魔女と魔法
「・・・南の魔女」
通常はありえないような現象を目の当たりにし、クールベアトは呟いた。
こんな芸当、出来るのは魔法しかありえない、と。
蝋燭の光に照らされ浮かび上がった深緑の髪が揺れ、ターコイズのような瞳はじっとローザモンドを見つめる。
「あんた、知ってて森に入ってきたの?」
「・・・確信は無かったけれど、森の雰囲気見てたらなんとなく」
「大した度胸ね。確かに、私は俗に言う”南の魔女”。魔女に会うのは初めて?」
堂々とした物言いと裏腹に頑なに隠された顔。ぎりぎり見える口元は、キッと結ばれていた。
「東の魔女とは会ったことがあるな。ローザモンドは、他の魔女との面識は?」
「無いわね。生まれてこの方、この森から一歩も出たことがない」
布団から出た手は、辺りで何かを搜す仕草をした。
「もしかして、これでも探してる?」
机に戻ったローザモンドは、黒縁眼鏡を持って帰ってきた。
「これ、知ってる。眼鏡でしょう?目悪いの?」
「少しだけ。無くても困らないんだけれども、外に行くときはいつも着けてるんだ」
「そうなの。壊れては無さそうだから、安心して」
受け取ったクールベアトは、眼鏡を掛けると確かに壊れてない、と頷いた。
「今日はもう遅いから、泊まって行けば?」
「え?そんなに遅いの?」
見ろ、とでも言うように、閉められた厚いカーテンをローザモンドが顎で指すと、カーテンはするすると半分ほど開いた。しかし、そこから眩しい太陽の光は差し込まない。
橙と紺の境界が白く滲んでいる。所謂、黄昏刻。
「確かに、今から森を抜けるのは危険だね。でも、流石に泊まらせてもらうのは・・・」
「はぁ?何言ってるの。もうすでに1晩泊まってるけど」
「・・・え?」
「あんたが森に来たのは昨日の昼過ぎ。そこからさっきまであんたはここでぐっすり寝てた。・・・私は徹夜だけど」
「え・・・そうだったんだ。ローザモンド、徹夜してまで看病してくれてありがとう」
「私はただ!ベッドでしか寝れないだけ!」
否定した勢いで部屋の扉を開けたローザモンドは、「病人は大人しく寝なさい!」と言い捨て部屋から出て行く。その後ろ姿を眺めるクールベアトは、静かに微笑み、眼鏡を外しベッドに沈んだ。