救済
暗い部屋の中で目を覚ました彼は、見覚えのない天井にクエスチョンマークを浮かべた。
彼に残っている最後の記憶は、ふらふらしながら森を進んで、耐えきれなくなって倒れたとき、それをじっと見ていた茶色い何かのシルエット。
そもそも、ここが森の外なのか中なのか、一体誰がここまで運んでくれたのか心当たりはあまりない。
ゆっくり起き上がると、頭の方からひらひらと布が落ち、おでこにはスースーした感覚が残った。
「起きたの?」
彼が眠っていたベッドから少し離れた椅子から立ち上がった彼女は、椅子を持ってベッドへと近づいていく。女とはいえ警戒しているのか、彼は体を強張らせた。
「あんた、暑さにやられて森の中で倒れてたの。覚えてる?私がいなかったらあんた死んでたよ?」
起きた途端正体の分からない女に突っかかられ、まだぼんやりとした頭を抱えた彼は、彼女の言葉の意味を理解するのにワンテンポ遅れたようだった。
「君が、僕を助けてくれたの?ところでここってどこ?君は誰?」
「あんた、助けてもらった身なんだから、自分から名乗りなさいよ。そっちが言ったら教えてあげるから」
彼女は普段あまり話さないからか、少し舌足らずだ。
刺々しい口調であるが、彼女は落ちた布を拾い、床に置いた水の入った桶でゆすぐ。固く絞った布を落ちないように肩に掛けた。表情はフードに隠されていることに加え部屋が暗く、読めない。
「確かに、そうかもしれない。僕はクールベアト。ワーステルから来た」
「へえ、都から。御苦労なことね。なんでわざわざこっちに?」
「コルテアへは息抜きで来たんだ。コルテアは静かで、居心地がいいから」
「まあ、ここは田舎かもね。私はあまり町の方には行かないから知らないけれど」
「・・・じゃあ、ここは町からは離れているのか?」
「そうね。ここはあんたたちが言う”森の中”だから。私と動物しかいないわよ」
何をしようとしたのか、スッと立ち上がりベッドから離れようとするローブの袖を、クールベアトはぎゅっと掴んだ。
「僕はちゃんと話した。今度は君の番だよ」
彼女はしれっと説明を免れようと思っていたのだろう。少しバツの悪そうな顔で、ベッド横の椅子に戻った。
「私はローザモンド。そこにいる鹿があんたを見つけたと思ったら今にも倒れそうで、しょうがないから助けただけ。あんたを見つけたのも運んだのも鹿だから、そっちにお礼を言いなさい」
よく見ると、クールベアトの足元の方の床にクールベアトが意識を失う前に見た茶色いものが丸まっている。
ただ、部屋が暗く鹿かと言われると微妙だ。
するとローザモンドは立ち上がり上を向き、掌を上に向け口元に当て、フッと息を吐いた。
ローザモンドの指先から現れた光が、くるりと旋回しながら天井の真ん中へ向かい、吊るしてあった蝋燭に次々と火が灯る。
はっきりと見えるようになった鹿は起き上がり、ぶるりと体を震わせた。