表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王立図書館の振子《銀星✻③✻》  作者: YUQARI
序章 始まりの時
4/73

銀の櫛

 

 チュン……チュチュン……。


 夜が明けた。

 いつもと変わらない夜明け。

 玖夜(ひさや)はぼんやりとベッドから身を起こす。


「ん……玖夜(ひさや)。起きたの……?」


 ベッドが軋み、隣に寝ていた人物が気だるそうにその金の巻き毛を掻き上げた。

 玖夜(ひさや)はギョッとなって、叫ぶ。

「え? リルラ? なんで、なんでリルラがここにいるの!?」


 リルラはそんな玖夜(ひさや)に動ぜずに、うーんと伸びをすると小さく欠伸をする。

「ふあぁぁあ、おはよう。……んもう。玖夜(ひさや)ったら、やっぱり寝惚けていたのね。ここは、()()()()ベッドよ。玖夜(ひさや)のお部屋は、お隣ですよ」

「え……」

 言われて玖夜(ひさや)は慌てて辺りを見回した。


 淡い緑色で統一されたこの部屋は、爽やかな色に反して甘く可愛らしい。

 ベッドの枕元には、若葉色の花柄の布地で作られたウサギのぬいぐるみがくてっと寝っ転がっている。

 本当ならリルラの隣で寝ているはずだったのだろうが、途中で玖夜(ひさや)が割り込んで来たために上の方に押し上げられてしまったのだろう、なんとも言えない哀れな姿で転がっていた。


「あ。……その。ごめん……」

「ふふ。構わないわよ。昨日の今日ですもの。一人は不安だったのでしょう……?」

 リルラはベッドの上に起き上がると玖夜(ひさや)を悪戯っぽく覗いた。


 フワフワの長い巻き毛が朝日に輝いて、無情にも玖夜(ひさや)を魅了する。

(……物語のお姫さまって、リルラみたいな人なんだろうな)

 そんな風に思い、少し羨ましかった。

 今までの人生の殆どを《男》として育った玖夜(ひさや)である。その事を不服に思ったことはないが、そこはやはり女の子。ふわふわと可愛いその容姿に玖夜(ひさや)は少し、憧れる。


 リルラはいつも髪を結い上げているので、その長さはそれほどないように感じるのだが、実際は腰の辺りまでその金の髪は流れている。

 ベッドに座れば、その柔らかな巻き毛は黄金の湖のように拡がり、淡い緑色のシーツの上は幻想的に輝いた。まるで夢の中のようだ……と、玖夜(ひさや)は思う。

 思わず、滑らかなその髪に触れた。

 細くきめ細やかなそのその髪は驚く程に柔らかくて、クルクルと巻いているのにも関わらずするりと指が通るのだ。どうしてこんなに、サラサラなんだろう……? 玖夜(ひさや)はいつもそう思う。


「綺麗な……髪……」

 ポツリとそう呟くと、リルラはくすりと笑う。

 ラースよりも濃く深い深緑色の目が、優しくにっこり微笑んだ。


「何を言うのかと思えば……」

 そう言って、ふふっと笑う。ベッドの脇にある小さなテーブルに置かれた銀の櫛に、手を掛けた。


 可愛らしい薔薇の彫刻が施されたその櫛は、リルラがラースから贈られた誕生日プレゼントなのだそうだ。以前リルラが、嬉しそうに話してくれた。


 その誕生日プレゼントは、騎士養成学校での遠征で、王国の北に位置するフィザールへ赴いた時のお土産でもあったそうで、リルラはそれをとても大切にしていた。



 フィザールは、木材が有名でこの銀の櫛の他にも、家具や造船、それから建物を造る技術が発達している地域でもある。近くに運河が流れており、そこからエルダナの首都である王都へと、様々な荷が運ばれる。


 広大な土地があり、多くの密林がその土地の多くを占めている。

 隣国フェダール国との国境(くにざかい)でもあるこの地域では、フェダール国の騎士見習いを呼んでの演習もよく行われている。自然豊かで土地も広く人もまばら。野外活動をするのにはかなり適した土地と言ってもいい。



 リルラはくすくす笑いながら、玖夜(ひさや)の髪を櫛で()いた。

玖夜(ひさや)だってこんなに綺麗な髪をしているのに……。《隣の芝生は青い》ってやつかしら……?」

 言いながら、サラサラと髪を梳く。


 玖夜(ひさや)の漆黒だった髪は、もう黒くはない。

 透き通るほどのその()は、白銀に近い。真っ直ぐに伸びたその髪は背中に少し掛かるくらいだ。毛先だけが少しくせっ毛があるのか、くるりとそっぽを向いている。それが玖夜(ひさや)の無邪気さを表しているようで、とても可愛らしいのに……とリルラは思っている。


