02 確証のない話
バヤール亭に場所を移した俺とライラは、適当に料理と酒を注文してオベールさんから聞いた奴隷達の今後の待遇を聞いていた。
この街の領主とも話し合い、暫定的にだが奴隷の扱いが決定したらしい。
正規の手順で売られた奴隷達は可愛そうだが別の奴隷商に引き渡され、商品として売られることとなった。ただ、オベールさんの計らいで奴隷商の中でも比較的良識のある奴隷商に渡ることになり、オベールさん曰く「扱いに関しては信頼できる商人だ」との事だった。
そして、不正で売られた奴隷達だが・・・・・・
「身元の確認後、元居た場所に戻ることになったそうだ。ただ身寄りもない、例えばスラムから攫ってきた奴や、居場所がない連中はこの街に残ることになった」
「そうか。けど、この街に残るって言ってもどうするんだ?仕事でもさせるのか?」
比較的大きな街であるデムローデだが、受け入れた奴隷達をタダで住まわせるわけがない。なにかしら仕事なりなんなりさせなければ、経済的に赤字になることは目に見えている。
「奉仕活動って形で受け入れてもらえる店とかに住まわせるらしい。まあ、全員は無理だから領主の所で何人か雇い入れるみたいだ。残りの奴らもそう言った感じでこの街で暮らすことになるらしい」
「知らない街で暮らしていくって訳か。大変そうだな」
「そうでもない」
「って言うと?」
「身元は保証されるし、中には今よりもまともな人生が送れるって喜んでる奴もいるみたいだ」
そうか、元々違法な手段で売られた人達だ。中には奴隷になる前は酷い生活を送っていた人達も決して少なくないか。
「それに、金を稼いで自由も買い取ることが出来る」
「自由を買い取る?」
「奴隷として値段をつけられた額と同じ額だけ領主に払えば、ここを出て自由にしても良いってことになったらしい」
「なるほどね」
それなら奴隷達を引き取った際にかかった費用などはそれで回収できそうだな。何て言ったって奴隷は庶民が気軽に買えるような値段ではない。
「何と言うか、ちゃっかりしてるな」
「そこは街を治める者として当然だろ」
「まあ、そうだな」
とにかく奴隷の扱いは大方決まったみたいだし、この件に関してはここまでだろう。
「オッサンから聞いた話はこんなもんだ。それで、お前の方はどうだったんだ?」
「それは・・・・・」
会話の流れで聞かれることは分かっていたが、言いたく無い訳じゃないのだが、やはり気分が沈む。
それでもここまでしてくれたライラには聞いてもらいたいから、俺は美里から聞いた話と俺の考えを話すことにした。
「―――――て感じで美里はこの街に連れてこられたみたいだ」
「よくある手口だな。後ろ暗い連中はそれだけ自分の事を話すことが出来ない。そこに付け込んで無理矢理奴隷に堕とされる奴もいるからな。まあ今回は少し違うが、似たようなもんだろう。それで、ミサトってやつの記憶の方はどうなんだ?お前から見て嘘を言っていたか?」
「それなんだが、どうやら思い出がごっそり抜け落ちてるみたいなんだ」
「思い出?」
「ああ」
俺は美里と話して分かったことをライラに説明した。知識はあるが、今まで過ごしてきた思い出が一切ない事を。
「それはまた、何て言うか・・・・・・面倒な事になってるな」
「ああ・・・・・・」
ライラは何とも言えない複雑な顔で温くなってしまった酒に口をつける。
「原因は?」
「分からない。美里自身も何が原因なのか覚えていないみたいだからな」
「そりゃあ、記憶喪失ならそうだな」
「・・・・・・・・」
記憶喪失。たかが四文字の言葉がここまで重いものだなんて想像も出来なかった。いったいこれからどうするべきなのか・・・・・・
「話が進まないからな、記憶喪失の事は一旦保留にして、それ以外の事を考えた方が良いんじゃないか?」
「・・・・・・それ以外?」
何だ?何かあったっけ?
