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王立図書館の振子《銀星✻③✻》  作者: YUQARI
第一章 王立図書館
6/73

時姫の夢

 《時姫》……の話を聞いて、玖夜(ひさや)は目を伏せる。


 少し秋の気配を含んだ風がふわりと吹いて、玖夜(ひさや)の銀色の髪の毛を優しく撫でた。

 左肩に束ねた絹糸のような髪が、柔らかい陽の光に照らされて、眩しい程に輝いた。けれど玖夜(ひさや)の表情は、重く暗く沈んでいる。


「……」

 そんな玖夜(ひさや)を見て、フィーリシュカは眉を寄せる。


 玖夜(ひさや)の考えていることは、聞かなくても分かる。過去に戻れば、やり直せるとでも思っているのに違いない。

 思っていることが、すぐに顔に出るこの幼なじみが、フィーリシュカには愛しくもあり、時に苛立ちの原因にもなっていた。


 フィーリシュカは少し不機嫌になって口を開く。


「……それでは、姫のご家族の方々は、ご心配された事でしょう……」


 それは玖夜(ひさや)に対して、投げ掛けた言葉でもある。


 いなくなった者を心配するのはいいが、全く周りが見えていない。

(玖夜(ひさや)さまが、もしも過去に行けるとして、行っている間、(わたくし)やリルラはどうすればいいというの?)

 フィーリシュカは思う。


 たとえ過去に行かなかったとしても、いつの日にか玖夜(ひさや)が 《二人を探す……!》などと言って、いなくなるのではないだろうかと、フィーリシュカは密かに危惧している。

 しかし当の本人は、そんな心配をされているなどとは、少しも思っていないに違いない。ただただ、いなくなったダリスとラースの事ばかりを考え、目の前の友人の事など、頭の隅にすら引っかかっていない。


 そう思うと、フィーリシュカは歯痒くて仕方がない。こんなにも玖夜(ひさや)の事を心配している者が傍にいるのに、彼女はお構いなしなのである。


 傷心の玖夜(ひさや)を哀れに思う気持ちがフィーリシュカにはあるが、辛いのは、なにも玖夜(ひさや)だけではないのだ。


 消えゆくダリスを救えなかった自分や、兄を失ったリルラも当然、深い傷を負っている。

 力及ばず、歯痒い思いをしているのは、皆同じだ。

 けれどそんな事はまるでなかったかのように、自分だけで傷つき、探しに行こう……! などと考えるのは、断じて許すわけにはいかない。


(行くなら行くと一言断るべきですわ……! そしたら(わたくし)は、必ず玖夜(ひさや)さまについて行きますもの!)

 フィーリシュカの決心は固い。


 けれどその事に、玖夜(ひさや)は果たして気づいているのだろうか……? まさか、ふらりといなくなるのではないか……。それがフィーリシュカには恐ろしくてならない。


 不安なのか、寂しさなのか、それとも苛立ちなのか……それら複雑なその感情を、フィーリシュカは完全に消し去ることが出来なかった。……フィーリシュカもまた、思っていることが顔に出ている。



 リルラはそんなフィーリシュカに、少し驚いたように目を見開いて見ていたが、直ぐにふっと笑って答えた。

「あ、あぁ。そうよね。()()()黙っていなくなるなんて、そんな悲しいことありませんものね、ねぇ? 玖夜(ひさや)?」

 話を振られ、玖夜(ひさや)はキョトンとして頷く。

「え? う、……うん」

 そんな玖夜(ひさや)を悪戯っぽく見て、リルラは続ける。


「ふふ。でも、このお話はちょっと違うの。そうか……そうよね。玖夜(ひさや)もフィーも、エルダナの国外から来たのだったわね。……この話は、エルダナでは有名な話なのよ。……確かに黙っていなくなるのだったら、姫の家族も心配したのだろうけれど、実際時姫さまの家族は、心配などしなかったの」


 その言葉に、玖夜(ひさや)が食いつく。

「え!? なんで!? 王女さまなんだろ? 国の姫さまなんだろ? 王や王妃は? 侍従たちは? 何故心配しないの!?」

 物凄い剣幕に、リルラは後ずさる。

「あ、えぇっとね、まぁ、心配はしていると思うのよ? でも心配の仕方が違うのよ」

「心配の仕方?」

 フィーリシュカが眉を寄せる。


「うーん。あのね、本当に不思議なんだけどね、姫の体はちゃんと王城にあるのよ」

「王城にある? ……何言ってるの? 意味が分かんない!」

 玖夜(ひさや)が呻く。

 リルラは苦笑いをして、話を続ける。


「姫はね、一歩も城の外へは出ていないの。……体が弱くってね、ずっと寝たきり。エルダナの過去は、姫の《夢》なのよ」


「「!?」」


 玖夜(ひさや)とフィーリシュカは、目を丸くする。


「本当に夢……なんかではないわよ? だって現にこうして、あなたたちはここにいるわけで、実際姫が現実世界で調べた歴史は、姫が体験した《夢》そのものだったのだから……」

「う、……うん」

 言いながら玖夜(ひさや)の心は複雑だ。


「姫は、そのほとんどを時空の狭間で過ごしている。長い時間をひとつの所で過ごすこともあれば、瞬時にいなくなる事もあるの……」

 言ってリルラは悲しそうな目を向ける。


「だから姫は、多くの()()を経験している。……実際ね、姫はいくつかの場所で、その人生を全うした事があるのよ。ある時代のある場所で、赤ん坊として生まれ、老いて死んだの」

「え? 時姫さまが別のところで()()()()??? 老いて死んだ???」


 玖夜(ひさや)は混乱する。

 元々いた場所で生まれたのにも関わらず、時空を超え再び生まれる???