「ふふ。髪を梳く必要もないわ。どこも絡まってないもの……」

 笑いながら、今度は自分の髪を()かす。


「でも、不思議なのよね……。ずっと気になっていたのだけれど、……」

 ポツリと呟く。

「ねぇ、玖夜(ひさや)

 言って玖夜(ひさや)の顔を覗いた。


「フィーリシュカって、()()()どうやって梳いているの?」


 まじまじと聞かれ、玖夜(ひさや)は返答に困る。

「え? えぇっと、……普通。普通に?」

「普通? 普通ってどんなよ。だって蛇たちはどうなるの? 櫛で梳いたりしたら、傷つくんじゃないの?」

 思ってもみなかったリルラのその問に、玖夜(ひさや)は自信がなくなる。


「う。……だって、本当に普通に梳いていたと思うし……」

 正直なところ、全く気にも止めていなかった。

 リルラの髪は気になるのに、何故あんなにも個性的なフィーリシュカの髪は気にならなかったんだろう……? そんな思いが込み上げてきて、玖夜(ひさや)はたじろぐ。


「うー。もういい! 見てきた方が早いわ!」

 そう言うが早いか、リルラは寝衣のままベッドを降りる。足首まである寝衣がフワリと舞った。

「ほら! 玖夜(ひさや)も……!」


 しーっと指を口に当てつつ、玖夜(ひさや)の袖を引く。

「う、うん」

 誘われて、そっと床に足裏をつけた。

 ひやり……と冷たい感覚が、はだしの足元を襲う。


 ぺたぺたと足音を立てつつ、フィーリシュカの部屋の前まで来ると、リルラは寝衣の裾を持ち上げて、つま先立ちをした。真剣な顔で、玖夜(ひさや)を振り返る。


「いい? そーっとよ、そーっと近づくの……」

「分かった」

 玖夜(ひさや)も真顔になって、頷いた。二人でこっそり静かに、フィーリシュカの寝室へと忍び込む……。


 くすくすと忍び笑いが思わず漏れる。


 フィーリシュカはまだ気持ち良さそうに眠っていて、ふんわりと気持ちよさそうなインカローズ色の掛け布団が規則正しく上下し、穏やかな寝息が聞こえてきた。


 ベッドの脇には、先程のリルラの部屋と同じように棚が置いてあって、その上には小物を入れる棚のついた小さな鏡や櫛が置かれている。フィーリシュカはアクセサリーも好きなようで、銀色の蛇のモチーフを形どったアクセサリースタンドには、小さなピアスが数個飾られていた。まるで蛇の鱗のようだ……と玖夜(ひさや)は苦笑する。


「さて、問題の櫛は……と」

 リルラはそっと、その棚に近づいて、置いてある櫛を手に取った。やはり普通の櫛だ。玖夜(ひさや)の目には、そう映った。


 こちらは淡い桃色の丸っこい櫛で、柄には深紅のリボンがついていた。ヘビたちに傷がつかないようにだろうか、櫛の先はフワフワの毛で覆われていて、柔らかだった。リルラは勝ち誇ったように、ニヤリと笑う。

「ふふ。ほぉら。やっぱり普通の櫛ではなかったわ」

 言っていきなりベッドに飛び乗った。


「フィー! 朝ですよぅ!!」

「……!? ひゃっ。ま、まぁ、何事ですの……?」

 いきなり抱きつかれ、フィーリシュカは驚く。


「うふふふふ。ほら、玖夜(ひさや)玖夜(ひさや)も……!」

 リルラが悪戯っぽく目で合図する。

 それに気づいて、玖夜(ひさや)も小さく笑う。


「うん! フィー、おはよう! 今日はとても天気が良いんだよ!!」

「え? 玖夜(ひさや)さままで!? 本当にどうしましたの?」

 抱きついた玖夜(ひさや)は、二人に頬擦りをする。


(あったかい……)

 二人のあたたかさを感じて、涙が溢れる。

「あったかい……」

 口に出して、二人を抱きしめる。ずっと、足りなかった()()()触れた気がして、一気に気が緩んだ。

 緩んだ拍子に、ずっと堪えていたものが耐えきれずに溢れ出す。ポロポロ、ポロポロ……と涙が止まらない。玖夜(ひさや)は照れくさくなって、そっぽを向く。


玖夜(ひさや)……?」

玖夜(ひさや)さま……」

 二人はそんな玖夜(ひさや)を、そっと抱きしめる。


 優しい光とあたたかさと、そして優しい香りの中で、三人は幸せを噛み締めるように抱きしめあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 4/4 >>> ふわふわと可愛いその容姿に玖夜ひさやは少し、憧れる。  そんなもんなのですか!? わっかんないです女の子 [気になる点] >>> どこも絡まってないもの……」  いい…
[良い点] おーっと、誰かさんが好きそうなシュチュですね! [気になる点] 櫛には魔法があって自動的にセットされるとか? ないのかな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