07 周回遅れの報告
村人の男性から村長の住む家の場所を聞いた総司達三人は、教えてもらった道を馬車で進んでいくと、一際大きな木造作りの家に辿り着いた。
「ここが村長の家か」
他の民家に比べて一回り大きな家の前に馬車を止めると、三人は馬車を降りて家の扉をノックする。
「はい、どちら様で?」
暫くするとそんな声と共に扉が開き、出てきたのは年配の女性だった。
「ハンター組合から荷物の配達の依頼を受けたものです」
総司がそう告げると、女性は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「まあまあ、遠いところからご苦労様です。あ、私村長の妻をしておりますミーアと申します。さ、どうぞ中に。あなた~デムローデから荷物が届いたわよ~」
そう言ってミーア夫人は総司達を中に招き入れる。リビングに通された三人を迎えたのは簡素ながらも身なりの良い服を着た初老の男性だった。
「遠路はるばるよくお越しくださいました。私はこの村の村長を任されているオディアと申します。どうぞ、お掛けになってください」
促されるまま三人はソファーに座ると、ミーア夫人がキッチンから茶の入った木製のコップを三人の前に並べ、自身はオディアの座るソファーの後ろに控える。
「長旅、お疲れになったでしょう?どうかゆっくりしていってください」
人懐っこい笑みを浮かべながらそう労うオディア。それを受けて三人も自然と笑みがこぼれる。
しかし、仕事は先に済ませておくべきだろうと思ったライラが荷物に関しての質問をする。
「有難いが、先に荷物の受け渡しに関して話しておきたい。荷物はどうしたらいい?別の場所に移すか?」
「いえ、荷物はこちらで預かります。明日の朝一番に村の各自に金と引き換えに荷物を交換して、その後に報酬を渡す、と言う流れでどうでしょうか?」
「妥当なところだな。二人もそれでいいか?」
「ああ、問題ない」
「私も」
「なら決まりだ。それで頼む」
「分かりました」
その後、荷物は一旦村長宅の裏にある倉庫代わりの小屋に移動させることになり、その際に総司達も手伝う事を話し合った三人は、出された茶に口をつけ、しばしの休息を取っていた。
そんな時にふと総司がここに来るまでに村人の男性から聞いた、自分たち以外のハンターがこの村に滞在していることを思い出して訊ねてみる。すると、途端にオディアの表情が渋いものになる。
「彼らですか・・・・・・・」
「何か、問題でも?」
総司の問いに問題は起きていないとオディアは言うが、表情は晴れない。
「乱暴な事をされたわけではないのですが、その、見た目と言いますか、こう言っては何ですが、素行の良い連中には見えないのです」
村人の男性も言っていたような事をオディアも口にする。
「そう言えば、ここ来る前にも村の人に聞きましたけど、そいつらは奴隷だって」
「ええ、おっしゃる通りです。彼らは隷属の首輪を嵌めた奴隷で、そのおかげで村の者も怖がって近寄れないのですよ」
「確かに、全員が奴隷となると怖くて近づけないか」
総司は数日前に起きたハイデルの騒動を思い出す。その際に目にした奴隷達は皆薄汚い姿をしていたが、中にはオディアの言う様な見た目の奴隷も確かに居た。
そんな連中がこんな田舎に突然現れれば誰だって近づきたくは無いだろうと総司は思った。が、オディアは首を横に振る。
「いえ、全員が奴隷ではないのです」
「うん?と言うと?」
「正確には一人、奴隷じゃない人間がいるのです。その者は紫の髪の女性で、杖を持っていました。恐らく見た目からして術士かと」
そのオディアの言葉にライラがピクリと反応する。
「ライラ、どうしたの?」
ライラの隣りに座っていた美里が、そんな反応を示したライラに気付く。
「ああ、いや。知ってる奴の特徴に似てたもんだから」
「何だ、知り合いなのか?」
「知り合いと言えば知り合いだが・・・・・・・」
なぜか渋い顔をするライラに総司と美里は首を傾げる。
「ああ~・・・・・何と言えばいいか、とりあえず危害を加えるような連中じゃない。ガラは悪いがな」
