デート
春井先輩からの連絡が来なくなったことを確認し、弁当の中身を食していく。昼食の弁当は母が作ってくれるが、最近の父の趣味が料理という事でここ最近は父が弁当を作っていてくれたりする。
今日はプチトマトが入っていたので母が作ってくれているのだろう。どっちが作るなんて話をしている所を見たことはないがきっと話し合って決めているんだと思う。たまに明日の朝は起きたくないから作って!という声が聞こえてくるが、旦那は尻に敷かれるくらいがちょうどいいとも言うし気にしない気にしない。
甘めに作られた卵焼きを食べながらスイスイとスマフォをスワイプしていく。
あ、このゲーム新作出すのか……お金貯めとかないと。
新作ゲームやアニメの感想、最新話の感想を読みながら弁当を食べる。俺と違い行儀の良いカズは食事中に喋ることをしない。話しかければ答えてくれるが、それでも口の中に物が入った状態で話したりしない。特に喋らないと死ぬという訳でもないので行儀の悪い俺はこうして情報を見ながら片手で食べていくのだ。
そうして様々な娯楽の情報を確認したところで通知が飛んでくる。
差出人は、古川さんからだった。
『先輩、今日の放課後お時間ありますか?』
『どうした?』
『今日、時間あるならデートしましょう』
一瞬、食事をしていた手が止まる。
でーと……デート??
俺と古川さんが??
なぜ???
困惑しながらもとりあえず返信をしなければという気持ちで手を動かす。とはいえどうして急にそんなことを? という気持ちが強いため困惑の返信となってしまったのだが。
『え、なんで……?』
『私は恋人ですよ?』
『いや、恋人役ね?』
『は?』
『なんでもございません』
有無を言わせぬ圧力を文面から感じ取り、思わず謝罪の言葉をすぐさま返信する。どうやら恋人役という事は彼女にとっては許しがたいものらしい。何に対して怒っているのかは分からないがこういう時は謝罪と相手の要求への全面降伏がいい……はずだ。そう思い、放課後にデートをすることへの了承を送ると『図書室で待ってますのでエスコート、お願いしますね?』との無茶振りまでいただきました。放課後の時間は我が儘お姫様に時間を作ることになりそうだ……。
「はぁ…………」
「どしたの、急にため息なんてついて」
「いや、ちょっとな」
「もしかして、買おうと思ってたゲームが僅差でかすめ取られた?」
「それは過去のトラウマだから思い出させないでくれ……。そうじゃなくて、放課後に用事が入って直帰できなくなりそうってだけ」
「ほーん……まあ、いいんじゃね。ヒロってすぐ帰るし」
「すぐ授業からいなくなるカズさんに言われたくないですねぇ」
「俺はほら、成績優秀だから」
「実際、学年でも1位をずっと取り続けてるから先生も強く出れないの、本当に面倒な不良生徒だよな」
「失敬な、怠慢な優秀者と呼んでくれ」
「そういう悪びれないところ含めて不良生徒だ」
へへへと照れたように鼻の下を擦る。俺は非難しているつもりなんだが、こいつは何を照れているんだろうか。ジトリとカズを見つめるも、気にした素振りもなく自然体のままゲームを始める。どうせ何を言ってもマイペースなこいつが変わるとは思っていない。いうだけ無駄なエネルギーを消費することは目に見えているんだ。
というか、放課後に図書室で待ってるってことは迎えに来いって事か? それに、エスコートってことはもしかしなくても放課後にどこに行くかは俺が決めるって事になるのだろうか。え、デートとかしたことないし放課後に学生がどこに行くのかなんて知らない。なんせ俺、ほぼ帰宅部だし。学校と家の往復以外はたまにコンビニに寄るとかそれ以外だと部活で使う映画のビデオを探すためにレンタルショップによるくらいしかしない。つまり放課後にいわゆるカップルが行くような場所を知らない。
……まあ、なるようになるか。1周回って思考が冷静になる。結局なるようになるし、最悪これで彼氏役として不適合と思われればこの関係も終わるだろう。それはそれで御の字だ。よし、とにかく何も考えないで行こう。そう思い、弁当の残りに手を付けていくのだった。
「遅かったですね、先輩」
「……これでも急いできた方なんだけど」
「なら私の方が早かったという事ですね」
こういう時にいう事があるんじゃないですか?と目で訴えられる。いや、そんなデートのテンプレートみたいなやり取りする必要ある?
抗議の視線を送っても結果は効果なしのようで再度言う事がありますよねという視線が送られてくるのだ。やだ、私と古川さんのタイプ相性……悪すぎ!?