「さっき言ったろ?領主やその他に引き取られるって。その辺どうするんだ?」
「あ、そうか」
「考えてなかったのかよ」
「その、すまん・・・・・」
記憶喪失の事ばかりでそのあたりの事に考えが及ばなかった。
「そうだよな、このままじゃ美里は誰かに引き取られることになるんだよな」
そうなったら奴隷と言う身分ではないものの、結果は奴隷と変わらないことになる。まあ、引き取り先が必ずしもヤバい連中と言う訳ではないだろうが、まだ何も成していないのに離れ離れになっては本末転倒だ。
(と言ってもなぁ、引き取るって言ってもそれなりの理由とかいるだろうし、何より生活費とか考えるとなると・・・・・)
引き取ることが出来ても今の俺の財力では二人で暮らすのはかなり無理がある。
ただでさえ宿暮らしなのだ。一泊の宿泊費を考えてもそれなりの料金だ。それを更に一人追加な上にどれだけの期間そうしているかも不明。加えて生活するための食費なども入れるととんでもないことになる。
(てことは家でも探す?いやいやそれまでにどれだけの金がかかるんだよ。つかまずは美里の身柄を引き取ることを考えないといけないし・・・・・・ああ!!どうしたらいいんだよッ!?)
記憶の事以外でも問題が山積みで頭がパンクしそうになっていると、ライラがため息を一つ吐いて口を開く。
「引き渡しに関しては多分大丈夫だ。オベールのオッサンがそこら辺の面倒は見てやるって言ってきたからな」
「え?オベールさんが?本当に?」
「ああ、本当だ。「今回の報酬代わりと言っては何だが、その気があるなら声を掛けてくれ」だってよ」
「オベールさん・・・・・」
本当にあの人にはお世話になりっぱなしだ。
(いつかこの恩を返さないとな)
そう心に誓いながら、引き渡しに関しての問題が片付いてホッと一息できた。
残る問題は生活面に関してだ。
(これはどうするか・・・・・・)
金にはまだ余裕がある。美里を奴隷として買い取るために集めた資金が殆ど手つかずのまま残っているからだ。
(この金で当面の間は生活できると考えて、後は維持費として依頼を受けながら貯金していくか?いや、依頼の内容にもよるし、んん~・・・・・・)
再び浮上した問題にあれこれと頭を悩ませていると、ライラが明後日の方向を見ながら口を開いた。
「・・・・・・アタシの家においてやってもいいぜ?」
「え?」
それは、つまり・・・・・・
「美里を住まわせてもいいのか?」
「いや、その、何だ・・・・・・お前も一緒で、その・・・・・・いいぜ?」
「お、俺も一緒でいいのか?」
俺が聞き返すとライラは小さくコクリと頷く。
「本当に、いいのか?」
確認するように聞き返すと、ライラはどこか慌てたように捲し立てる。
「仕事で一々何時の何所に集合とか連絡の取り合いだとか面倒だし、その間にお前も宿代が浮いて節約になるだろうし、半人前のお前を見捨てるのも何だし、その・・・・・今はアタシとお前はその、ペ、ペアだからなっ!」
「ライラ・・・・・ありがとう。それじゃあ、世話になるよ」
「フンッ!」
ライラは若干恥ずかしそうに鼻を鳴らしてそっぽを向く。俺はそんなライラに心から感謝した。何より、俺の事をペアと認めてくれたことに嬉しさが込み上げてくる。
「しかし、後は一番問題のミサトってやつの記憶をどうするかだ。何か考えはあるのか?」
この話は終わりだと言う様に話題を変えてくるライラ。
「それは、まだ分からない。現状、記憶を戻す手立てもないからな」
「お前は記憶を取り戻したいって思ってるのか?」
その問いに、俺は漠然とだが考えていたことを素直に口にする。
「・・・・・・ああ。俺が知りたいのは無くした記憶にある。それを確かめるためには記憶を戻すしかないからな」
それは今でも変わらない、俺の過去との決着をつけるために必要な事だと思っている。そのためにここまで来たのだから、今更それを曲げたくない。
「なら、記憶を戻す方法を探すしかないな」
「そうだな。けど、手掛かりになるものが何もないからな」
「まあ、難しいな。アタシはそこら辺は専門外だから何とも言えないし」
「そうだよな・・・・・・」
まさに八方塞がり。突破口のヒントすらない迷宮に迷い込んだように思考が袋小路にあう。
「取り合えず分からないものを考えても仕方がない。今は出来ることをやっていくしかないだろう」
