リルラリールの誕生は……?
しん……と辺りが静まった。
まさかの結論に、言ったフィーリシュカですら言葉をなくす。
「え? えぇ? ……えっと、……そう、なるんだよね……?」
玖夜が混乱して、言葉を繋ぐ。
フィーリシュカは口元に手を当て、唸る。
「そう……としか、考えられませんわ……。まぁ、本当に魔王に出会ったのが時姫であるリルラリールなら……なのだけれど……」
その言葉に、リルラが口を挟む。
「リルラリールが、魔王に関する文献を作っていない事は間違いないわ! だって、そんなものが現れたら大事件だもの!」
「……ですわよね。私もそう思います……」
フィーリシュカはポツリと続ける。
「確かに、その内容が書かれたものがあるのなら、マトラ公国でも騒ぎになるはずです。けれど、そんな話は聞いたことありませんもの。……まだ書かれていない。……そう考えた方が、自然ですわ……」
「じゃ、じゃあ、リルラリールはまだ生まれていないの……!?」
玖夜の目が輝く。
この大きな図書館を設立する礎となった、リルラリール。
本来『礎』なんて、はるか昔のものであると思っていたのに、それが覆されたのかも知れないのだ。玖夜が沸き立つのも、無理からぬこと。現にフィーリシュカも色めきたつ。
「ま、まぁ、その方が本当に、時姫……リルラリールであったのなら……って事ですわ。もしかしたら、全くの別人なのかも知れませんし……」
「でも! でもでも、もしも時姫なら、まだ生まれていないんだろ?」
玖夜はフィーリシュカに詰め寄る。
「う。も、もしくは、生まれていたとしても今現在、どこかにいる……との推測は立てられますわね……」
玖夜の勢いに押されつつ、フィーリシュカは呟く。
「今現在、どこかにいる……!?」
玖夜の目が、更に輝き、フィーリシュカを見た。リルラリールに会ってみたい……! 玖夜の目が、そう訴えていた。
「う……」
フィーリシュカは、口が滑った……とばかりに、自分の口を手で塞ぐ。
玖夜の知的好奇心は、今始まったものではない。幼い頃から共に遊んだフィーリシュカは知っている。玖夜は興味を持ったものには、恐ろしいほどの集中力を見せる。
そんな玖夜を見て、リルラは苦笑する。困った顔をしつつ、フィーリシュカには宥めるような笑みを送る。
「もう、玖夜ったら……。出会うのは、無理ですよ。相手は間違いなく、王女ですからね!」
リルラは玖夜に言い聞かせる。
「王……女、?」
「そう。……リルラリールは何処かの国の王女であるはずなの。歴史書にもそう書かれているもの。けれど、どこの国かは分からない。おそらく寝たきりであったリルラリール本人が、よく分からなかったのかも知れないわ。エルダナの王女なのかもしれないし、別の国の王女かもしれない。けれど時を遡る姫は何故か必ず、このエルダナに現れる……。それは何故かしら……? このエルダナの姫なのかしら……? だとしたら、今現在、エルダナには姫がいないからエルダナの姫ではない。もしくは今後エルダナに生まれる姫……?」
リルラは首をかしげる。
その言葉に、フィーリシュカも頭を捻る。
「うーん。エルダナに近い、隣国の姫さまとか? 交友関係が深くて、思い入れがエルダナにあるとか?」
「交友関係が深いのは、猩緋国。今現在、猩緋国での姫……と言えば……」
「氷桜姉さま!!」
玖夜が叫ぶ。
「「……」」
つい先程まで落ち込んでいて、涙まで流していたとは思えない玖夜の反応の素早さに、リルラもフィーリシュカも苦笑を禁じ得ない。けれど、元気になって良かった……、そうも思う。
フィーリシュカはそんな玖夜をふふふと笑いながら見て、言葉を返した。
「まぁ、確かに氷桜さまは猩緋国の正式な姫さま。……けれど氷桜さまが寝たきりなど、想像出来ませんわ……」
フィーリシュカは苦笑する。
今でこそ氷桜は皇女の体をしているが、その実かなりのお転婆だった事をフィーリシュカは知っている。
何を隠そう、玖夜の一人称が『俺』になったのは、あの氷桜のせいだ。
ナルサの森に落ちた玖夜を真っ先に見つけ、匿ったのはセウではない。お転婆姫の氷桜である。
助けられた事と、その後の身の振り方を教え支えてくれた氷桜に、玖夜は心の底から心酔した。
