デート(2)
グリフィン卿が訪れた理由とは?
グリフィン卿は、部下2人を連れて奥の紫色の傘をさした円卓に腰を下ろした。
私は、銀色のトレイを持って3人に近寄る。
「ご注文は?」
私が訊くとグリフィン卿は、目を瞠り、表情を固くする。
「・・・コーヒーを。お前達もそれでいいか?」
グリフィン卿は、2人の部下に声を掛ける。2人とも緊張した面持ちで頷く。
「お砂糖とミルクは?」
「いらん」
「畏まりました」
私は、首を垂れて後ろに下り、カゲロウに注文を伝えにいく。背中に視線を感じる。
カゲロウは、もう聞こえていたのか?サイフォンにコーヒーを落としていた。
甘い香りが鼻腔を擽る。
「仕事中だからな」
カゲロウは、白いカップにコーヒーを注いでトレイに載せる。
「はいっ」
私は、短く答えて3人の元に向かう。
「コーヒーです」
私は、3人の前に丁寧にコーヒーを置くと小さく頭を下げて戻ろうとする。
「エガオ」
グリフィン卿が私の背中に呼びかける。
私は、身体を半身に振り返る。
「少し話せないか?」
グリフィン卿が武人らしい鋭い目を向けて私に言う。
「仕事中ですので。店長に叱られます」
そう言って私は頭を下げる。
グリフィン卿は、キッチン馬車で手を動かすカゲロウを見て、そして私を見る。
「本当に少しだ。時間は取らせない」
グリフィン卿の目からは強く、そして切実な訴えが感じられた。
あの荒くれ者のメドレーを率いる為、常に堂々と威厳を持っていたグリフィン卿らしくない。
私は、カゲロウをちらっと見る。
カゲロウは、こちらを見ずに洗い物に精を出している。スーちゃんも石畳に座って眠っている。唯一の客の4人組は不機嫌そうなこちらを見ている。
私は、小さく息を吐く。
「本当に少しだけです。お客様がいらしたらすぐに離れます」
「それでいい」
グリフィン卿は、ほっとした表情を浮かべる。そして私に席に座るよう促すが小さく首を振って拒否する。
グリフィン卿は、少し寂しそうに眉を寄せ、口を開く。
「元気そうだな」
「はいっ何とか生きております」
私は、淡々と返答する。
そういえばメドレーにいた時はこんな話し方だったな。
「あまりにも綺麗になっていたので見間違えたかと思ったぞ」
グリフィン卿の言葉に部下2人も頷き、ぼおっとした目で私を見上げる。
頷くと言うことはこの2人は私のことを知っているのだろうか?見覚えはないが。
「見間違えたって失礼じゃない?」
後ろから4人組が小声で話してるのが聞こえる。
「女の子になんてこと言うのよね」
そう言って4人組はこちらを、グリフィン卿達を睨む。
私は、気にせず言葉を続ける。
「お世話になっている方が毎朝、丁寧に化粧をしてくれるのでそのせいでしょう。私は特に変わってません」
「そうか・・・」
グリフィン卿は、短く答えてコーヒーに口を付ける。
部下達も習ってコーヒーを飲む。
あまりの固い雰囲気に私は少し辟易する。
緩やかな雰囲気に慣れてしまったのだろうか?
「実はな・・」
グリフィン卿が意を決したように口を開く。
「お前にメドレーに戻ってきて欲しいんだ」
小さく風が吹き、公園の木々を揺らし、葉が騒めく。
私は、小さく目を閉じる。
何となく予想はしていたがやはりそう言うことか。
私の心の内など知らずにグリフィン卿は話しを続ける。
「騎士崩れ達の事件は知っているな?」
私の脳裏に数日前の事件が浮かぶ。
「帝国との停戦条約が結ばれて以来、資金難から騎士の地位を剥奪され、ゴロツキさながらに国民を襲う輩が増えている」
「そうみたいですね」
私は、無関心を装って口を開く。
部下2人が少し苛立ったように私を睨む。
「ただのゴロツキが暴れてるだけなら警察の仕事だがタチが悪いことに崩れといっても正規の訓練を受けた正当な騎士達だ。並の輩では歯が立たん」
「そこでメドレーが国の自警組織として新たに組み込まれたと言うところでしょうか?」
話しの文脈から結びついた答えを私が口にするとグリフィン卿は目を大きく見開く。
「お前はやはり頭がいい」
グリフィン卿が賞賛の言葉を送るが私は反応しない。
「騎士団は、現在1ヶ月後に行われるリヒト王子と帝国の姫君のお披露目式の準備に追われてとてもではないが国の治安維持にあたれない。そこで私達に白羽の矢が当てられたのだ」
グリフィン卿の言葉に部下2人も頷く。
私は、部下2人に目をやる。
「彼らもメドレーですか?」
私の言葉に2人の表情が固まる。
グルフィン卿は、眉を顰める。
「お前の元部下達だろう。前線にも一緒に出てたはずだ」
グリフィン卿の言葉に2人は頷く。
「そうでしたか。すいません。あの頃は1人で戦いに出るのが常だったので・・・」
私は、2人に頭を下げる。
2人の顔が茹で上がるように赤くなる。
何で怒っているのだろう?
