先輩
古川さんが教室を出てからどうすればいいかと頭を悩ませていたが、結局いい答えなど浮かぶはずもなく諦めて鍵を閉め返却に向かう。
春井先輩との彼氏役というだけでも手一杯なのにその上、たった一週間話したくらいの後輩の彼氏役もやることになってしまった。少し前の自分ならばそんなフィクションじみたことあるわけないだろと一蹴していただろうが、現実そうなってしまっている。
「どうすりゃいいんだよ……」
ついついため息をついてしまう。彼氏役が嫌という訳ではない。春井先輩は言わずもがな、古川さんだって俺からしてみれば可愛く、付き合うにしては高嶺の花というものだ。そんな二人から彼氏役を頼まれるというのは嬉しいことなのだろう。このままだと二股していることに目をつぶればなのだが。
先ほども考えたところでいいことは浮かばないという結論が出たにもかかわらず、結局考えてしまう。どうすればどちらにもいい結果ができるのか、そもそもなんで俺が相手なのか。様々な考えが浮かんでは消える。そうしていると急に後ろから肩を叩かれた。
「新崎君、今帰りなの?」
「春井先輩?」
ふわりと香る花の香りに内心どぎまぎしながら、いたって普通に返事をする。雪峯先輩と教室を出てった時はそのまま帰ったものだと思っていたが、どうしてここに。
「ふふ、どうしてここにって思ったでしょ?」
「え、なんでわかったんですか?」
「新崎君は分かりやすいからな~。おねーさんはなんでもお見通しなんだよ!」
「お姉さんって……一つしか離れてないでしょう?」
「それでもおねーさんだし!」
「いや、まあそれでいいですけど。それでなんでここに?」
「咲とちょっと話しててね。本当はすぐに帰るつもりだったんだけど」
「そうなんですね。じゃあ今から帰るんですか?」
「うん。でも帰ろうと思ったら新崎君が見えたから」
話しかけちゃったと花が開いたように彼女が笑う。この人のこういうところが人から好かれるんだろうなと感嘆する。確かにこんな心を許していると伝えるように笑われるとこの笑顔を自分のものにしてしまいたいと思う人たちの気持ちも分かるような気がした。
春井先輩の笑顔に惚けていれば、春井先輩が心配したように俺の顔を覗き込む。しっかりしなければと気持ちを立て直し、それならと途中まで一緒に帰ることを提案する。
「うん、いいよ~。私も新崎君に話さなきゃいけないことがあったから」
「話さなきゃいけない事、ですか?」
なんだろう。とてつもなく嫌な予感がするが。
背筋をなぞる悪寒にブルリと身震いしながら連絡通路を二人で歩く。すっかり夕暮れと呼ばれるような時間で、そういえば春井先輩から彼氏役のお願いを聞いた時もこんな時間だったな、なんて思う。つくづくこういう時間はそういったイベントが詰まっているのだろうか。
「そうなんだ~。実は彼氏がいるって話を友達にしたんだけど、男の子じゃなくて女の子の方が興味を持っちゃったみたいで……彼氏の写真とか、どこの人なのとか根掘り葉掘り聞かれちゃってさ~」
「あ~……女性ってそういうのに興味を持つイメージはありますね」
「同じ学校かどうか~とか、新崎君が相手だ~って事をほのめかすような話はしてないんだけどね?会いたいって子が何人かいてさ。流石にそれは新崎君を困らせるしな~って思ってたんだよ」
「いや、別に俺としては言ってくれても大丈夫なんですけど」
「ダメだよ!新崎君はちゃんと青春しないと!!」
ぐさりと春井先輩の言葉が俺を突き刺す。確かに俺の最近の青春なんて家に帰ってゲームをやるかアニメを見るかしかしてない他の人から見れば灰色なのかもしれないが、それはそれで充実した時間を過ごしているのだから灰色なんて言わせない。
そこまで言ってないだろなんてツッコミは聞いてない。そもそも俺には仲のいい女子なんていないしクラスで話すような友人も数えるほどしかない。
「俺、先輩が思ってるような青春ができるとは思えないんですけど……」
「そうかな? 私は新崎君は大丈夫だと思うよ?」
「そうですかね……」
「きっとそうだよ! だって、新崎君はやさしいから」
微笑みながらこちらを見る春井先輩は普段のような気兼ねない友人のような距離感ではなく少し大人っぽい年上の余裕が感じられるような雰囲気を帯びていた。
ドキリと跳ねる心臓。熱を感じる顔。きっと今の自分は顔が赤くなってるんだろうと分かる。春井先輩には伝わらないように、そっと目を逸らす。
「それは、どうもありがとうございます」
「どういたしまして」
「あ、それでね。話が戻るんだけど、クラスメイトから『歌奈の彼氏に会えなくてもいいからどんなことしてるのか知りたい!』って詰められちゃってさ」
「あ~……」
そういえば、春井先輩の彼氏役として何かをしたことなんてなかった。つまり春井先輩の友人の方々に聞かれたとしても話すための引き出しが無いのだ。
そんな状態で聞かれてもどう説明すればいいか分からない。実際、俺がカズに春井先輩と付き合っている事を話しても多分笑いながら信じてくれるだろう。けれど、他の人は証拠でもないと納得できないと思う。なんでこんなやつと、なんて思考になってもおかしくないだろう。
「確かに俺は春井先輩と関わるタイミングなんて部活くらいですしね。どういうことしてるかって話になっても困りますね」
「そうなんだよね~。私も今まで恋人がいたことなんてなかったから、どんなことをするのかなんて物語の中でしか知らないしなぁ」
「俺もそういうことの知識はないです」
ゲームならばこういう選択肢を取って好感度上げて、この場所に行けば特定のシーンが集めることができて……なんてことがわかるが現実はそんなことはない。イベントCGもなければ選択肢のセーブもない。
ライトノベルや漫画、ゲームでの知識があったとしても、それはあくまでフィクションで自分と同年代の人間がどういう事を恋人としてるかなんて知りもしない。
「だから、新崎君にお願いがあるんだけど……いいかな?」
「?? はい。俺に出来ることなら」
「良かった! じゃあ、今度デートしよ!」
「え、今度……ですか?」
「うん。ゴールデンウィークとかどうかな?」
「特に予定はないからいいんですけど、デートってことは」
「勿論、恋人としてのデートだよ?」
「いや、さすがにそれは分かります。でも、デートをしてるところなんてそれこそお友達の方に見られたりしたら困るんじゃないですか?」
「そうなんだよね~。なるべくそうならないように考えるつもりだけど」
俺としては別に何か困ることは……まあ不安なことはあるか。いちゃもんとか因縁つけられないかとか。特に春井先輩のことを好きな人って春井先輩とどうなりたいかじゃなくて自分のことを好きなんじゃないかって思ってる人が多そうだから怖い。
まあ不安なのは不安だがそれでも春井先輩を手助けしたくてこんなこと(彼氏役)をやっているのだ。今更、気にすることでもない。
「でも、それで私と新崎君が楽しめないなら意味ないから。私も考えるけど、新崎君もどこに行きたいかとか教えてくれると嬉しいな?」
「なるべく、努力します」
「ありがとう! そういえば、今から鍵を返しに行くつもりだったんだよね?」
ささっと返して帰ろう~と先に歩き出す。一緒に来てくれるのか。嬉しいけれどこういうところを見られるのもどうなんだろうかと思ってしまう。これは俺が小心者なだけな気もするが用心するに越したことはないだろう。
周囲を見ながら鍵を返すために歩き出せば春井先輩からウサギみたいと笑われた。なんでだ。




