ブリキのバイキング
次の朝。
少し支度に手間取り遅れてきた葵は先に来ている筈の希糸の姿が無いことに気がつく。
何処に行ったのかと考える前にその答えは慌ててやって来たユーリがゴロニャンと電話ちゃんと共に丁寧に教えてくれた。
話を整理すると、どうやら希糸は【カラフル族】のブリキのバイキング達に連れ去られたようだ。
正確には自分から着いていったらしいが。
ユーリ「ごめんなさい、ドクター…」
葵「良いんだよ、きっと希糸も何か理由があって着いていったんだと思う」
ユーリ「た、確かに希糸さんは理由なく行動する方では無いですからね」
葵「そーそー♪それじゃ、ユーリ、ゴロニャン、電話ちゃん留守番頼んだよ!」
ゴロニャン「わかったにゃん」
電話ちゃん「気を付けてね先生」
葵「うん、そうだ!ヘリリンに希糸が何処に居るのか聞こう」
ヘリリンとはちょっと大きめの【カラフル族】のラジコンヘリの事、本当の名前は【ジュード・Δ(デルタ)】と言うのだが葵が愛称でヘリリンと命名した。
おもちゃの病院の屋上に居る頼れるドクターヘリである。
葵が外に出ると屋上に向かって叫ぶ。
ちなみに建物も実はそんなに高くなく、180cmの人間2人分ぐらいの高さしかない。
葵「ヘリリン!起きて!聞きたいことがあるの!」
葵の声で、スリープ状態を解除したヘリリン。
ヘリリン「どうした葵?」
優しく凛とした声が葵に届く。
葵「希糸がブリキのバイキング達に連れ去られたの、何処に居るか分かる?」
ヘリリン「待っててくれ」
ヘリリンはなにやらスキャンを開始する。
程なくして『わかったぞ』と声がする。
ヘリリン「希糸の生命反応をこの先にある毛糸の森から強く感じた、おそらく彼女はそこに居る」
葵「毛糸の森だね、ありがとう!あ、ヘリリンも着いてきて!お願い!」
ヘリリン「了解!」
行こうとした時、プリンとティラミスがやって来る。
葵「あれ!プリンさんにティラミスさん!遊びに来たんですか?」
プリン「うん、でもなんか慌ててますね葵先生」
ティラミス「…何か、あったんですか?」
葵「実は…」
葵は希糸の事を説明する。
プリン「け、希糸さんがブリキのバイキング達に連れ去られた!?」
ティラミス「何処に居るか分かりますかドクター?」
葵は『彼処だよ』と言い指を差すその方向に【毛糸の森】がある。
プリン「あんな所に…」
葵「大股100歩の距離だね、2人も病院の中入って待ってて!」
そう言い走る葵だったが。
プリンとティラミスは着いてくる。
葵「ちょちょ、話が違うじゃない!?」
ティラミス「だって、やっぱり心配なんだわ!」
プリン「そうですよ!心配で待ってられないよ~」
葵「しゃーない!着いてこい!」
プリン&ティラミス「はい!/OK!」
:
:
:
~【毛糸の森】~
あっとゆうまにたどり着く。
少し歩けば開けた場所に出る。
そこで希糸を見つける。
彼女の側には卵形をしたブリキのバイキング達が居る。
真ん中に立つブリキは特に目立っていて緩やかなカーブを描いた太い角を2本頭に生やしている。
更に体に施されている細かな装飾を見る限りおそらく彼がボスで間違いないだろ。
ブリキングと命名しようと葵は思った。
ヘリリン「希糸さんの状態は正常です」
葵「サンキュ!希糸、大丈夫!」
希糸「おう、それよりこの子達あんたに話があるみたいだから話聞いてやって!」
葵「OK!希糸はただちに毛糸の森から脱出してくれ(笑)」
希糸「人の名前で遊ぶなー!?」
葵「ごめんごめん、とにかく早く帰ってあげて?ゴロニャン達が心配してるから、ヘリリン、希糸をお願いね」
ヘリリン「わかった、葵も気をつけて」
葵「うん、ありがとう」
希糸「ヘリリンも来てくれたんだね、あんたはいい奴だよ、って!それよりプリンちゃんとティラミスさん!来てくれたの!?嬉しい~~!!」
ちょっと遅れてやって来たプリンとティラミスの姿を見つけ希糸は喜ぶ。
プリン「や、やっと追い付いた…希糸さん、元気そう、良かった…!」
ティラミス「…ドクター、走るの…速い…」
希糸は立ち上がりスタスタ歩き出す。
ブリキング「こらー!なにを勝手に帰ろうとしているんだ!?」