そこは保証すると言ってライラは残りの茶を飲み干す。いまいち話が見えないが、ライラがそう言うのならばと総司達はひとまず噂の奴隷達の事は忘れることにした。
オディアもライラが保証するのならばと信頼してこの話は終わった。その後、三人は先ほど話した通り荷物を裏の倉庫に移すと、オディアに紹介された宿に向かった。
因みに紹介された宿はこの村に二軒しかない宿の内一軒で、奴隷達が泊っている宿とは正反対に位置する宿だ。
宿についた三人は主人に二部屋の鍵を貰い、男女で分かれることに。すなわちライラと美里で一部屋。総司で一部屋と言った形だ。
一旦荷物を部屋に置いた三人は、時刻も既に夜を迎えていることもあって、夕食を取ることにした。そうして訪れたのは宿の主人から教えてもらった食堂まで足を運ぶことになった。
*
宿の主人に教えてもらった食堂の前に辿り着くと、中から入る前から外まで中の喧騒が聞こえてきた。
「随分賑やかだね」
「そうだな。田舎なのに繁盛してるんだな」
「・・・・・・・・」
俺と美里が呑気な感想を言っている傍らでライラは渋い顔をしていた。
「どうしたライラ?」
「・・・・・いや、何でもない」
「そうか?とりあえず入るか」
どこか含みがある言い方をするライラだったが、俺は気にせず店の扉を開く。扉を開くと途端に外まで聞こえてきた喧騒は更に大きなものになる。
それと同時に店に入ってきた俺達三人を訝し気に見てくる奴らが数人混じっていて、何だか居心地が悪い。
しかも、よく見るとそいつらは全員ごつい首輪をしていた。この時点で俺は嫌な予感がして帰りたい気分になったが、ここしか飯を食える場所は無いと宿の主人が言っていた為に帰ることが出来ない。
そんなことを考えていると店員が俺達の事に気付いて駈け寄ってくる。
「いらっしゃいませ。三名様ですね?空いてる席にご案内します」
そう言って先導するように歩き出す店員に促され、ますます帰ることが出来なくなった俺達は、促されるままカウンター席に向かう。
その間、大声で騒いでいる連中は話しながらも俺達に視線を向けてくる。
強面が揃う厳つい男達の視線に美里は若干及び腰になりながら俺の後ろに隠れる様にしてついてくる。ライラは平然とそれらの視線を受け流し、当の俺自身はなるべく目を合わせない様にするのが精一杯だった。
あっちこっちから視線を浴びながら案内されたカンター席に腰を落ち着かせると、俺達は店員にオススメと酒を注文して待つことに。
と、料理が来るのを待っていると、同じカウンター席の隅に座る人物から声を掛けられる。
「おや?誰かと思ったらライラじゃないか」
声を掛けられたライラ本人はその声を聴いて不機嫌そうに目を向ける。俺もつられてそちらを見ると、ウェーブの掛かった紫の長い髪の女が酒を片手にこちらに向けて妖しい笑みを浮かべていた。
「・・・・・・・やっぱり、お前だったか。フィリシア」
「久々に会ったのに、随分な物言いじゃないか」
「うるせえ、アタシは会いたいとは思ってねえよ」
「言ってくれるねぇ」
喧嘩腰のライラに対し、慣れたものだと言った感じに軽く受け流すフィリシアと呼ばれた女性は、今度は俺と美里に目を向けてくる。
「見ない顔だね?そっちの男はアンタのこれかい?」
そう言って小指を立てる。どこの世界でもこれは一緒なのかと思わず内心で苦笑してしまう。
「ちげえよ、ぶっ飛ばすぞ。こいつらはアタシがペアを組んで面倒見てる新人だ」
「ああ、同業者か」
そう言って席を立ったフィリシアは酒を持ったまま俺達の座る席まで近づくと俺と美里の間に立って妖しい笑みを浮かべる。
「初めまして新人さん。私はフィリシア、クラン『獣の使い』のリーダーをしているわ。一応ランクBのハンターよ、よろしくね」
「ランクB!?」
意外なランクの高さに驚くと、その反応が面白かったのか、フィリシアはクスクスと口元に手をやって笑う。その仕草がまた大人な女性、と言うよりも色っぽくてドキリとしてしまう。
まるでそんな俺の内心を見透かしている様に妖しい笑みを深めるフィリシアはスッと手を差し出す。
「ライラとペアってことはデムローデ所属よね?私も同じ。これから顔を合わせることもあるだろうから、仲良くしましょう?」
