春井先輩
––––4月。
それは出会いの季節である。桜はその出会いを祝福するように空中を踊り、春の陽気はポカポカと周囲の心を暖かいものにする。そんな中、春の陽気に負けず劣らずのどんよりとした空気を纏う高校生が1人。
「はぁ……。昨日までは昼まで寝ていても怒られない生活だったのに、今はこんなギラギラ太陽の元を1人歩いている。憂鬱だ」
独り言をブツブツと呟きながら歩いているため周囲からの視線は怪訝な者を見る目になっていたが、そんなことは気にする余裕はなさそうだ。その背中は曲がり、顔に生気が宿っているようには見えない。目の下の隈は前日の3時まで起きていた勲章と言えるだろう。
翌日……というよりも翌朝に高校に行かなければいけないのを気づいたのは日付が変わった頃で、その時に見ていたアニメの残り話数は6話。まあ、当然のようにすべて見きってから寝た。非常に面白かった。特に主人公がスライムに飲み込まれていくシーンは涙なしには見られなかった。
そんな寝不足状態の中、太陽に悪態をつきながら学校までの道のりを歩く。つい先日までは冬の寒さから逃げようと必死にこたつの中で至福の時間を過ごしていたはずなのに、気がつけば世の中は春の陽気にあてられて新作の春コーデや、新しいフラペチーノの話をしている。
コーデとかフラペチーノとか横文字ばかり使わないでください。あとサイズの名前は某Mが目立つチェーン店と同じにしてください。最初、『Lサイズで』って頼んだせいで周りの人から笑われて傷ついた俺からのお願いです。
過去のトラウマを自分で抉りながら心の中で自嘲的な笑みを浮かべる。傍から見たらひどい隈をこしらえた高校生が、急に笑い出すものだからひどく恐怖をあおるような格好になっているだろう。とはいえ別に見た目をいまさら気にすることもないため、何か困ることなど何もないのだが。
「……長かった」
いつも通りの変わらない道をいつもよりも比較的ゆっくり歩いて着いたいつも通り何も変わらない校門。その正面には巨大な桜の樹が悠然と佇んでいた。風に吹かれ、桜を散らしながらも尚、微動だにしないその姿は時代が違えば神格化されるのではなかろうかと思えるほど神々しい景色だ。
「俺と、付き合ってもらえませんか!!」
おい、人が折角ノスタルジックに浸っている中で勝手に青春の一幕に加えるな。え?お前は加わるまでもなく木の役か裏方だよって?うるさいぞ!そう言うのは思ってても言わないのが大人の優しさだろ!いや、まだ俺高校生なんだけれど。
一人で脳内漫才をしている中、神々しいと思えていた桜の下では一組の男女が向かい合い、今まさに告白の返事を女子生徒の方が行おうとしていた。
「なんで朝っぱらから他人の青春の一幕を見なきゃならんのだ……ただでさえこっちは寝不足だってのに」
寝不足なのは完全に自業自得である。気づいた時点で寝ていれば良かったと朝に頭痛薬を飲みながら思ったのはご愛嬌というものだ。
「ん~……ごめんね? 私、あなたのことは好きだけど、友達でいたいんだ」
「そ、そっか……。そっかぁ……」
「うん……だから、さ。これからも友達として仲良くしてくれると嬉しいな!」
別に聞くつもりなんてものはなかったが、自分の目の前で起こっていることで距離も特段離れているわけではないため話の内容が聞こえてくる。結果は男性が惨敗……いや、惜敗か?こういうのは告白と同時に疎遠になっていくものだと思っていたが、女子生徒の方から友人で居てほしいと言われていたので疎遠になることは無いのだろう。多分。良かったな知りも知らない男子生徒の人。
心の中でサムズアップを送りながら横目で告白現場を見る。普段なら見ないような光景が目の前に広がっていたためぼーっと眺めていたがいい時間だし、そろそろ教室に行かなければなんて思っていたら渦中の女子生徒が俺の名前を呼んだ。
「あれ? もしかして新崎君?」
「え?」
反応してしまったが最後。やっぱり新崎君じゃん!なんて嬉しそうに駆け寄ってきた。いや、まあなんとなく予想ついてましたよ。相手のネクタイの色が赤色という事は3年生なんだろうなとか。3年生でこんな風に告白されている人なんて1人くらい……もう1人いたな。まあいい、とにかく数少ないという事は確かだ。
