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春は彼方  作者:
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説明

 春。

 それは出会いの季節。高校生の身である自分からしてみれば新入生が入ってきて、学年が一つ上がる。その程度の認識の季節。花粉症などを患っていれば花粉に対して悪態をつきながら自分の鼻を癒すためにも包み込むようなローションティッシュを買っているだろう。


「私と、付き合ってください」


 春。

 それは出会いの季節。新たな出会い新しい人間関係の中で、この人良いななんて思った人と結ばれ幸せな一年を過ごすためにぴったりの季節。


「…………え?」


 きっと俺の脳内を表すならばピンク色だ。これが青春の色なのか……? いや、というか春井先輩の言葉が俺の聞き間違いでなければお付き合いって。

 ……この同級生に朝から告白されてその告白を完全に破壊するような人から?


 脳内に駆け巡る『ありえない』と『そんなことが』の追いかけっこは当分終わりそうにない。これが思考がショートするという感覚なのだろうか。いや、ちょっと待て、落ち着け、俺。こういう時は一度落ち着いて……落ち着けるか!! いやいや!! ありえないだろ、あの春井先輩からの告白––––。


「だ、だからね? 私の、彼氏役になってくれないかなって……」


 彼氏、『役』? 先輩が放った1単語を、どぎまぎしている心臓とは逆に冷静な脳が捉える。もしかしなくても春井先輩が俺のことを好きで告白してきた、という訳ではなくもしかしなくてもそういう可能性なのか……?


「え……っと、彼氏役っていうのは……?」


「あ! そうだよね! 急にお付き合いしてほしいなんて言われても困るよね!」


 桜色に近しい唇から事のあらましを伝えられる。最近、妙に同級生から告白されることが多くなってきたこと。それでも変わらず友人として、好意を持って接し続けていた結果、段々と告白の仕方であったり、日ごろ話している時に一歩も引かないでずっと話してくる人が増えてきたこと。しかし、春井先輩としては同級生と付き合うという事は全く考えておらずどうしようか悩んでいた所で、雪峯先輩から「彼氏役を誰かしらに頼んでみたらどうか」と提案されてそれならば、と俺に白羽の矢が立った、という流れらしい。


「いやいやいや……それ、俺がめちゃくちゃ恨まれません?」


「…………確かに!」


 すっかりそこを失念していた!とでも言うように春井先輩が自分の額に頭を当てる。

 というか、雪峯先輩の提案って絶対笑いながら言ってただろ。面白がって言ったのが容易に想像できる。あの人の雰囲気も相まって何を考えているか分からないが、楽しんでいる時は悪魔なのかと思えるほどにあくどい顔をしていたりするのだ。


 結局のところ、春井先輩は理由までは分からないが同級生とは付き合うつもりはなく、仲の良い先輩はすでに卒業、後輩に関してはそこまでの関わりがある人がいないため消去法で俺になったという事だろう。お願いできないかな……?なんて控えめに伺う春井先輩に頭を悩ませる。

 実際、春井先輩は魅力的な人だ。人と話すときには必ず相手の顔を見て話すし、話をしながらでも他の人を置いて行かないように他の人にも話を振る。ニコニコと笑うことが多いが決してそれだけではなく驚いた時には猫のような反応をしていたり、映画で感動したら涙を流したりなどその感受性の高さゆえに感情がそのまま表に出てくるような人だ。人には優しくあろうとし、常にそう行動している……ように見える。


 きっと、この人なりに考えての行動なのだろう。そうでなければ『誰かに彼氏役を頼む』なんて突飛なこと、実行しないだろうしなぁ。この一年での付き合いの中で俺自身が関わってきた中で理解している。そっと、春井先輩の瞳を見る。その瞳は深く、どこまでも広がるような蒼を宿しており見るものを引き込む魔力を持っているのではという錯覚さえも覚える。