「よろしく・・・・・あ、俺は総司です」
そう言って握手を交わすと、今度は美里にも同じように握手を交わし、俺と同じように名乗った。
「ところで、姿が見えないけどクロードは一緒じゃないの?もしかしてあなた達三人でここまで来たの?」
その言葉にライラがピクリと反応する。
「そうか、お前は一ヶ月ほど前から街を出てたんだったな」
どこか暗い顔をするライラに怪訝な目を向けるフィリシア。俺も多分同じような顔をしていただろう。
「そうだけど、それが何?」
重い口を開くように、怪訝な顔をするフィリシアにライラは告げる。
「・・・・・・死んだよ」
そう告げた瞬間、あれだけ騒がしかった店内がピタリと静まり返った。
「え?」
「だから、クロードは死んだよ」
もう一度ライラが告げると、フィリシアは困惑した表情で狼狽える。
「じ、冗談でしょ?あの『炎剣のクロード』よ?冗談にしては笑えないわよッ!?」
それを皮切りに店にいた男達も「嘘だろ?」「クロードが死んだ?」「冗談よせよ」などとささやき合っている声が聞こえてくる。
「嘘でも冗談でもねえよ、事実だ」
「そんな・・・・・・」
「嘘だと思うならこいつに聞いてみるといい。クロードの最後を見届けたのは、ソウジだからな」
そう言ってライラは俺にチラリと目を向ける。それに釣られるように俺に顔を向けるフィリシア。
「・・・・・・聞かせてもらえる?」
「分かった」
俺は請われるまま、クロードの身に何があったのか、その全てを語って聞かせた。
話をしている間、店内は俺の話し声だけが響いた。
*
「そうか・・・・・クロードは、本当に死んだんだね」
全てを話し終えると、フィリシアはポツリと呟いた。その声は静まり返った店内に虚しく響く。
「・・・・・・あんた達、行くよ」
カウンターに金の入った袋を置くと、フィリシアは俺達に背を向ける。他の連中もそれに促されてぞろぞろと席を立って店を出る。
「私達は行くわ。聞かせてくれてありがとう」
最後にそう言い残し、フィリシア達は店を出て行った。
「・・・・・・やっぱり、ショックだった、よな」
「だろうな」
「クロードさんって、みんなから好かれてたんだね」
「そうだな」
「フィリシア、クロードの事気にしてたみたいだったけど、大丈夫かな?」
店を出る直前のフィリシアの暗い顔を思い出す。クロードの事をよほど気に入っていたのだろう。随分とショックを受けているように見えた。
「アイツはクロードの事を狙ってたからな」
「狙ってた?」
「男としてな」
「ああ~、そう言う事か」
好きだった男が死んでいたなんて知ったらそりゃショックだよな。
「アイツの事は気にするな。そこまで弱い奴じゃない」
「ライラが言うなら、分かったよ」
それから俺達は運ばれてきた料理を食べると、何とも言えない雰囲気の中、宿に戻った。
宿に戻ってしばらくぼんやりとベッドの上で寝転がっていると、不意に扉をノックされた。扉を開けるとそこには美里が立っていた。
「どうした?」
「少し、話さない?」
そう言って遠慮がちにしていてる美里をとりあえず中に招き入れる。椅子などは無いからお互いベッドの縁に腰掛ける。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
お互い無言のまま、室内を照らすランプの灯が揺れて二人の影をユラユラとさせながらどこか気まずい雰囲気に耐えられなくなって、俺の方から口を開いた。
「それで、話って?」
「そんな大したことじゃないの。ライラは先に寝ちゃって、私は寝付けなかったから少し話し相手になってほしいなって」
「そうか・・・・・・なあ、美里」
「何?」
いい機会だと思い、俺はあることを聞くことにした。
「記憶を取り戻せるかもしれない、て言ったら・・・・・美里、どうする?」
「方法があるの?」
「ある。確実じゃないけどな」
俺は以前オグマから聞いた精神を操るアーティファクトなら可能性があることを話した。
「さっきも言った通り絶対じゃない。それに精神系のアーティファクトは数も少ない上にかなり珍しいものだから、見つけられるかも分からない。それでも、可能性があるとすればそのアーティファクトだけだ」
