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とある少女の視点(3)

エガオと少女の絆が糸のようにゆっくりと織り込まれていきまさ

 彼女は・・・エガオ様は本当に何も知らなかった。

 食事を摂る時はフォークを赤ちゃんのように握って食べこぼすことも厭わずに口に運んだ。

 着替えの時は後ろ前になることは当たり前で下着を着ようとしない時もあった。

 寝る時も鎧を着て寝ようとするので脱ぐように言った。

 トイレの仕方は流石に分かっていたがアレの日の処理の仕方を知らなかった時はこの人を連れてここから逃げ出した方がいいのではないかと本気で思った。

 母や侍女から作法や日常のことについて学んでおいて良かったと感謝しながら私は月から舞い降りたお姫様のような純粋無垢なエガオ様の相手をした。

 それこそ先輩従者や他のメドレーの戦士達が驚き、怯えるほどに。

 エガオ様は、私が一つ一つ教える度に驚いた顔をして、言われた通りにちゃんと直す。そして「ありがとう」と恥ずかしそうに言う。

 可愛い。

 年上に使う言葉じゃないけど最初のイメージを覆すくらいの良い子だ。

 私は、彼女が私の教えたことを覚え、ありがとうと言われる度に胸がキュンと締め付けられ、そして悲しくなった。

 神様は、なんでこんな可愛らしい人に過酷な運命と能力を授けたのか・・と。

 その後もエガオ様は戦場に赴き、全身を血で染めて戻ってきた。

 その度に周囲は恐怖に凍てつくも私は無事に戻ってきてくれた喜びとその痛々しい姿に胸が苦しくなった。

 それでも彼女は、この国のため、私達の為に戦ってくれているのだ、と思い、懸命に世話をした。

 そんな中、彼女の中にも変化が出てきた。

 彼女は、戦場から戻ってくると真っ先に声を掛けてくれるようになった。

 それも「マナ」と嬉しそうに。

 お風呂に入っている間、私に戦場以外の見てきたものを話してくれるようなった。

 道に咲いていたお花が綺麗だった、雲が魚に見えた、雨が止んだら蛙が出てきた等、とても年頃の女の子が話すような内容ではないがエガオ様が私の為に、私に話したくて用意してきたのだと思うと愛しさが募ってしまう。

 食事のマナーも少しずつ覚え、着替えも何とか1人で出来るようになり、アレの日の処理は一苦労だったが何とか覚えることが出来た。

 なんか手のかかるお姉ちゃんが出来た気分だった。

 そしてこのお姉ちゃんはしっかりと成長していた。

 ある寒い日、宿舎で仕事をしながら戦場に出たエガオ様の帰りを待っていた。

 エガオ様、ちゃんと温かくしてるかな?持たせたカイロ使ってるかな?風邪引いてないかな?なんてことを考えていると急に頭が痛くなり、寒気がした。

 エガオ様の体調ばかり心配して体調管理を怠り、自分が風邪を引いてしまったのだ。

 私の体調が悪いことに気づいた先輩従者達が今日は帰るように言ってくれた。

「エガオ様のお帰りを待たないと」

「私たちがやるから平気よ」

 そう言ってくれたのでお言葉に甘えて帰らせてもらうことにした。

 しかし、メドレーの宿舎から教会までの道のりはとても長く、熱が上がってきた私は立つことすら出来ず、道の真ん中で倒れて意識を失ってしまったのだ。

「マナ!」

 遠くから私を名を呼ぶ女の人の声が聞こえた。

 お母さん?


 目を覚ますと見覚えのある木板の天井が飛び込んできた。

 メドレーの宿舎の天井だ。

 あれ?私って宿舎を出たんじゃなかったっけ?

 私はベッドの上で寝ており、額には氷の入った氷嚢が当てられていた。

「マナ」

 声が聞こえた。

 絞り出すような、泣き出しそうな女の子の声が。

 私は、ゆっくりと声の振る方に首を向ける。

 エガオ様がそこに立っていた。

 鎧も鎧下垂れも、剥き出しの肌も血で汚れていた。

 その顔は見たこともないほどに青ざめ、綺麗な水色の目が大きく震えていた。

「エガオ様」

 私が小さく呟くと彼女の目から大粒の涙がポロポロと溢れ出る。

 私は、熱に侵され幻覚を見ているのかと思った。

 エガオ様が・・泣いてる?

 エガオ様は、表情を変えないままに涙を流しながら近寄ってきて私の手に自分の手を重ねる。

「良かった・・」

 その声は聞いたこともないほど震えていた。

 動揺している。

 あのエガオ様が。

「もう目を覚さないかと思った・・・」

 彼女の目から涙が絶え間なく溢れる。

「私・・・なんでここに?」

「宿舎への帰り道に倒れているのを見つけたの。貴方だと知って驚いたわ」

 あの時の女の人の声はエガオ様だったのか。

「エガオ様が連れてきてくれたんですか?」

 私の質問にエガオ様は頷く。

「こんな汚れた格好で貴方を抱き抱えてしまった。ごめんなさい。着替は従者達にしてもらったから」

 彼女は、怒られた子どものように身を縮める。

 私は、口元に笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。エガオ様」

 私が言うと彼女はとても驚いた顔をし、さらに泣き崩れた。

 こんな泣き虫だったんだ。

 私は、震える手で彼女の手を握り返した。

 私の熱は一晩で下がった。

 エガオ様は、私の看病をしようとご飯を運んでくれたり、身体を拭いてくれた。とても不器用で自分でやった方が早いなと思ったがその気持ちが嬉しかった。

 これを機に私達の仲は一気に深まったと思う。

 エガオ様からは私を信頼する気持ち、従者以上に私を想ってくれるていることを感じたし、私も主人と言う気持ちを飛び越え、愛しさが募った。

 しかし、彼女から笑顔が出ることは1度もなかった。

 それが私は悔しかった。

 それでもこんな関係がずっと続くのだと思っていた矢先、エガオ様は突然いなくなった。

 私に何も告げずに。

 先輩従者は私にこう告げた。

 彼女は、戦場での責任を取らされて除隊(クビ)にさせられたのだ、と。

 私は、その日のうちにメドレーを辞めた。

糸が・・・解ける

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