「お、お待たせ……待った?」
「はい。10分ほど待ちました。私はそんなに時間に余裕があるわけじゃないので次はもっと早く来るように努力してください」
「辛辣ぅ……」
「まあ、今回は先輩にとっても急なお願いだったと思うので情状酌量の余地はありますね。今回だけ許します」
「無茶言わないでくれ……」
「彼女からの無茶振りは彼氏としては望むところなのではないのですか?」
「いや、彼氏役だから。そういうのはちゃんと彼氏ができてからその彼氏さんにしなさいって」
俺が彼氏だったとしたらそんなめちゃくちゃな我が儘を言われて許せるのだろうか。いや、多分ちゃんと好きになって付き合うことになったらきっと聞いてしまうんだろう。そういう我儘も自分に心を許してくれていると思ってほいほい聞く未来が見える。
「……まあ、そうですね。それで先輩、今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」
「あ、やっぱりあのエスコートって俺が行くところ決めるって意味のエスコートだったんだ」
「彼氏というのはこういう時に甲斐性を見せるんですよね?」
「いや、世間一般的なお付き合いをしたことの無い人間にそんなことを期待されても困る」
「なんて情けない先輩……」
なんというか、はい。情けない先輩で申し訳ない……失望したなら関係解消でもなんでもお好きなようにお願いしたいところだ。
とはいえどこか行きたいところ……中古ゲームショップ、レンタルビデオ店、コンビニ?普段行きたいところなんて1人で行くような場所しか行かないしわざわざ普段行く場所を仮にもデートする場所として使用するのは失礼か?
うーんと頭を悩ませ、とりあえずどこならいいのかを古川さんにも聞いてみる。
「そもそも、行きたいところとかはない?」
「私は今まで恋人がいたことがないので、こういう時にどこに行くかは知りませんし」
「俺も別にないんだけど」
「今二股真っ最中の人に言われても信憑性が皆無ですね」
「どっちも役でしかないはずなんだけどな」
「うるさいですよ」
「理不尽」
普通のカップルが放課後にデートで行く場所……すぐに思いつく場所だと3駅先のショッピングモールなんだけど、ショッピングモールで俺と古川さんが楽しそうに遊んでいるところが想像できない。強いて言えば映画館に行くことは古川さんも気に入るとは思うが、学校終わりに映画1本見てから帰るのは正直疲れる。どうするかと考えて思いついたのは、1つだけだった。
「それで、図書館ですか」
「思いつく場所が、ここしかなくて……」
「貧困思考」
「四字熟語みたいに言うな」
「デートってなんというか、お洒落なカフェに行くとかじゃないんですか?」
「そういう場所に自分から行かないし」
「だから貧困なんです」
やれやれとでも言うように額に手を当て、こちらを見つめてくる。
そんな目をされても所謂カップルのデート場所なんてものに充ては無いし、そんなものを期待されても困る。というかそもそも初デートと言えるものの相手が俺なんかでいいのだろうか。何事においても初めてというのは重要なものになるのではないのだろうか。
深く考えていれば仕方ないと諦めたのか「先輩らしいと言えばらしいですね」と言い図書館へ入っていく。
「別に無理して図書館に行く必要はないんだけど」
「無理なんてしてませんよ」
「その割にはあたり強くない?」
「確かに私が想像していたものとは離れていましたが、確かにこういうデートもあると思えば不思議と嫌ではありませんから」
「そりゃあ、ありがとう」
「いいんです。そもそも誘ったのに全部丸投げした私にも非がありますから」
「それは本当にそう」
前を歩く彼女からキッと睨まれてしまう。
実際そうじゃん。俺たちデートが何たるかなんて分かってないし、どうするのが正解なんて分かってないひよこ同然なのに誘って丸投げしたのはそっちでしょ。
確かに1つ上の先輩ならわかっていると思うのも仕方ないかもしれないけれど俺は生憎と特定の女性とお付き合いした経験などなく、身近に名前を呼べるような女友達なんてのもいなかった。知識と言えばせいぜいアニメや漫画だ。
でも漫画とかアニメの知識を堂々と披露するのもどうなんだろうと思ったからこその金がかからなく付き合っていない学生が居ても不思議じゃない図書館を選んだ。
「まあ、先輩の発言は今に始まったことではないので水に流します」
「ありがたい」
「それで、図書館で何をするつもりだったんですか?」
「…………」
「貧困思考」
「その言葉俺が知らないだけで流行ってたりするの??」
「思考貧困」
「逆ならいいってわけじゃないんだけどなぁ」
本当に万が一の可能性だけれど自分が知らないところでそういう言葉が流行っているのかもしれないと思い始める。
流行っているからと言ってその流れに誰もが乗れるわけではないのだが、これでも思春期の男子高校生ではあるので周囲の目というのは気になる所ではあるのだ。
服とかに関しては指摘されても直す気はないんですけどね。好きなもん着たらいい。
そんな現実逃避じみた思考にふけっていれば再度諦めたかのような視線を古川さんから向けられる。そんなに見ても何も出てこないよ。
「本当に何も考えてないんですか?」
「いや、図書館でできることって基本的に少ないと思うんだけど」
「そこも含めて調べておくのができる彼氏というものなのでは?」
「そうなのかもしれないけど俺はあくまで彼氏役で」
「じゃあ仮定としてですが、もし春井先輩から同じことを言われたときに『何もすることは思いつかないけれど図書館に行こう!』って思いますか?」
「……黙秘権を行使したいです」
「先輩に彼女ができない理由の一端を今知りました」
「それチクチク言葉超えてもはや暴言だからね?」
その後もなんやかんやと自分への糾弾が続いたが、どうにかこうにか致命傷一歩手前で躱しながら図書館に入る。
木材を使った暖かい雰囲気のある図書館は学校にある図書室とは蔵書数も明らかに違う。世の中には壁一面が全部本だったりデザインが奇抜な図書館があったりするらしいが、ここはそういう事もなく普通の町にあるような普通の図書館だ。
何度か来たことあるけど、やっぱり嫌いじゃないな。
たまに騒いでいる子どもの声だったり、新聞を読んでいる高齢者の咳払いなどが気にならないわけではないが、これだけ本があれば読みたいものも読めるし。
探すのは少しだけ面倒だけど、なんとかなるし。
「結局中まで入ってきましたけど、本当に何をするのかは決まってないんですか?」
「……一応、こういうのはどうだろうってのは、ある」
「じゃあそれでいいじゃないですか」
さっきまで図書館を選んだ人の前でボロクソにこき下ろしていた人が何を言っているんだろうか。
普通だったらトラウマだからね?
