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春は彼方  作者:
8/25

彼氏役

「えーっと、それで、なんでここにいるんですかね?」


「あれ?言ってませんでしたっけ?」


 あの時と同じ笑顔で目の前に立つのは一週間の間、昼休みを共に過ごしたあの少女だ。昼間と変わらない笑顔で部室にいる。いや、確かに一年生ということは聞いていたが、まさかここに入ってくると思っていなかった。小説が好きと言ってたしてっきり文芸部にでも入るものだと思っていた。驚いた顔のままで居れば、目の前の後輩は悪戯が成功したとでも言うように笑った。


「それでは、これからは部活の後輩としてまたよろしくお願いしますね?先輩」


「おぅ……よろしく」


 動揺しつつも普段座っている席につく。確かにあの時は楽しかったなと思っていたが、それはあの時間であったからで、これ以上話すことなんてない。つまり会話が続かない。

 一時しのぎの会話量だったから何とかなっただけで、これからさらに会話をするとなったら話は別なのだ。


「あ、先輩は部活終わった後ってお時間ありますか?」


「今日はすぐに帰る予定だったけど」


「なら暇そうですね。安心しました」


あ、断定なんですね~。

いや、確かに暇ですけども……そこまではっきり言わなくてもいいんじゃない?

俺にだって傷つく心はあるんですよ!?

これだから正論を言えばいいと思っている人は!!

そんなことを思っていれば自分の下から何か言いたいことでも?と言うようにじろりと視線が飛んでくる。いえ、何でもありません。暇です。


「いや、部活終わりに時間を取ること自体は良いんだけど何の用事なの?」


「その時になればわかるので」


「今知りたいんだけどな……」


 そのあとも何回か聞いてみたが結局聞き出すことができずに顧問の先生がやってくる。先生は基本的にこの部活の活動に対しては自由にするようにと言い、簡単にこの部活でのやることと必要な連絡事項だけを説明したらすぐに帰っていった。せめて新入部員の自己紹介は聞いてから帰ってほしいけど去年もそんな感じだったからあまり気にしてない。新入生たちは入ってきてすぐにいなくなった先生に鳩が豆鉄砲をくらったみたいな顔をしていたが。

 どうせこうなることを見越した雪峯先輩からは俺が主導で自己紹介を済ませるようにとのお達しが来ている。雪峯先輩は今日の生徒会の活動は比較的早く終わるようで自己紹介が終わるころには来れるらしい。

 面倒となんて思いながら椅子から立ち上がる。これでやらなかった方が雪峯先輩からのお叱りが怖いのでやるしかないんだが。


「あ~……顧問の先生は去年もあんな感じだったからそこまで気にしなくていいよ」


 若干困惑している新入生たちに改めてこの部活について説明していく。まあ、だいたい体験入部期間にやったことと同じなんだけど。部活についての説明が終わり、部員の自己紹介を始める。体験入部期間にはいなかった同級生は今回はいた方がいいと思ったのか、今回はしっかり来ていた。

 同級生二人の自己紹介が終わり、俺自身の自己紹介も終わる。一年生たちが順番に自己紹介をしていき、最後には図書委員の後輩の子の番になる。そういえば一週間雑談をした仲ではあるが、名前は知らなかった。もしかしたら教えてもらったことがあるけれど忘れていたりするかもしれないなんて思いはしたが、記憶を掘り返してもそんな場面は出てこなかった。


「はじめまして。今年度から入学しました。古川朱音です。趣味は物語を見ることでジャンルの好みは特にありません。よろしくお願いします。」


 スラスラと淀みなく自己紹介を終え、席につく。自分の前で見るような強気な感じではないことにどこか違和感を感じたが、まあ初対面の方が多ければ人間だれしも猫を被るだろう。

 全員の自己紹介が終わり、これから毎週行われる活動での当番の順番を決めようとしたところで教室の扉が開く。扉から出てきたのは生徒会の用事を終えたと思われる雪峯先輩とその後ろから顔を少し出している春井先輩だった。