心酔するだけなら良かったが、氷桜のようになりたい! と思ったようで、その言動やその仕草を真似し始めた。
正直、フィーリシュカとしては、《姫》としての氷桜を真似て欲しかったが、残念なことに氷桜は姫として、落第点だった……。
玖夜が自分を《俺》と言う理由……それはなにも、逃げるために男になってたからではなく、憧れの姫を真似した結果なのである。
(いつの日にか、《俺》ではなく、《わたし》もしくは、《わたくし》と言わせなくては……)
フィーリシュカは密かに、計画を立てている。
けれど《わたし》もしくは《わたくし》と言う玖夜が想像できず、女の子に戻ってほぼ一年経つというのに、未だに実行に移せていない自分に、ほとほと愛想を尽かしていた。
(……リルラにも手伝ってもらいましょう)
そんな風にも思っている。
そんな調子なので、リルラの言う時姫のイメージ……寝たきりで、儚げな姫……に氷桜は決して当てはまらない。断じて違うと、胸を張って断言出来た。
玖夜は唸る。
「うーん。そうだよねぇ。あの氷桜さまが寝たきりとか……世の中の人みんな、病んでそうだよね……」
と玖夜は苦笑いをする。
氷桜さまが寝たきりになるような世の中に、生物なんて存在しませんわ……とフィーリシュカは心の奥底で悪態つきながら、玖夜に微笑み掛ける。
「ほ、ほほほほほ……そう、ですわね。絶対、有り得ませんわね!」
語尾に妙な力が入った。
「んー、でも……」
とリルラが続ける。
「氷桜さまには、お子さまがいらっしゃるのでしょ?」
その言葉に、玖夜は目を見張る。
「え!? 知らない!? なに? 子どもがいるの!? ……姉さま、自分の白竜と結婚したとは言っていたけれど、そんな事知らない……!」
言って、手を口元に当て眉間に皺を寄せつつ考えた。
「あ。……でも、その後から、姉さま……うちに来なくなったから……」
「……」
フィーリシュカは思う。おそらくそこで、自由がきかなくなったのだろうと。
竜人……いや、猩緋国の世代交代は普通のものとは異なる。
元々国を治めたいと思っていない竜人は、早々に次の代へと交代したがる傾向にある。次期皇帝が決まり、その後継が婚姻ともなれば、世代交代への準備に取り掛かったのに違いない。
氷桜は、ああ見えて次期皇帝。赤竜なのである。
フィーリシュカは小さく溜め息をついて、言葉を繋ぐ。
「玖夜さまは随分長い事、俗世を離れていたのですもの。知らなくて当たり前ですわ」
一年前のあの事件の後、マトラ公国から戻って来た玖夜は氷桜に会うことは出来なかった。事後処理で騒然としていたあの状況の中で、例え出会えたとしても、世間話をする余裕など微塵もなかった。
「でも、氷桜さまのお子さまでもありませんわ。そもそもそのリルラリールさまは、竜人ですの?」
「……あ」
玖夜の反応に、フィーリシュカは苦笑する。
「おそらく、リルラリールさまは《人》。なので、マトラ公国も違いますわね……」
その言葉に、リルラは考える。
「……では、どこの姫なのかしら」
リルラの呟きは、広い図書館の中へと響き、消えて行った。
リルラリールに関して、分かったことは二つだけ。
時姫リルラリールは、現代にいる……かもしくは、まだ生まれていない……。そしてそれはエルダナではないのかも知れないという事。
そういう結論に達した。
「歴史の課題、リルラリールにしてみよう……?」
そんな無邪気な玖夜の声に、二人は苦笑しつつも頷いた。
図書館の柱が虹色の光りを出しながら、クルクルとゆっくり回る。キラキラと柔らかい光りを撒くその光景は、とても綺麗で心が穏やかになる。
それは、三人以外に誰がが来た……という事を示していた。
同じ課題を受けた、学生かも知れない……と、玖夜は思って、図書館の入口を見たのだった。
意味が分かりづらいなぁ……と私も思ってます。
説明だらけなんですよね。ここ( ̄▽ ̄;)
……まぁ、しょうがねぇ。
分かりやすくすると、長くなるもん。
……と、諦めてます。
文章上手くなってから、書き直すよ。きっと。。。
次回更新は金曜日。
『銀星』は火曜と金曜の0時更新です。はい。