彼氏役だから我慢できただけで実際に彼女とのデートであんな風に言われたら今後デートに行こうなんて誘われても行きたくないとか思うからね?
「まあ、古川さんが気に入るかは分からないけど」
そう言いながら図書館の一角に足を進める。そこにあるのは今となっては古いと言わざるを得ないようなビデオデッキと今となっては考えられない程に分厚いテレビだ。
図書館には制限があるが無料でビデオを見れるコーナーがある。今回は急な誘いうという事もあり近場でお互いの趣味に合いそうな場所が思いつかなかった。
実際にはレンタルビデオ店を見に行くとか15分ほど歩けばショッピングモールがあるためそこに行くというのも考えたのだが、少ないとはいえショッピングモールで知り合いにエンカウントしたら面倒なことになるのは火を見るより明らかだ。
もしそれが雪嶺先輩に見つかったりしたら笑えない。
まああとは映画研究部に入るくらいだし映画が好きなのだろうという安直な考えもある。
いや、もしかしたら俺みたいに面倒だからという理由があるのかもしれないけれど。
「これって……レンタルビデオですか?」
「そうそう。図書館内にある物なら自由に持ってきて見ることのできるスペース」
まあ1日に1作品までという制約はあるけれど、よく利用させてもらっている。
特に家に帰るのが億劫になっている時とか。
「物語、好きでしょ?」
「…………」
「え、なに。何か気に入らなかった?」
「なんか、彼氏みたいなことするなと思いまして」
「そっちが選んだ彼氏役だろ……」
だがこの様子だとお気に召さなかったという訳ではないらしい。少なくとも俺からの視点では楽しそうに見える。大成功という訳ではないだろうけど、古川さんが楽しそうにしているのだからこれでいいのだろう。
荷物を置いて何を見るか古川さんと吟味していく。名作と言われる有名な作品が基本的なラインナップになっているがたまにこれは誰の趣味なのだろうかという作品もある。さすがに直近に放映されていたものはないがそれでもお金に余裕があるわけではない学生からしてみれば嬉しいものだ。
楽しそうになにを観るか悩んでいる古川さんを横目に目についた恋愛映画を手に取る。
こういうデートでは定番なのかもしれないけど、あんまり惹かれないな。
そう思い戻そうとしたところで古川さんが俺の手元を覗き込んでくる。
「それ見たいんですか?」
「いや、目に付いた物を取っただけ。逆に観たいものあった?」
「どれも一度観たことがあったりしたので悩んでます」
「まあ、結構古い作品が多いから。希望出せばそのうち追加されるかも知れないけど」
「それもありですね。次があるかは分かりませんけれど」
「今日だって誘ってきたのはそっちじゃん……」
「でも、思ってたよりスマートな感じだったので面喰いました」
「そうは見えなかったし、逆に何を求めてたんだよ」
「エスコート先が思いつかなくて泣きついて今日は変えることですかね」
「そりゃ思った通りに行かなくて何よりだ」
そんなことになってしまえば情けなさ過ぎて春井先輩に誘われていたデートもキャンセルしていたかもしれない。
言い方は最悪だが予行練習にはなったのだろうか?
どちらも本当の彼氏という訳ではないし、関係性と言えば未だに少し話すことのある先輩後輩の域を脱していないと思っているのだが。
結局いい作品が見つからず、俺が持っていた恋愛映画を見ることにした。
ガチャガチャと機械を操作し、古川さんがヘッドセットを付けたことを確認してから映画を再生しようとする。
「でも、ある意味では残念でしたけれどある意味では良かったかもしれません」
そうつぶやく彼女の声に聞こえないふりをした。