 この人は、多分困ってる。ただの後輩な俺にこんなことを頼むくらいには。ならば……後輩として、一年間面倒を見てもらった身として、突き放すような薄情なことは出来ない。主に先輩に好意を寄せる人からの視線など、悩ましいこともあるが何とかなるだろうきっと。


「……分かりました。 引き受けます」


 正直、俺じゃなくてもいいのでは?とか、それとなく友人たちに「今は誰とも付き合う気がないんだ~」と伝えるのではだめなのか?とか、というかそもそも3年目にもなるのにも関わらず告白してくる人数が減らないのもおかしいのでは?なんて考えなくもないが、現実としてこの人が魅力的で人から好かれているのは事実だ。


「良かったぁ~。 本当にありがとうね、新崎君」


「いえ……まあ、俺も先輩にはお世話になってますから」


 それに心のどこかで彼氏役だとしてもこの人と付き合えるのを嬉しいと思っている自分もいる。正直、役割だとしてもこんな風に恋人になってほしいと言われるのは非常に、ぐっとくるものがあった。

 やっべーよ……春井先輩とお付き合いだってよ、俺。え、冷静に考えて恋人役というのには納得していたが具体的にはどういうことをするんだ? もしかして、デートとかしてみたり? お昼ごはん一緒に食べてみたり? もしかしなくても、先輩の手作り弁当なんて––––


「あ、そうだ! 一つだけ、お願いしたいことがあるんだけど……いいかな?」


「あ、はい。もちろん」


「ありがとう! お願いっていうのはね、極力、学校内で彼氏役としては振舞わないでほしいんだ」


「……と、言いますと?」


「えっとね? 私が友人たちのことを友人として好きだって事は言ったけれど、高校の生活はなるべく友達と過ごしたいんだ。だから友達の中から誰か一人を特別に、なんて考えられなくて……これは私の我が儘なんだけれどね」


 そう言って、えへへと恥ずかしそうにはにかむ春井先輩はまるで桜の花びらが開くようで、その反対にほわほわと幸せそうな学生カップルを思い描いていた俺は真冬の枯れ木の様だった。

 いや、分かってた。分かっていたとも。そりゃあ、彼氏役だからって必ずしも彼氏と同じようなことをする必要なんてない。というかこの人なら彼氏が欲しいならすぐにでも作れるのにわざわざ俺にこんな面倒な事を頼む必要はないのだ。自分を戒めるように勘違いするなと心の中で繰り返す。そう、あくまでも自分は恋人役なのであって恋人ではないのだ。あくまでもこの人が困っているから自分ができる程度の手助けをしているだけ。

 何度も自分に言い聞かせるように繰り返し、ようやく先程の浮ついた感情を洗い流すことに成功する。きっとこれから先も浮ついた部分が心の片隅に巣くうとは思いつつ、なるべくこの人を困らせないようにとしまい込む。


「分かりました。ただ、それは告白される事への抑止力にならないんじゃないですか?」


「一応、そこは私の方で何とかするつもりだよ~。 ただ、何かあった時にちゃんとそういう相手が必要だったから新崎君にお願いしたかったんだ」


「そうですか……分かりました」


「本当にありがとう‼ なるべく私も新崎君に迷惑が掛からないようにするから!」


「あ、はい。その方向ができるならお願いしたいです」


「頑張るね!」


 そう言うと、手早く荷物を持って教室から出ていく。それにしても、いつもと変わらない日常が続くと思っていたら超ド級の変化が訪れたな。春井先輩と恋人……彼氏役か。きっと、いや絶対と言っていいが部長からは弄りの対象になるだろう。あの人のことだから春井先輩を弄ることはないだろうが、俺の方に矛先が向かうだろう。これから訪れるであろう部長からの攻撃に耐えていく覚悟を決めるしかないのだ。

 ……そういえば、春井先輩が教室を出る前に物音がしたような気がしたが、気のせいだろうか。

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