本日もっともな発言である。
希糸「あんた達の目的は葵と話をする事でしょ?だから私は帰るのよ」
ブリキング「なんでそーなるんだ!えぇーい!野郎共、取り押さえろ!」
ブリキングの手下達は慌てて希糸に飛び付きしがみつくが、彼らの大きさは脛半分程、更に軽いので希糸を止められる筈もなくそのままお持ち帰りされる。
手下達「ボス~~~、助けて~~~」
ブリキング「ダメだこりゃ…」
葵「で?貴方は私になんの用なの?」
ブリキングの前に座る。
その顔は先ほど友人とふざけあっていた緩いものとは違い真剣だ。
葵「他のおもちゃ達に迷惑かからないように希糸が大人しくこの場所へ来たんだ、率直に聞こうか」
ブリキング「よ、よし!なら俺の言う事を聞け!」
葵「私に出来る範囲で今日1日で成せる事なら聞くよ」
ブリキング「…なんか細かいな」
葵「人間には色々やることがあるんだよ、そこは呑み込んで欲しい」
ブリキング「ふん、安心しろ別にあーだこーだ言うのじゃない!望みはただ一つ…俺を、人間世界のある場所に連れてけ!」
葵「いいよ」
プリン&ブリキング「えぇー!」
ティラミス「ドクター、流石に軽過ぎません?」
葵「いいのいいの、で、何処に行きたいの?」
ブリキング「ほ、本当に連れてってくれるのか?」
葵「疑うならやめるよ?」
ブリキング「まっ、待って!悪かった!連れてってくれ!」
何か焦りを感じる、どうやら本当に行きたいようだ。
おもちゃの世界の子は自力でも人間世界に行ける。
だが当然ながら活動範囲が限られる、生きたおもちゃが人間世界にいるのはあまり良くない、色々な意味で。
葵「でも、行きたいんだったら希糸に頼めば早かったんじゃない?」
ブリキング「勿論頼んださ、けどあいつはこう言ったんだ『この世界と先に絆を繋げたのは葵だ、おもちゃ達を外に連れていく決定権を持つのはあの子だ、外に出たければ葵に頼め!』とな」
葵「うん、希糸らしい」
葵はブリキングをむんずと掴むと片腕に抱える。
ブリキング「おい、なにする!?」
葵「どこ行きたい!3秒以内、1、2、…」
ブリキング「せ、千年桜の咲く丘を知ってるか!」
ティラミス&プリン「!!?」
この言葉を聞いた時、ティラミスとプリンに強い記憶のビジョンが浮かぶ。
自分達を抱えて桜を見上げる少女が甦る、その瞬間、逢いたいと言う気持ちが強くなる。
葵「彼処に行きたいの?わかった!」
プリン「あ、あの先生!」
ティラミス「アタシ達も、連れてって!」
葵「え?」
プリン「お願いします、目立つことはしませんから…」
ティラミス「お願い、お願いよ…」
ブーケドール族は着せ替え人形だが、この世界に転生した時、人間と同じ背丈になる。
背の高さはそれぞれの制作過程で生まれた設定が反映される。
当然今のサイズのまま来ることになるので、必ず目立ってしまうが。
葵「いいよ、着いておいで」
葵はそれを承知で許し、この言葉に2人は嬉しそうに頷き着いていく。
∇
∇
∇
《おもちゃの病院》
ゴロニャン「帰ってきたと思ったら人間世界に繋げてくれとは…、お前さんは本当に突然だね」
葵「そこを頼みます!ゴロニャンの力で千年桜の丘の近くまで繋げて欲しい!何卒、何卒!」
ゴロニャン「やれやれのお人好しだね、よっこらっしょ!」
おばあちゃん猫【もふもふ族】のゴロニャンは行きたい場所まで繋げてくれる空間移動の不思議な力を持つ。
ぴょん!とカウンターから降りるとすぐ側にある古ぼけた逆U型の扉の前に来る。
それに触れるとひと鳴きする、鈴が鳴ったと思えば扉はたちまちステンド硝子の扉に変わる。
ティラミス、プリン、ブリキング達から小さな歓声が上がる。
ゴロニャン「ほら繋げたぞ、金の砂時計を持ってお行き、それが落ちきる前に帰って来い、後は頑張んな」
葵「ありがとうゴロニャン、行くよ!ブリキング、ティラミスさん、プリンちゃん!」
葵は3人を引き連れ扉を潜る。
ユーリ「いってらっしゃーい!」
電話ちゃん「先生、大丈夫かしら…」
希糸「葵なら問題ないさ」
ゴロニャン「そう、あのこならきっと…」
千年桜の咲く丘で。
何を思い見るのか…。
ー続くー