 有り得もしない事なのに、リルラは笑って頷いた。


「そうよ。だって、《夢》なのですもの。何でもありでしょ? 夢ってそんなもの。それに姫にとってその夢は()()()()。いくら人生を繰り返したところで、姫の()()はまだ産まれてもいない。……実際本当に姫がいる場所では、そんなに時間などたっていなくって、時々目が覚めて、姫は困惑する……。だって、そうでしょ? 自分はひとつの人生を送ったはず。けれど目覚めれば、まだ小さな女の子なの……」

 悲しそうに答えた。姫の人生を想像するだけで、虚しくなる。

 苦労して培ったモノは、現実のものではない。夢の世界。なんの為にもならないし、何も残らない。


 けれどそれは紛れもなく人一人の人生で、歴史にすら残らないちっぽけな存在ではあるものの、確かに過去に息づいた、ひとつの小さな人生なのである。


 フィーリシュカは思わず声を上げる。

「で、でも、確かにその時代で生きていたのでしょう? 人一人の人生を生き抜くなど、相当な知識が備わるのではなくて?」

 確かにその通りだ。

 人が一生かけて獲得する知識を、その姫は一眠りするだけで手に入る。

 しかしリルラは首を振る。


「知識などほとんど寝たきりの姫に、果たして必要なのかしら?」

「あ……」

 リルラは笑う。

「いらないでしょ? だから姫の知識は無駄になる」

 だけどね……と、リルラは続けた。


「ある時の国王が、リルラリールの存在に気がついて、この図書館を建てたの」

「図書館……?」

 リルラは頷く。


「図書館は知識の宝庫。リルラリールの知識を保存するために、建てられた。……それがこの王立図書館」

 言ってリルラは立ち止まる。

 目の前には大きな図書館がそびえ立っている。


 六角形のその建物は、まるで天を支える柱のように、ただ一つだけそびえ立つ。


「……」

 ふわりと三人の足元を風が、吹きすさぶ。

 カサ……と木の葉が音を立てた。



 三人は静かに押し黙って、図書館の敷地内中へと、入って行く。


 図書館の敷地内にはコブシの木が植えられ、時折カサカサと音を立て、木の葉が舞った。もうすぐ秋が来て冬になると、この木の葉も全て枯れ落ちる。

 そうなる頃にはこの辺りは、少し物悲しくなるだろう。





 けれど玖夜(ひさや)は知っている。


 玖夜(ひさや)はダリスとラースがいなくなったその後で、その事を知った。

 きっかけは簡単だ。玖夜(ひさや)とセウの住むログハウスが、この近くにあるからだ。


 夜、一人寂しくなって、玖夜(ひさや)はこっそり外へ出たことがある。

 青い月の光が降り注ぐ、凍りつくような寒い冬の事だった。

 薄ら積もった雪が、粉砂糖のように辺りに優しく降り注ぎ、誰もいない夜の道は悲しくなるほど綺麗だった。


 玖夜(ひさや)は白い息を吐きながら、図書館までの道を歩いた。

 普段なら、近づくこともしない。

 けれど何故か人恋しくて、思い出の図書館がふと、見たくなった。


 そこで玖夜(ひさや)は見た。

 枝ばかりのコブシの木の上で踊る、フィルリアル。


 小さな可愛らしいその妖精は、クルクルくるくる、楽しげに踊っていた。葉のない寂しいその木を元気づけるかのように、淡く光り優しくその場を照らし出す。

 月夜に光るその光景がとても綺麗で、ずっと見ていたくなるくらいだった。

 実際、ずっと見ていて、普段病気をしないハズの玖夜(ひさや)は、熱を出して翌日から寝込んでしまった。とんだ笑い話である。





 けれどあのフィルリアルのおかげで、玖夜(ひさや)は元気づけられた。また、見てみたい。もうすぐあのフィルリアルが踊っていた季節が、また巡って来る。


(……いつか、みんなで見れたらいいな)

 玖夜(ひさや)はそう思う。




 ──いつかきっと、みんなで見る……!




 そう心に決めて、玖夜(ひさや)は図書館へと一歩、歩を進めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] おお、タイムリープ楽しみですね。過去の行って「自分」と会うとどうなるのか? タイムパラドックスの設定がとても気になります。過去を変えると、図書館の本の内容が変わるとか? [一言] ちなみに…
[良い点] 6/6 ・ふわふわですね。ふわふわ。夢見てふわふわ、ふわりんこ [気になる点] 雪甘そう。ガリガリ [一言] とりあえず、ふんわり。女々しい。癒し
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