「あれ、春井先輩も来たんですか?」


「むっ! 私が来ちゃいけないの?」


「いや、そういう訳じゃなくて……雪峯先輩が来ることは知ってたんですけど、春井先輩が来ることは知らなかったので」


「え?私、咲に言わなかったっけ?」


「……ああ、そういえばそうだった。伝え忘れていたよ」


 この人は本当に文武両道で完全無欠と言われるような生徒会長なのだろうか?たまに不安になるんだが。いや、この人ならわざと伝えなかったっていうのもあり得るのか?何を考えているのか分からない人だし、そういうこともありえるのかもしれない。


「それで、今は何をしていたんだい?」


「今は当番を決めようとしてたところです」


「じゃあ先に私たちの自己紹介をやった方がよさそうだね」


「そうですね。お願いしてもいいですか?」


 教壇に雪峯先輩と春井先輩が立つ。雪峯先輩は役職から全校生徒の前で話すこともあるため、堂々とした佇まいだ。春井先輩も胸を張っているという訳ではないが緊張しているようには見えない。あの人の周りに人が居ることがよくあるらしいし、大勢の人間が目の前にいる事になれてるのかもしれない。


「さて、先ずは遅れてきて申し訳ない。皆も知っているかもしれないが、雪峯咲だ。生徒会長もしている。映画研究部では一応部長をしているが、実質的なことは基本的に先程ここに立っていた新崎に任せているから何か分からないことがあれば彼に聞いてくれると嬉しい。短い間かも知れないがよろしくお願いする」


「じゃあ、私の番かな? 私は春井歌奈っていいます。三年生だけど気軽に名前で呼んでくれると嬉しいな! 私は個人的な事情であまり来れないけれどたまに来るときもあるからその時は仲良くしてくれると嬉しいな! よろしくね~」


 片方は憮然と、もう片方はニコニコと人に好かれるような笑みを浮かべて自己紹介を終える。ここからの進行は雪峯先輩に譲った方がいいんだろうかなんて思い、そちらの方をちらと見ると手招きされてしまう。


「顧問から預かった当番表だ。基本的なことは説明したんだろう?」


「え、あの先生簡単な説明したら出てったんですけど……そんなことも聞いてませんし」


「あの先生、マイペースだからね~」


「多分、私が忙しいことを見越して決めてくれていたんだろう。こちらとしてはありがたい限りだ」


 雪峯先輩からコピーされたであろう紙を受け取る。

 折り目のついた紙を広げると『この順番で担当者を回してください。』とメモが書かれていた。順番は三年生から五十音順で書かれており、三年生が終われば二年生、それが終われば一年生と特に面白みのない順番だった。

 内容が気になったのか俺の後ろから春井先輩がくっつきながらのぞき込んでくる。


「私の番はあるの?」


「いや、どうなんでしょう……一応順番に組み込まれてはいるんですけどこれって春井先輩の来れる日なんですか?」


「うーん……ちょっと先のことだと分からないんだよね。でも、この日なら大丈夫だよ!」


 指さした日にちは学生の味方であるゴールデンウィークが終わってちょうど一週間が過ぎた日だった。当番だと俺になってるけど、まあ変更してはいけないなんてどこにも書かれていないし良いだろう。


「じゃあ、この日は俺になってるので俺と順番を交代しますか?」


「いいの⁉ ありがとう新崎君!」


 春井先輩はたまにしか来れない。それは決して来たくないという訳ではないんだろうなと勝手に思っているため、なるべく来れる日にはできることをしてあげたい。まあ、一応彼氏役ってのもあるし。