片方は容姿端麗、品方向性、完璧を描いたような全校生徒の憧れである雪峯咲先輩。もう1人は––––今現在、俺の肩を叩きながら先程までの空気はなかったかのようにニコニコと人の良い笑顔を浮かべている春井歌奈先輩である。
「ちょ、痛いです。先輩」
「え~? そんな強く叩いてないんだけどな~?」
新崎君が貧弱なんじゃない?なんて言いながらけらけらと笑うこの先輩とは俺が一年からの付き合いである。小学生からのライトノベルやアニメの影響で高校生活というのは巨大な権力を有した生徒会が学校を裏から支配していたり、特殊な部活が存在しておりそこで美少女たちとキャッキャッうふふと青春を過ごせるものだと思っていた。
しかし、現実がそんなうまいこと行くわけがなく、実際に進学したら特殊な部活は存在しないし巨大な権力を所有する生徒会もない。結局、フィクションはフィクションなのだと思い知らされただけだった。
そんな軽い絶望を味わった高校1年生の時に投げやりに楽そうな部活を決めたら、この先輩がいたという訳だ。いわゆる部活の先輩後輩なだけで何も特別な関係値ではない。だから桜の樹のしたから血涙を流しそうなほど食い入る視線を向けている先輩よ、こちらをみないでくれ。あ、目が充血してると余計怖いのでやめてください。
「それで? 新崎君は今登校してきたところなの?」
「まぁ……そんな感じっすね。寝不足気味ですけど」
「え~! 昨日ちゃんと寝たの? 寝なきゃだめだよ!」
「今日まで休みだと思ってたんですよ。それにどうせ今日は午前しかないですし、帰って寝ます」
「そうしな~。 あ、そういえばなんだけどさ。今週の部活の当番、咲だったんだけど生徒会の用事が入ったみたいで変わってくれないかって言ってたよ~」
「そうなんですか……分かりました。後で部長に連絡しておきます」
「うん、よろしくね~」
バイバイと手を振って校舎正面昇降口に姿が消えていく。最後までニコニコとした笑顔でいるところにあの人が人気な理由が伺えるだろう。明るく、快活で人と壁を作ることは基本的にしない。いわゆる『良い人』だ。その性格で男女問わず友人が多く、その武勇伝は一つ下である宏人の代にまで伝わってきている。
曰く、1年生の頃に同級生から告白され10人切りを達成した、とか。
曰く、2年生の頃にあの先輩目当てで部活に入った人がほとんど、とか。
曰く、3年生から卒業時に第二ボタンを渡されていたがすべて断った、とか。
曰く、彼女を好きになる人に性別は関係なく男女どちらからも好かれている、とか。
兎にも角にも、様々な人から非常に多くの好意を受け取っているという噂が多いのだ。そこに性別は関係なく、数多くの人間から好かれる。そんな後輩からは理想の先輩であり同級生からは学年のマドンナ、先輩からは可愛い後輩として存在していたのが先程の春井歌奈先輩なのである。
「後で部長に連絡しなきゃな……」
まあ、俺に関わりがあるかと言えばあるのだが……いかんせん普段しっかり話しているかと言われればそういう訳ではないので、急に、こう、距離を詰められると困る。別にあの人が居るからこの部活に決めたわけではないのだが、第三者から見た時にそういう風に映ってしまうのは仕方ないのだ。
「面倒だ……」
ため息一つ零し、先輩が消えていった昇降口にとぼとぼと足を進めていく。あの、ため息に反応してこっち見てくるのやめてください。あとさっきから桜の樹の下から微動だにしないでこっち見てくるのもやめてください。特別な関係とかではないです。本当に。
結局、教室に着いたのはHR開始10分前というところで思った以上に時間がかかってしまった。いや、昇降口時点ではそのまま行けばそんなことはなく余裕で着くことができたはずなのだが何故か桜の樹の下にいた人がついてきて、本能的恐怖から追っ手を撒く必要があると思い校舎内をぐるぐると回っていたわけだ。映画かよ。




