「お前を愛することはない」と言われたので「そうなの?私もよ」と言い返しておきました 【連載版もあります】
本人たちの意志などはそっちのけで、親同士が決めることの多い貴族の結婚。私たちもその因習とも言えそうな習慣に漏れず、そうなりました。
相手を聞かされて先ず思ったのは、『面倒なことになりそう』でした。
なぜなら、相手は『氷の貴公子』とかいう恥ずかしい渾名を付けられている、王弟殿下の子息ランヴェルト様。
彼が令嬢たちに流させた涙は数知れず。
「ハァ…………面倒だわ」
幼い頃から、幸せな結婚生活というものがよくわかりませんでした。
友人たちは愛だの恋だのととても楽しそうに話していましたが、両親の仲は冷え切り――温かかったことがあるのかは謎ですが――まぁ、冷え切っていましたから、私はそういった系統に夢も希望も持てなかったのです。
そういえば、友人たちは結婚してから紡ぐ事もできるとかなんとか言うので、少しだけ希望を抱いた時もありましたね――――
「テレシア嬢、私はお前を愛することはないだろう」
――――とかなんとか、どうやったらそんな綺麗な色になるの?というくらいの白銀の髪と氷結した湖面のような水色の瞳の『氷の貴公子』に言われて、友人たちとの会話を思い出しました。
あと、不機嫌を表情に乗せていますが、貴族としてどうなのでしょうか?
一般的に、半年後に結婚する相手の家のサロンで、婚約者に向ける表情と言葉ではない気はします。が、まぁ、人のことは言えませんわね。
「そうなの? 私もよ」
私も、つい笑顔でそう答えてしまっていましたし。
氷の貴公子様が瞳を大きく見開いて、キョトンとしていましたが、何か驚くことでもあったのでしょうか?
「なにか?」
「……いや、別に」
「そうですか。では、これで失礼します」
顔合わせも挨拶も終わりましたし、私は自室に退散しようとしましたが、お父様に引き止められてしまいました。氷の貴公子様に庭園を案内しろと。
王城をよく知り、広大な土地と豪奢な建物を所持されている方に、我が伯爵家のみすぼらしい庭園を案内したところで、恥をかくだけではないのでしょうか。
「テレシア、行きなさい」
「…………承知しました」
無表情の氷の貴公子様がすっと手を差し伸べてきました。そこは紳士なのですね?
「ありがとう存じます」
差し伸べられた手に自身の手を重ねると、予想していたよりも手が温かく、驚いて一瞬手を引いてしまいました。
「どうかしたか?」
少しムッとしたようなお顔で睨みつけて来ていますが、それは淑女に向ける顔ですかね?
紳士なのか紳士じゃないのか謎です。
「いえ。参りましょうか」
「あぁ」
ゆっくりと庭園を歩きました。
無言で。
「…………」
「……」
「…………君は、無表情だな」
「はい?」
まさか無表情な氷の貴公子に言われるとは思ってもいませんでした。いえ、たしかに私は基本的に無表情ではありますが。
「微笑んでいたほうがよろしいのでしたら、そうしますが?」
「……いや…………別に求めてはいないが」
「では、このままで」
氷の貴公子様は、なんとなく納得していないような声でしたが、それ以上は何も話されませんでした。
ただ手を繋いで庭園をゆっくりと散策し終え、玄関ポーチで氷の貴公子様を見送りました。
「来週、また来る」
――――え? また来るの?
彼、『お前を愛することはない』とか言い放ちませんでしたかね?
なんだかんだと氷の貴公子様と毎週のようにデートたるものをしています。
てっきり、次の顔合わせは結婚式当日とかになるのかと思っていたので、妙な肩透かしを食らっています。
友人たちは『氷の貴公子様が恋に落ちた』とかなんとか騒いでいますが、結婚適齢期である二五歳の氷の貴公子様と、諸々の条件が釣り合う我が家がたまたま契約に至っただけなのですが。
王弟殿下は、国王陛下に絶対なる忠誠を誓っており、氷の貴公子様の結婚相手に求めたのは『冷静沈着な二十代の娘がいて、野心がなく、政権派閥に所属しておらず、建国時からある家』でした。
我が家はそれにぴったりと当てはまったのです。
脈々と続く家系ではあるものの、ただそれだけの伯爵家で、野心などなく、ただ家名を守るために結婚し、血を受け継がせていただけなので。
そして、今代は私一人しか子供がおらず、父は婿養子か生まれた子供を伯爵家に入れても構わないという相手を探していました。
そう、これはたまたま両家の思惑が合致した契約なのです。
「迎えに来た」
「ありがとう存じます」
相変わらず無表情の氷の貴公子様とのデート。
薔薇園を散策したり、貴族街を散策したり、カフェで甘いものを食べたり。
無言で。
視線はずっと合うのですが、無言。
「…………そろそろ帰るか」
「はい」
馬車に揺られながら、流れる景色を眺めている時でした。
「来月、結婚式だな」
「それがどうかしましたか?」
「あー…………私はお前を愛することはないと言ったが――――」
「ああ、そのことですね。はい、大丈夫ですわ。私も愛だの恋だのに興味はございません」
「――――君に興味が…………あ、うん」
「ん? はい?」
氷の貴公子様と言葉が被ってしまい、聞き逃してしまいました。
もう一度お話をとお願いしたのですが、馬車の向かい側に座られていた氷の貴公子様は、顔を窓の方に背けてそれ以降は無言になられてしまいました。
ご機嫌を損ねてしまったようです。
夕陽に照らされた氷の貴公子様は、うっすらピンクとオレンジの間のような色に染まっていました。
❄❄❄❄❄
幼い頃から地位と見た目のせいで女に擦り寄られていた。
約束した覚えのない結婚話や、男女の仲や、想像妊娠など、十代の頃から悩まされ続けた結果、結婚などする気も起きなかった。近寄る女たちは、一刀両断の勢いで付け入る隙も与えないようにしていた。
なのにだ。
「兄がお前の結婚相手を見繕ってくれるそうだぞ」
父から言われたその言葉に焦った。
父の言う『兄』とは国王陛下であり、絶対の忠誠を誓っている。
その『兄』が決めた相手なら、父は満面の笑みで二つ返事をしてしまうだろう。
慌てて条件を出したのは言うまでもない。
――――いたのか!
