した。
「もう屋敷に来たり、手紙を何通も送ってきたりしないでくれ。アリシアとはこれでお別れだ」
「シルク様を選ぶのね」
「違うよアリシアを選ぶことができないだけだよ」
「私、結婚したいの!!子供も欲しいのよ!!」
「相手が誰でもいいのなら探してみるけど?」
「お父様が持ってくるような相手と同じような人でしょう?」
デライトは首を傾げる。
「貴族の位は高くてもお父様より年上だったり、何人も愛妾がいる人の愛妾だったりよ。相手を選ばないなら私をもらってくれる人はいるらしいわ」
「でも私は自分に釣り合う人と幸せな結婚をしたかったの」
釣り合う相手と言うなら精々伯爵位までだったろうと思った。
いくら美しくても身分はどうにもならないだろう。
デライトも若い時はアリシア一筋と思っていたが、アリシアがこの宿で裸のまま待っていた時にアリシアだけは無理だと気がついた。それからは気持ちはどんどん冷めていった。
「可哀想なアリシア。自由気ままに生きてきた罰が今なんだ。私の罰はシルクと結婚した時に当たったからね。アリシアと出会わなければ皆幸せになっていたと思うよ」
「酷いわ!!」
「でもアリシアと関係を持った人は皆不幸になったよ」
「デライトは幸せじゃない!!可愛い妻も子もいて!!」
「まぁ、そうだな」
アリシアと出会っていなければシルクと普通の夫婦で、父のように幸せになれたんだと思うと、若い頃の自分に馬鹿なことはやめろと言ってやりたい。
もう遅いけれど。
デライトが屋敷に帰るとそこには自分がいるはずの場所に父がいて、とても幸せそうだった。
若い妻がいるからか、父は一向に老けない。
デライトと並び立つとまるで兄弟のようだった。
シルクに「おかえりなさい」と言われて子供たちが駆け寄ってくる。
「父上〜〜!!」
これはこれで私は幸せなのかもしれない。