とある少女の視点(2)
エガオと少女の出会い
マイナスから始まった不思議な交流
両親の手紙には必ず"エガオ"という少女のことが書かれていた。
戦場に貴方と年の近い女の子がいる。
とても強くて自分たち以上の武勲を上げている。
大人びていて礼儀正しい。
エガオって素敵な名前なのに笑わないのが心配。
貴方がいればきっと仲良く出来るのに。
などと、手紙の端々に彼女の存在が現れる。
両親は、彼女のことを慮り、その場にいない私に変わって愛情を彼女に注いでいるように感じられた。
私は、嫉妬した。
戦場と言う場においてこのエガオと言う少女は間違いなく2人の娘だったのだ。
だからこそ私は会いたかった。
会って、私の知らない両親の話しを聞きたかった。
本当の娘として。
しかし、その思いは打ち砕かれた。
空虚で精巧なお人形。
それが初めて彼女を見た時の第一印象だった。
メドレーでの最初の仕事の日、戦場から帰ってきた彼女を出迎えに外に出た。そして大勢の部下を後ろに連れて戻ってきた彼女を見て、私はそう感じてしまった。
彼女の姿には、存在にはそれだけ現実味がなかった。
驚くほど端正に整った顔立ち、三つ編みにした燻んだ金糸の髪、水色の大きな目、華奢な身体、傷だらけ、凹みだらけの板金鎧に背中に背負われた柄がコの字に曲がった巨大な大鉈、そして何よりも彼女は真っ赤に染まっていた。
赤いペンキでも頭から被ったかのように全身を血で真っ赤に染めていた。
私の頭の中に鬼、悪魔、幽霊と言った恐怖から生まれた侮蔑の言葉が浮かぶ。しかし、そのどれもが彼女の美しさには当てはまらない。
だから私は彼女を"空虚で精巧なお人形"と表現した。
彼女の後ろには10人を超えるメドレーの戦士達が立っていた。皆、彼女より年上で、誰も彼女のように血にも染まっておらず、怪我もしてなかった。
ただ、その表情には一様に恐怖と屈辱と怒りが浮かんでいた。
それは私と一緒に迎えに出た従者達も同じで皆、彼女を見て恐怖していた。
「貴方が従者?」
彼女は、感情の虚な水色の目で私を見る。
私は、思わず寒気を感じた。
「はいっ。マナと申します。今日からここでお仕事をさせてもらます」
私は、深く頭を下げる。
彼女は、じっと水色の目で私を見る。
私は、背中に脂汗が滲んでくるのを感じた。
一つ何かを間違えたら命を奪われるのではと言う恐怖が心を支配する。
「そう」
彼女は、短く呟くと興味が無くなったように目を反らす。
「お風呂に入りたいんだけど沸いてるかしら?」
「はいっ準備できてます」
今日、初めてこの宿舎にやってきて1番最初にした仕事が湯沸かしだった。
戦場から戻ってきた彼女が最初にやることがお風呂に入ることだと先輩の従者さん達に聞いて急いで準備した。
ちなみに他の従者さんたちは特定の人についていない。
彼女に付くのは私だけだ。
「ありがとう」
彼女は、それだけ言うと宿舎の中に入ろうとする。
「あの・・・」
私は、思わず彼女の背中に声をかけてしまった。
周囲が騒めく。
中には青ざめる人までいた。
彼女は、足を止め、顔だけをこちらに向けて私を見る。
「なに?」
彼女は、私をじっと見る。
「あの・・・私を見て何か思いませんか?」
私の容貌は無くなった両親によく似ている。
白と黒の水玉の髪、黒い鼻、そして顔立ち。
私は、彼女から何かしらの反応があることを期待した。
「・・・可愛いわね」
彼女は、興味なさげにそう呟くと再び正面を向いて歩き出した。
私は、絶望した。
彼女は、両親のことなんて欠片も覚えてないのだ。
メドレーのうちの誰かが「笑顔のないエガオが!」と小さな声で侮蔑の言葉を吐いた。
私も同じ気持ちだった。
彼女はどこかに感情を置いてきた私達とは違う存在なのだ、と。
もう辞めよう。
そうは思ったけど現実として働かなければならず、ここより良い給金が貰えて好条件で働けるところなんてない。
私は、心を固くして働く決意をすると、そろそろ彼女が出る頃だと思い、浴場に向かった。先輩達からは呼ばれた時だけ行けばいいと言われたがあの冷たい女が機嫌を損ねて働けなくなる方が大変だ。
私は、「失礼します」と声を掛けてから浴場に入り、絶句する。
脱衣場で彼女は、一糸も纏わぬ姿で立っていた。
特に何をするわけでもない。
ただ、ぼおっと宙を見上げて立っていた。
「あのお・・エガオ様?」
私は、恐る恐る声を掛ける。
すると、彼女は私がいたことに今気づいたように水色の目を大きく開ける。
「えっと・・・マナ・・だったかしら?」
彼女は、辿々しく私の名前を口にする。
私は、小さく頷く。
「何を・・されてるんですか?」
戦士特有の精神統一か何かだろうか?
しかし、彼女の口から帰ってきたのは予想もしないものだった。
「乾かしてるの」
「えっ?」
「このまま服を着たら気持ち悪いでしょ。だから乾かしてるの」
私は、絶句する。
彼女は、何を言ってるのだ?
「タオルは?」
私が聞くと彼女は首を傾げる。
私は、彼女の足元に脱ぎ捨てられた鎧下垂れを見る。
血に塗れたままの。
「まさかこれを着るんですか?」
「これしかないもの」
私は、心臓の鼓動が速くなるのを止めることが出来なかった。
彼女は、本気で言っているのだ。
タオルなんて知らない、と。
着替えなんてない、と。
「待っててください!」
私は、急いで浴場を出て先輩達にタオルと彼女に合う服がないか訪ねた。
タオルは直ぐに見つかったが女の子用の服なんて存在せず仕方なく予備の鎧下垂れとサイズの小さな男物の下着を持って彼女のところに戻った。
「これを使ってください!」
私は、タオルを渡すが彼女は首を傾げるだけ。
苛立った私は「失礼します」と頭を下げ、弟達を拭くように彼女の髪と身体を拭いた。
彼女は驚いた顔をしながらも私にされるがままだった。
男物の下着を履くのにも抵抗もせず、鎧下垂れを後ろ前に着ようとしたので慌てて直した。
「座ってください」
私は、彼女を丸椅子に座らせ、先輩の1人に借りたブラシで彼女の髪を梳かしていく。
14、5の女の子とは思えないくらいに痛み、固く、そして重い。教会の妹達の方がまだ清潔で手入れが行き届いている。
なんなの・・?
ここは彼女を、戦争の立役者とも言える彼女をなんだと思ってるの?
彼女は、綺麗に解れた髪を触りながらきょとんっとした顔で私を見る。
「・・ありがとう」
彼女は、小さい声で私に言う。
「お風呂って血の匂いを取るだけじゃなかったのね」
そう呟いた彼女は笑顔こそないけれどとても可愛らしかった。
その時、私は分かってしまった。
何故、両親が彼女をあんなに気にかけたのか。
彼女は王国の戦力として扱われたが、1人の女の子として扱われることはなかったのだ。
その日から私は彼女が浴場に入る時は必ず付き添うようにした。
エガオと少女の縁が結ばれていきます