建国当時からある旧家で、政権派閥に所属していない家などあるとは思ってもいなかった。
野心をひた隠しにしているだけなのかとも思ったが、本当になんの野心もない伯爵家だった。
伯爵家に顔合わせに向かうと、艷やかな黒髪の令嬢がいた。瞳は金色に煌めいているのに、冷たさしか感じなかった。無表情すぎて感情が見えない。
雰囲気は繕えているが、二十歳になったばかりの少女が本当に冷静沈着なのだろうか?と疑問に思う。
だから、言ってしまった。
巷で人気の劇のセリフである『お前を愛することはない』を、つい。
まさか、微笑まれ「そうなの? 私もよ」と返答されるとは思っていなかった。
それはとても控えめで、小さなスノーフレークのような優しく美しい笑顔だった。
初めて、女性を綺麗だと思った瞬間だった。
テレシア嬢をもっと知りたくなり、毎週のように逢いに行ってしまっていた。
その報告を受けている陛下と父がニヤニヤとしているが、睨みつけるとスッと目を逸らした。やはり、私の視線はかなり冷ややかなのだろう。
テレシア嬢があまりにも怯まないので、もしや威厳とかそういったものが消えたのかとも思ったが、違ったようだ。
あの子が特殊なんだろう。
着実にデートたるものを重ね続けた。
ずっと無言ではあるが、いつも手は繋いでいるし、視線が合っても逸らされないし、冷やかな態度を取っていても泣かれないし、焦ったように無駄に話しかけても来ない。
――――居心地がいい。
気付けば、私はテレシアのことばかり考え、共にいる時は見つめ続けてしまうようになっていた。
だから、彼女が私のことをどう思っているのか気になってしまった。
あの時の言葉を撤回したくなった。
なのに…………。
「ああ、そのことですね。はい、大丈夫ですわ。私も愛だの恋だのに興味はございません」
キッパリと言われてしまった。
これは、私が蒔いた種だが、何とも苦々しい結果になってしまった。
◇◇◇◇◇
馬車で何かを聞きそびれた日以来、氷の貴公子様が我が家に来なくなってしまいました。
お父様は「結婚式をして子どもを産めばいいだけだろう」と家の将来のことしか気にしていません。
良くも悪くも、他に興味がない人です。
とうとう結婚式の前夜になってしまいました。
両家での顔合わせの食事会には氷の貴公子様は、来てくださいましたが、お顔がいつもに増して無表情というか不機嫌そうです。
食事を終え、お父様たちはサロンでお酒を飲みつつ歓談するそうで、明日の準備がある私は早めに休むことにしました。
「っ――――テレシア嬢!」
後ろから声をかけられ振り返ると、そこには少し焦ったような氷の貴公子様がいました。
「はい?」
「君は…………本当に私と結婚していいのか?」
「えっと、はい。そういう契約ですし?」
「……………………だが…………私は、君と…………」
「結婚したくない、ということでしょうか?」
あまりにも彼と視線が合わないので、てっきり後ろめたい気持ちがあるのかと思い、そんな結論にたどり着いて聞いてみました。
氷の貴公子様が驚いたような表情になったあと、悲しそうに笑われました。
「私は、君に恋をしたんだ」
――――え?
「君となら、私は穏やかに日々を過ごせる気がしている。だが、君は? 好きでもない男とずっと共にいてもいいのか?」
「えっと…………?」
意味が良くわからず、なんと答えていいものか考えあぐねていると、氷の貴公子様が目の前まで歩を進めて来られました。
「私は、君を求めるぞ?」
「へっ?」
「日中も、夜も、だ」
「っ!?」
――――夜? って、そういう夜っ!?
「ふはははっ。真っ赤になったな! ん、大丈夫そうだな」
何がどう大丈夫か分かりませんでしたが、氷の貴公子様の満面の笑みは、それはそれは美しく、物凄い破壊力でした。
気付いていなかった、自身の淡い恋心を顕にされるくらいに――――。
「君を愛することはないと言ったが、私の間違いだった。君が、愛しい。私と結婚するのは決定事項だから…………そうだな、君を愛し続けさせてくれないか?」
「っ、はひっ」
「ん。唇は、本番に取っておこう」
白銀の髪をシャラリと滑らせて、氷の貴公子様が顔を近づけて来られました。
ちゆ。
頬に、温かい感触。
全身が熱いです。明日のためにも早く寝なければいけないのに、眠れるでしょうか?
氷の貴公子――ランヴェルト様は、クスクスと楽しそうに笑っています。
なんでか、ちょっとモヤッとします。
家どうしの契約結婚で、「お前を愛することはない」と言われたので「そうなの?私もよ」と言い返したら、溺愛宣言されてしまいました。
こんな結婚の形も、ありかもしれませんね?
―― fin ――
読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m
楽しめましたでしょうか?
物足りないだろうなぁってとこの内容を盛り込みつつ長編化作業中でふ!
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