絶対ではない、と言う事をキッチリ説明したうえで、俺は改めて美里に問う。
「美里は、どうしたい?」
記憶を取り戻したいか、このまま忘れたままでいるか。
この問いの返事で、きっと今後の俺達の方針は決定するだろう。
美里はしばらく考え込み、やがて静かに答えを口にする。
「・・・・・・記憶を、取り戻したい」
静かに、しかし、ハッキリと美里はそう口にした。
「総司から過去の私の事を教えてもらった。けど、やっぱり私は私を知りたい。私がどんなことをしていたのか、どんな人間だったのか・・・・・・それに」
「それに?」
美里の目が真っ直ぐに俺を見る。
「総司の事、ちゃんと知りたいから」
「っ!」
その言葉に、俺の心の底がギュッと掴まれるような気がした。
俺の事を知りたい。
言葉だけを素直に受け止めれば、それはとてもいい言葉に聞こえるだろう。
けれど――――――
(記憶を取り戻せば、あの時の記憶も当然蘇る。そうなれば・・・・・・)
きっと、今のままではいられない。
どんな理由があるにせよ、過去に俺が味わったこの仕打ちは変わらない。
今はただ、目の前の美里を俺の知っている美里ではないと思って接しているから自分の心を保っているに過ぎない。
もしも真実を知った時、俺は自分を保てる自信は、ない。
もしかしたら、怒りに任せて美里を手に掛けてしまうかもしれない。
恐怖とも不安とも取れない複雑な心境を知る由もない美里は、真っ直ぐに俺を見る。
「私は私の事を知りたい。協力、してくれる?」
その言葉に、俺は――――――
「分かった。協力する」
そう、答えたのだった。
*
窓から差し込む月明りが、ベッドの上で寝そべる総司の顔を照らす。
「・・・・・・・・」
あれから美里は部屋へと戻り、総司は明日の事を考えて寝ることにしたのだが、ベッドに寝転がっても一向に眠気はやってこない。原因は分かっている。先程の美里との会話が原因だ。
『お前も難儀な性格な奴だな』
「オグマか」
寝付けないままでいると、オグマが語りかけてきた。
『俺の言ったアーティファクトを探すんだな?』
「ああ、それで美里の記憶が戻るならな」
『・・・・・・・後悔するかもしれないぞ?』
いつもはおどけるようなオグマがこの時だけは何所か真剣な声で総司に問う。
「・・・・・・・かも、な」
『それでも、探すのか?』
「ああ」
真実を知りたい。かつて総司自身がそう決めた事だ。今更考えを変えるつもりは無い。それに・・・・
「真実を知らなきゃ、前に進めない気がするんだよ」
もしかしたら、と言う期待もある。
もしかしたら、美里は何か事情があり、仕方なく村上に従うしかなかったかもしれない。だから悪いのは美里ではない、と。
『仮にお前が望むような真実だったとしても、お前を裏切った事には変わりはないんだぞ?』
「・・・・・・わかってる。それでも、俺は・・・・・・」
真実を確かめたい。そう小さく呟く総司に、オグマは呆れたような、諦めたようなため息を漏らす。
『本当に難儀な奴だな・・・・・・まあ、分からんでもないがな』
「え?」
『なんでもない。それよりさっさと寝ろ、明日は早いんだろ?』
「ちょっと待てよ、分からんでもないって、どういう意味だよ」
分からないでもない、と言う事は、オグマも何か総司と同じような経験でもあるのか?そのことに疑問を覚えた総司がオグマに問いかけるも、オグマはそれ以降口を開くことは無かった。
「何だよ一体。急に喋り出したと思ったら、今度はだんまりかよ」
オグマの声が聞こえなくなったことに不満になるも、まあ、オグマだしなと早々に諦める。
再び静かになった部屋の中、総司は窓から覗く月を見上げる。
「・・・・・・裏切った事実は変わらない、か」
どんな理由にしろ、総司を裏切ったことに変わりはない。
もしも美里が記憶を取り戻した時、美里は総司に対してどう行動を起こすのか、どんな言葉を投げかけるのか。
「・・・・・怖いな」
知りたい、けれど、知るのが怖い。
そんな矛盾した不安を抱えながら、一人静まり返った部屋でその時が訪れた時の事を考えるのだった。




