映画研究部
「部長、これ、聞いてないんですけど」
「ん? ……ああ、言ってなかったか」
わらわらと固まっている1年生の群れ。先日入学したばかりの若い軍団は瞳にキラキラとした輝きを放っており、1年しか変わらないのになんなんだこの差はなんて思ってしまう。そんな現実逃避を無視するかのように部長が目の前の後輩たちにこの部活の説明をしていく。
そもそも、事の発端は新入生歓迎会があった先週だ。新入生歓迎会の後、来週から新一年生が見学に来るため映画研究部ではどのようなことをおこなうのかという説明が部長から行われた。それ自体はいいのだが、その説明だけでその日の部活は終了。結局、持ってきたDVDは鞄の中に大切にしまわれたままだった。
「なんで言ってくれなかったんですか、部長」
「他意はないよ。ただ、君は普通に頼んでも何かと理由を付けて逃げるかと思ってね」
そう言って意味深に微笑む部長はミステリアスな雰囲気を醸し出している。さすがは完全無欠の美人生徒会長と言われるだけある。この人を目の前にすればたいていの人は高嶺の花だと思ってあきらめてしまう事だろう。
確かに美人だけど、高嶺の花って感じはしないよな、この人。付き合った後のことを想像できないだけで、人の好き嫌いは存在するだろうし……ただ、人をおもちゃみたいにしていじるのはやめてほしいところだけど。
「あ、咲~? また新崎君をいじめてるの⁉」
「ん? 来たのか歌奈。今日は来ない予定なんじゃなかったのか?」
「一応、副部長だからね! それにどんな子たちが興味持ったのかな~って気になったし!」
「歌奈が言うなら特に止めはしないが、あまりはしゃぎすぎないように」
「そんな言わなくても大丈夫だよ~。 私だってもう高校三年生なんだから!」
先ほど扉を開けて入ってきた春井先輩は、一年生に負けず劣らずの純粋な笑顔を浮かべて部長を諫めてくれている。この場で俺の味方をしてくれる人はこの人しかいない。この部活のほとんどは幽霊部員であり、部員が増えようが増えまいがどうでもいいと思っている連中のためこういったイベントごとに協力する人の方が少ない。協力してくれたとしても前に出るようなことは基本的に部長がしてしまうので彼女に任せてしまう。
個人的には部長が前に出てくれるならば裏方をするくらいなら別にいいと思っていたのだが、今回はそうはいかなかった。まさにそれこそが先程、部長に抗議していたことだった。確かに今回DVDを借りてきたのは俺だし、今回の当番を変わるのを了承したのも俺だけど、まさか新入生の部活動見学期間に使用するものだとは思わないだろ。去年のこの時期はむしろ俺は体験する側だったし、完全に嵌められた……。
「それで、新崎君は咲に何されたの?」
「ああ……いや、まあ簡単に言えば嵌められたってとこですかね」
「私はそんなつもりはないんだが」
「咲、笑ってるの隠せてないって……」
「おっと、さすがは幼馴染、ばれてしまうか」
「もう~ニヤニヤしないの! 生徒会長と部長の二足のわらじで忙しいのは分かるけどあまり新崎君に迷惑かけない‼」
そうだそうだ!もっと言ってやってください春井先輩。この人、最近俺のことおもちゃにして面白がりすぎなんですよ。この間も少し話したいことがあるとか言って俺の教室に来るし、その後教室に戻ったらクラスの騒がしい男子連中に絡まれるわ女子からはこっち見てひそひそ話されるわで大変だったんですよ。
「別に迷惑とは思っていないだろう。な、新崎?」
「…………ハイ」
「絶対思ってるじゃん! 新崎君も嫌なら嫌って言うんだよ?」
「ゼンゼン、イヤジャナイデス」
「ロボットみたいになってるよ新崎君⁉」
仕方ないのだ。春井先輩からの後ろから向けられている圧に比べれば普段のからかいなんて児戯にも等しいのだから。これ以上あの人の気分を損ねて今以上に注目を浴びるくらいならば今のままを甘んじて受け入れる方がいいのだ。きっとそうだよね……ね!
