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図書館にて

 急がねばならないというのに、図書館にたどり着くまで倍の時間がかかった。

 原因はレイモンドだ。笑いが止まらないらしく、体を折り曲げては肩を震わせ、ヴィクトリアの肩口でくつくつと笑っている。


「……いったい何がおかしいの?」

 ヴィクトリアは歩みを止め、首をかしげた。

 レティスとユリウスがあんな風に言い合っていたのは珍しくて印象的だったけれど、彼が腹を抱えて笑うほどのことだろうか。


 ロイドはちらりと、冷ややかにレイモンドに視線を投げる。

 しかし当の本人は、笑いをこらえる気もなく、まだおかしそうに肩を揺らしていた。


「はは、悪い悪い」

 ようやく笑いを落ち着けると、レイモンドは唇の端を上げた。

「そうか。あんたがあのレティス・フォーベルマンの姉だったんだな。自己紹介のときに気づくべきだったぜ」


「レティスのことを知っているの?」

 ヴィクトリアは思わず問い返す。


「知ってるどころか、この学園じゃ有名人だろ。レティス・フォーベルマン、ユリウス・リッチモンド、そしてロイド・マクドウェルこの三人組はさ」

 そこでにやにやとロイドを見やる。


 突然二人から視線を向けられたロイドは、眉間に皺を寄せて首を横に振った。

「……全く心当たりがありません」

「次期生徒会長殿が何をおっしゃる」

 レイモンドがわざとらしく肩をすくめると、ロイドの声が少し強くなる。

「立候補するつもりはありません」

「いやいや、周りが放っとかねえだろ。ま、そんなことはどうでもいいがな」

 軽口を叩くレイモンドの緑の瞳が、ヴィクトリアへと移る。

「それよりもあんただ。ヴィクトリア・フォーベルマン。俄然興味が湧いてきた。これからよろしく頼むぜ」

 ぽん、と頭に置かれる手。

 ヴィクトリアは一瞬驚き、すぐに微笑んだ。


「レティスの姉としてじゃなく、ヴィクトリア個人としてなら……ぜひ」

「くくっ。どっちでも同じことだ」


 レイモンドはおかしそうに笑い、手を離した。


 ◇


 やがて三人は図書館にたどり着いた。


 高い天井までそびえる書棚が果てしなく並び、昼下がりの光が大窓から差し込んで床を金色に染めている。

 空気はしんと静まり返り、古い羊皮紙とインクの匂いが漂っていた。


「わぁ……すごい」

 ヴィクトリアは思わず感嘆の声を漏らした。幼いころから本は好きだったが、これほどの蔵書を一度に目にするのは初めてだった。並んだ背表紙を眺めるだけで胸が高鳴り、指先が本を開きたくてうずうずする。


 三人は一番奥の窓際の席を陣取った。


「図書館に感心してる場合ではありません」

 ロイドが咳払いし、分厚い一冊を机にどんと置いた。

「これです。シェーティベリ先生から課された本、『防衛魔法の種類と性質』。……読むだけで一日はかかりそうです」


「うっ……」

 ヴィクトリアは顔をしかめたが、すぐに自分を叱咤する。

(……大丈夫。断片的でも記憶がある。思い出せばきっと役立つはず)

 そんな彼女の内心とは対照的に、隣のレイモンドは椅子にふんぞり返り、退屈そうに本をぱらぱらめくった。

「俺こういう字ばっかりの本は苦手なんだよな。ヴィー、要点だけまとめてくれよ」

 ヴィクトリアはかつての王妃教育の際に家庭教師から勧められて一読したことがあったが、ロイドとレイモンドは初めて読むようだった。


「自分の頭で考え、まとめること。それが課題の本質です」

 ロイドがすかさず切り捨てる。


「相変わらず固ぇな」

 レイモンドは肩を揺らして笑い、気怠そうに本を開いた。

「仕方ねぇ、ちょっと真面目にやるか」


 ヴィクトリアはそんな二人を横目に、羽ペンを手に取る。紙の上にインクの黒が踊り出すと、図書館はさらに静寂に包まれた。

 窓の外では、柔らかな風が木々を揺らしている。光と影が本棚を渡り歩き、まるでページの間に潜む魔法を呼び覚ましているかのようだった。


 どれくらいたったころか。

 ふと視線を上げると、中庭を歩く人影が目に入った。

 陽光を浴びて透ける金の髪。涼やかな横顔。


(……レティス)


 胸の奥がきゅっと縮み、羽ペンの先が小さく震えた。

 ヴィクトリアは慌てて目をノートに戻したけれど、心臓は高鳴ったまま。インクのしずくが紙に滲み、点のような黒い痕を作っていた。

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