被害を最小限にするには極力私1人出た方が得策だったのに。
グリフィン卿は、小さくため息を吐く。
「そう馬鹿にしてやるな。お前程ではないが彼らもかなりの実力者なのだ」
私は、眉根を寄せる。
馬鹿になんてしてない。
「私が来たのはまさにそのことでだ」
グリフィン卿は、温くなったコーヒーを飲み干す。
「戦闘部隊なんて言うが実質、メドレーはお前1人で持っていたようなものだ。並の騎士には負けないまでも実力のある者を抑えるには力が足りない。所詮は寄せ集めだからな。だからこそお前の力が必要なんだ」
グリフィン卿は、強い視線で私を見る。
「戻ってきてくれ。再び隊長としてメドレーを率いて欲しい」
グリフィン卿は、深々と頭を下げる。
それに続いて部下2人も頭を下げる。
私は、小さく首を横に振る。
「私は、メドレーをクビになった身です。この通り仕事も持ってます。お引き取りください」
私は、小さく頭を下げて背中を向け、キッチン馬車に向かおうとする。
「腑抜けが・・」
部下のどちらが小声で憎々しく呟く。
私は、足を止める。
振り返るとグリフィン卿が部下を睨みつけていた。
言葉を発した部下は萎縮している。
グリフィン卿は、私がこちらを見ていることに気づき、口を開く。
「エガオ」
「はいっ」
「ここにお前は必要なのか?」
「えっ?」
「この店にお前が必要となる役割があるのか?」
胸の奥に小さな痛みが走る。
「メドレーはお前を必要としている。お前の役割がしっかりとある。お前の能力を最大限に発揮し、最高の賛辞が送られる場所が」
グリフィン卿は、椅子から立ち上がり、ゆっくりと私に近寄ってくる。
「もう一度、よく考えてみてくれ。お前の居場所がどこなのかを。なあ、エガオ」
そう言ってグリフィン卿が私の肩当てに手を置こうとした時だ。
「うちの店員口説くのやめて貰えますか?」
カゲロウが私の肩に手を置こうとしたグリフィン卿の手首を掴む。
グリフィン卿は、驚きに目を瞠る。
いつの間に近づいていたのか?
「なんだ貴様は?」
グリフィン卿は、鋭い目でカゲロウを睨む。
「エガオの雇い主ですが何か?」
カゲロウは、臆した様子も見せずに言う。
グリフィン卿の柳眉が吊り上がる。
「貴様がエガオを・・・」
グリフィン卿が苦々しく声を出す。
「エガオは、自分の意思でここにいるんで。勘違いしないで下さいね」
カゲロウは、にっと唇の端を釣り上げる。
そして2人はずっと睨み合う、と、いってもカゲロウの目は見えないが・・・。
何か得体の知れない熱い雰囲気が2人の間に漂う。
「ふんっ!」
グリフィン卿は、カゲロウの手を振り解き、刺すように睨みつける。
カゲロウは、素知らぬ顔で私を庇うように前に立つ。
グリフィン卿の目が私を見る。
カゲロウに向けるのとは違う、切なそうな目を。
「また来る」
そう短く告げると部下2人の座る椅子を思い切り蹴って立たせる。
グリフィン卿があんな暴力行為をするのを見たことなかったので驚く。
グリフィン卿は、円卓にお金を叩きつけると背を向けて歩き出し、部下2人がそれに続く。
私は、呆然とグリフィン達の背中を見送る。
カゲロウは、「何だありゃ?」と呆れたように頬を掻く。
そんな様子を見ていてた4人組の1人、ディナが三白眼を細めてぼそっと呟く。
「娘を取られたお父さんだ」
エガオの居場所・・・
娘を取られたお父さん