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無敵(5)

それはまだエガオが"笑顔のないエガオ"と呼ばれていた頃の話し。

 それは2年前のこと。

 王都から一週間ほど離れた場所にある小さな領土に帝国の騎士団が襲撃すると言う情報が入った。

 領土を略奪し、そこを帝国の前線基地にして王都に攻め込もうとする計画だ。

 王国騎士団は、直ぐにでも帝国騎士団の潜む場所を突き止め、攻められる前に一網打尽にする作戦を立てた。

 作戦にはメドレーも組み込まれ、当然、エガオもその中にいた。

 人数的にも兵力的にも帝国騎士団を上回っており、勝利は確実であった。

 しかし、ここで予期せぬことが起こる。

 時を同じくして別の領土が帝国の侵略を受けたのだ。

 しかも、そこの領主は王国の親類。

 王国騎士団は、急遽戦略を変更して、メドレーに全てを託し、10人程度の騎士だけを残してもう一つの領土の救出へと向かったのだ。

 メドレーからは、当然怒りと不満の声が出て上がるが私は特に気してなかった。

 騎士がいようが、戦力が減ろうがやることは変わらない。

 粛々と任務をこなし、勝利を得るだけ。

 別になんてことはない。

 恐怖もない。

 不満もない。

 私は、笑顔のないエガオなのだから。

 そんな時、2人の騎士から声を掛けられた。

 2人もと犬の獣人で大柄で屈強な体つきをした男性、もう1人は私より頭から一つ背の高い、しかしガッチリとした身体つきの女性でどちらも白と黒の水玉模様の髪とちょこんとした黒い鼻をしていた。

「君も戦争に参加するのかい?」

 男性が私を見て驚く。

「メドレーの隊長が小さな女の子と聞いていたけど本当だったのね」

 女性の声には小さな怒りが含まれていた。

「子どもを戦場に出すだなんて何を考えているのかしら?」

 子ども・・?

 その時の私は自分が子どもと言う認識がなかったから女性の言葉に首を傾げることしか出来なかった。

 私のそんな仕草に彼女は悲しそうな顔を浮かべる。

「貴方・・怖くないの?」

 女性は、優しく私の肩当てに手を置く。

「怖かったら無理に戦いになんて出る必要なんてないのよ」

 女性は、私を労るように言って優しく微笑む。

 当時の私には彼女の言ってる意味が分からなかった。

 むしろ苛ついた。

 この女は、私が怖がってると思っているのか?

 怖いと思うくらいなら戦場になんて来るな、と。

 しかし、そんな私の心情なんて知らずに女性は話しを続ける。

「私たちにもね。小さな娘がいるの。明るくて甘えん坊でね」

 娘の事を思い出して女性は微笑む。男性の方も口元に笑みを浮かべる。

「騎士の家系に生まれたからいずれは戦いの場に出るのかもしれない。でも親として娘に危険なことはしてほしくない。そんな世の中にならないよう私達は戦ってるの」

 そんな世の中?

 どんな世の中?

 戦いのない、危険のない世の中なんてあるはずがない。

 この女は一体何を言ってるのだ?

 私には彼女の言っている事の意味が1つも分からなかった。

「貴方を見てるとね。娘を思い出すの。いつか戦場に出るかもしれない娘を思い浮かべてしまうの。怖がってる娘の姿を」

 そう言って女性は私の頬を触る。

「怖かったら逃げなさい。辛かったらやめなさい。貴方が戦わなくても誰かが戦って良い世の中をきっと作ってくれる。子どもが戦う必要なんてないのよ」

 女性の言葉に男性も小さく頷く。

 私の苛立ちは限界にきていた。

 私は、頬を触る女性の手を払いのける。

 女性は、驚き、大きく目を見開いて私を見る。

「ご心配いただきありがとうございます」

 私は、ヘソの下で両手を組み、頭を下げる。

「私達メドレーは、王国より前線に立ち戦うよう設けられた部隊です。戦い、死を恐れる者などメドレーにはおりません」

 嘘だった。

 メドレーは所詮寄せ集め。

 戦いの経験があるものなど数えるくらいだ。

 しかし、指令を受けた以上、その命はもう私達のものではない。

「皆様にご安心頂けるよう身命をかけて戦います。お2人はどうぞご無事で」

 私は、敢えて"お2人は"と言った。

 怖い奴は戦場に来るな。

 残してきた娘のもとにさっさと帰れと胸中で侮蔑し、悪態を付いてその場を去った。

 そしてそれが生きたあの2人を見た最後であった。

 それから私達は、帝国が隠れ潜んでた陣営に攻め込んだ。

 騎士団が減ったことで戦力が減ったが問題ない。

 私は、大鉈を振り回し、次々と襲いくる騎士、兵士たちを殲滅していった。

 表情ひとつ変えることなく、大鉈を振り回し、敵の鮮血を浴びながらも戦いをやめない私の姿を見て敵も味方も恐れ慄いた。

 そして口々に言う。

 笑顔のないエガオ。

 それが私の存在意義(アイデンティティ)

 次々と倒れていく帝国騎士団。

 もう勝利は直ぐそこまできていた。

 しかし、私達は気づいてなかった。

 これが彼らの罠であったことを。

 攻め込む私達の前に黒い長衣を被った男が現れた。

 長衣から剥き出しになった素肌の部分に黒い刺青のような模様が幾つも入っていた。

 魔印。

 帝国の秘奥。魔術を練り込んだ刺青(タトゥー)

 私は、背筋に冷たいものが走った。

 魔法騎士。

 魔印を体に刻み、特殊な訓練を受けた帝国の精鋭。

 その実力はたった1人で小部隊ならアリの巣の如く潰せると言われる。

 男が魔法騎士であると判断した私は即座に部下と騎士達に離れるよう伝えた。

 逃すためではない。

 闘いの邪魔をされないようにだ。

 私は、大鉈を構える。

 しかし、男は、私のことなど見てなかった。

 男の右腕の魔印が輝き、紫色の雷が発生する。

 並の魔法騎士では扱う事の出来ない雷の魔印。

 私は、男が放つ前に倒すべく突進した。

 しかし、遅かった。

 男の魔印から放たれた強力な雷撃が走り、周囲を焼き払う。

 私は、雷の雨を避け、大鉈を男に向かって投げつけるも大鉈は空を切るだけでそこにはもう男の姿はなかった。

 被害は甚大だった。

 雷撃を受けても数名は生き残っていたが皆、重症。それ以外は死に絶えていた。

 そこでようやく私は気づいた。

 領土制圧は嘘だったこと。

 本当の目的は王国騎士団から切り離されたメドレーを殲滅することだったのだ、と。

 そうでなければあんな強力な魔印を持つ魔法騎士がいるのに攻めあぐねていた理由が分からない。

 私は、自分の認識が甘かったこと、近い将来、強敵として現れるかもしれない者を逃したことに歯痒さと憤りを感じた。

 それでも部隊の被害を把握するため、生き残りがいないかを探している時、あの犬の獣人2人が焼け焦げて倒れているのを見た。

 2人は、寄り添いあい、互いを庇い合うように倒れていた。

 私は、2人に一瞥を向けるだけでその場を離れた。


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