 それはそれとして、距離が近いのでもう少し離れてくれると嬉しいです。男子高校生相手にこの距離はちょっと刺激が強すぎる。

 その後は同級生や後輩に当番表の写真を撮ってもらい、各自解散してもらった。

 春井先輩は雪峯先輩と話すことがあるらしく、すぐに帰ってしまった。その二人を見て同級生たちや一年生たちも帰っていく。最後に残ったのは部活が始まる前に残るように言ってきた古川さんと俺だけだ。


「えーと、それで結局どんな用事なの?」


「すぐに教えてもいいんですけど……何個か先輩に質問してもいいですか?」


「良いけど、何、心理テストとか?」


「私がそういうのやる人間に見えますか?」


 小馬鹿にしたように笑い、否定される。確かにそういう事を聞きとしてやるようには見えない。


「まず一つ目、先輩はいま彼女が居ますか?」


「いない」


 いや、一応いるといえばいるのかもしれないがそれは春井先輩との約束を破ることになってしまうし。まず妄想だと思って信じてもらえないだろうし。


「じゃあ二つ目です。先輩は今好きな人が居ますか?」


「いない」


 これは本当にいない。春井先輩の彼氏役をしているのもあの人に良くしてもらっていたからというのが理由だし、確かに春井先輩は魅力的な人だと思うが好きかと聞かれればなんとなくそうではないと思う。雪峯先輩は綺麗だが普通に怖い。


「最後です。先輩はいま彼女が欲しいですか?」


「それは、まあ」


「はっきり言ってください」


「できるなら欲しい。けど、自分が好きでもないのにそういうのは不誠実だろ」


「不誠実……ですか」


「そりゃそうだろ。そもそも彼女とか彼氏ってのは好きだからそういう関係性になるものだろ?」


 というかさっきからこの質問は何なのだろうか。彼女が居ないかとか、好きな人が居ないかとか。前もこういうシチュエーションではあったが一週間話したくらいの後輩の女の子が自分に好意を持つとは思えないし。本当に何の意図があるのだろうか。


「じゃあ、先輩が春井先輩の彼氏って言うのはどういうことなんですか?」


「は?」


「私、聞いちゃったんですよね。体験入部期間で春井先輩が来た時の部活終わり、春井先輩と先輩が話していたこと」


 ふと、あの時の物音を思い出す。確かに廊下から音がしたかもしれないくらいの違和感だったがまさか人が居たなんて。


「聞き間違いじゃないのか?春井先輩が俺と付き合うなんて天地がひっくり返ってもあり得ないだろ?」


「それは本当にそう思います。けど、その後の話も聞いてたら納得しました。ね?彼氏役さん」


 そこまで聞かれてたのか。

 動揺を隠し、この後のことを考える。この子が非常識なことを好んでするような人間には思えないが、それでも関わった時間なんて少ないし、このことを広められるなんてことになったら春井先輩に申し訳ない。どうするべきか。


「あ、別にこれをばらそうとか思ってるわけじゃないです。多分私のいう事を信じる人の方が少ないですし。ただ、一つ先輩にお願いしたいことがあるのでそれを聞いてもらえれば」


「お願い……?」


「はい。とはいっても簡単な事ですよ。私の彼氏になってほしいんです」


「彼氏ね。分かっ……彼氏!?」


「はい。彼氏役をお願いします」


 古川さんが言うには今まで恋愛というものには全く縁がなかったが、どういうものか気になった。しかしクラスメイトや同級生とそういった関係になることは想像できず、たまたま聞いた彼氏役という話、そして一週間話してみて大丈夫そうだという判断の元、俺が選ばれた……らしい。

 らしいというのは古川さんがそう言っていたからで、事実かどうかは分からない。いや、事実なのかもしれないがそれはそれとしてなぜこうも俺が選ばれるのかが分からない。


「分からないって顔をしてますけど、私としては程よく弱みを握れてる先輩が最適だっただけです。それ以外に理由なんてありませんよ」


そう言い、連絡先を交換してから古川さんは帰っていった。

え、これからどうしよう……。そう頭を悩ませるしかなかった。



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