「とりあえず、話を戻そう」
「?? そういえば他の子たちは?」
「男子連中はいつもので、女子の方は人が多くて準備してそのまま帰りました」
「ああ~……」
「元から彼らにはあまり期待していないさ。だからこそ新崎に頼んだ」
「そうです。借りてくるのは別にいいんですが……聞いてませんよ、部活動見学期間の説明も俺がやるなんて」
「言ってないからね」
「あんたね……」
「いや、私としても申し訳ないとは思っている。ただ私たちの一つ下の代で任せることのできる人間が新崎しかいなかったんだ」
「それ、俺しか頼れる相手がいないみたいに言ってますけど、単純にこの部活をさぼる生徒しか居なくて、俺くらいしかまともにやりそうな人間が居なかったってだけですよね?」
「そうだな」
「言い切りやがった」
一年前……新しい場所、新しい友人、そして素敵な時間が待っていると思っていた高校生活の始まりは散々なところから始まった。まず初め、入学式の登校日を勘違いし一日早く学校に登校。途中、確実に学生の数が少ないことに気づいて即帰宅。家族からは旅行が楽しみすぎて勘違いした三歳児みたいとの評価をいただいた。
次に部活動見学期間。当時、部活動紹介では現部長の雪峯先輩と現副部長の春井先輩が担当していた。映画研究部と銘を打ってはいるがその内容自体は帰宅部と変わらない。週一回、部員が借りてきたDVDを見て感想レポートを次の週までに書いてくる。
ただこの部活には入部希望者が多かった。まあ雪峯先輩と春井先輩という学校の美人ツートップを構えるためか、特に男子生徒の入部希望者が多く競争率は異様に高い。当時の部活の部長と雪峯先輩の二人で面接を行うくらいだった。その非日常感を味わいたくて入部希望を出したところまさかのOKをもらい入部が確定。あれよあれよという間にいつの間にか雪峯先輩……部長の秘密道具枠として昇格した。
ちなみに俺と同じタイミングで入部した人たちは春井先輩と雪峯先輩とも思った以上に会えないという事で幽霊部員へと進化した。つまり、この部活のほとんどはアンデッドで構成されているのである。いや、アンデッドだとスケルトンとかがいいのか……?ちなみに女子の方は人づきあいが苦手な人が二人入っただけなのでこういう場は基本的に絶対来ない。今回は機材の設置をやってくれたため感謝している。
「はあ……今に始まったことじゃないんでいいですけど、それで? 俺は何をすればいいんですか?」
「話が速くて助かるよ。基本的にはいつも通りと一緒だ。始めにどういう映画なのかを説明する。ジャンルや物語のあらすじ、いつ公開されたか。その後、実際に視聴してもらう」
「それだけならわざわざ部長がいる必要ないですよね」
「今回はあくまでも部活動紹介だ。それだけではなくて文化祭やイベントでこの部活が何をしてきたかも説明する必要があるんだ。全部を君にやってもらう訳にもいかないからね」
「じゃあ俺はいつも通りにやればいいってだけですか?」
「その通り、後のことは私に任せてくれ」
そのくらいなら先に言ってくれればとは思わないでもないが、部長なりに何か考えのあってのことだろうし下手に口を出さないでおこう。後で報復されたら怖いし。バックからこの間借りてきたDVDを取り出すと興味津々と言ったように春井先輩がのぞき込んでくる。
「新崎君、今回は何を借りてきたの?」
「ちょっと前に話題になった恋愛映画ですよ。 一回見たんですけどパッケージ見てたらもう一回見たくなって」
「あ、これ知ってるよ~。 前テレビでやってなかったっけ?」
「そうだったんですか……? 家でテレビ見ることが基本的になくて知らなかったです」
「私も途中で寝ちゃったんだけどね~。 だから最後の方は知らないの! 気になってたから新崎君が持ってきてくれてよかった~」
「なら良かったです。 最後まで見ないと消化不良になりますからね」
「新崎、そろそろ始めるがいいかい?」
「分かりました。いつも通りで良いんですよね?」
「ああ、任せるよ」
いつの間にか綺麗に椅子に座っている一年生たちを前に簡単に映画のタイトル、あらすじを説明していく。
簡単な説明を終えて映画を流し始める。ここから先は映画鑑賞の時間だ。俺も見たくて借りてきた物のため、楽しみにしていた。いじめに耐えられなくなった主人公がヒロインと出会い、前向きに人生を歩み始める。しかし、そんなヒロインは不治の病に侵されており最終的には亡くなってしまうという内容だ。
結末に関しては賛否両論存在しており、いつも通りの感覚でヒロインの元に向かった主人公が病室に着いた時にはヒロインはもう既にそこに居らず彼らは「また明日」と言う言葉が最後の言葉になってしまう。実は原作では最後に別の病院に行くこと、もう主人公とは会えない事をヒロインが手紙で伝えてから別れることになるのだが、そのシーンを丸っとカットし一度も顔を合わせずにヒロインと主人公は一生会えなくなってしまうという終わり方になっている。
インターネット上ではなぜこの終わり方なのかという事に対して考察が見られるがヒロインがこのまま一緒に居ても主人公を傷つけてしまうからという意見になっているようだ。
実際、ヒロインがなぜ何も伝えずに主人公の元を去ったのかという部分が気になって公開中に何度か見に行った。結局何も分からなかったけど。
「さて、映画も見終わったところで……この部活はこういった活動を週一回行い、文化祭では部員一人一人に自身の好きな映画に関して紹介文を書いてもらい、その映画を文化祭期間中に放送する」
運動部系や文化部系の運動部と言われるような吹奏楽部の方々からしてみればとても楽に見えるような活動内容だろう。さらに言うならばこの部活に入れば合法的にこの学校でも飛びぬけて美人と言われる二人と関わる可能性も出てくる。そのせいで去年はひどい目に遭った。
新入生の方を見れば男が9割でそのほとんどが部長や春井先輩目当てなのだろうと予測できる。だが悲しいかな……春井先輩は私用で出席できない時が多いため会える確率が半々な上に部長は生徒会長も兼任だ。忙しい時期になればそちらにかかりきりな上、連絡も基本的に顧問を通して行う。つまり、あんま会えない。
「––––という活動が主になるわけなのだが、今回は去年と同じく入部希望者を制限させてもらう事をお伝えしておく。これは顧問の教諭にも了承を取っているのであしからず」
ああ、これがしたかったのね。去年起きた惨劇……『新入生入部権争奪戦』を繰り返さないためだろう。フィクションと思えるくらい好意を寄せられる二人がいる部活に届いた入部届が、その年に入った男子生徒の約三割にも及ぶものだった。あの時は緊急で職員会議が開かれるくらいには教員内で騒がれていたらしいが、こちらとしてはたまったもんじゃなかったな。結局、その中のほとんどが別の部活に行くことになり何故か入部可能になった俺は自分の幸運に感謝した。