「そうだな、そうしよう」
「そうと決まれば、まずは飯食ってオベールのオッサンの所に行くぞ。引き渡しの話をしておかないとな」
「ああ・・・・・ライラ」
「ああ?何だよ?」
俺はまだ残っている料理に手を伸ばそうとしているライラの目を真っ直ぐ見つめる。
「ありがとう、ライラ。お前には助けてもらってばかりだ。いつかこの恩を返せるように頑張るよ」
これは俺の心からの感謝の気持ちだ。
初めてあった時は目の敵にされていたが、今は同じ師に学び、そしてペアとして認めてくれた恩人とも言える少女に俺は頭を下げる。
するとライラは頭を下げる俺を見て目を白黒させながら狼狽える。
「な、何いきなり頭下げてんだよっ!べ、別にお前のためにやってるわけじゃないんだからなっ!!」
「そうだとしても、言える時に言っておきたいと思ったから」
「分かった、分かったから頭上げろっ、他の奴が見てるだろうが!」
「ああ」
気が付けば騒がしくしていたせいか、他の客達が俺達二人に怪訝な目を向けていた。
その視線に今更ながら気まずくなり俺は残った酒に口をつける。
「ったく、そう言う事を真正面から言うなよな・・・・・卑怯じゃねぇか」
「うん?何て?」
「何でもねぇよっ!!」
ライラは小さな声で何かを言っていたが、聞き取れなくて聞き返すと顔を赤くしながら勢いよく残った酒を飲み始める。
「顔赤いぞ?酔ったのか?」
赤い顔をしたライラを心配して声を掛けるとライラは木製のジョッキを卓に叩きつける様に置くと、キッと俺を睨んで吠える。
「うるせえっ!お前のせいだよっ!!」
「えぇ~・・・・・・」
なぜ俺は怒られたのだ?
*
宿に戻った俺はベッドに仰向けに寝転がり、何をするでもなくただぼんやりと天井を見つめていた。
ライラとバヤール亭で話をした後、再び組合に戻ってオベールさんに会い、美里の引き渡しなどの細かい事を話した。
ライラから聞いた通り、オベールさんは「ソウジ君ならそうするだろうと思ってね、既に手続きはこちらで済ませておいたよ」と言っていくつかの書類を渡された。それは引き渡しに関しての契約書だった。
「準備良すぎだろ。あの人は何処までこっちの考えを読んでるんだ?」
手に持っていた俺の名前がサインされた契約書を眺めながら、オベールさんの顔を思い浮かべる。
「まあ、助かっている事には変わりないから文句なんて言わないけど・・・・・・あの人を敵に回すと身ぐるみ剝がされそうだな」
想像するだけでブルっと背筋が震える・・・・・これからも良い関係を続けられるように誠心誠意で接していこう。
『ククっ、記憶喪失とはまた難儀なもんだな。なあソウジ?』
「・・・・・・オグマか」
オベールさんと良好関係のまま続けられるようにしようと考えていた時、頭の中にオグマの声が響く。
「何の用だ?」
『暇そうにしていたものだから、オレが話し相手になってやろうと思ってな』
「大きなお世話だ」
『ははっ、そう言うな。で、どうなんだ?』
「何がだよ?」
俺がぶっきらぼうに応えると、オグマは楽し気に話しかけてくる。
『あの人間の女の記憶を戻すつもりなんだろ?方法は思いついたのか?』
こいつ、俺とライラが話していた内容を知っててわざと聞いてきてやがるな。
「・・・・・・ない。てか、今はそれ以外も考えないといけない事が多いから、それはもう少し後で考えるつもりだ」
『そうか、それは大変だな』
「・・・・・・お前、からかってるだろ?」
『ククッ、そんなつもりは無い。むしろ応援してるぐらいだぞ?』
「嘘つけ」
まだ短い付き合いだが、こいつがロクでもない奴なのは今までの経験で分かっている。今も俺をからかって楽しんでいるぐらいだしな。
『本当だ。証拠に、一つアドバイスをくれてやるよ』
「アドバイス?」
またこいつは何を言い出すんだ?と眉根を潜めると、オグマはそのアドバイスを口にする。
『確実とは言えないが、アーティファクトを使えば可能性はあるかもな』
「アーティファクトを?」
アーティファクトとは、神や天使、悪魔、精霊などが使用、もしくは作った物とされる道具や武器の事をアーティファクトと呼ばれている。
ライラの愛剣、炎の大剣ティソーナ。ベヤドルが使っていた変幻自在な攻撃を放てるペネトレイター、他にもあるらしいが、俺はまだお目にかかったことがない。
「記憶を戻すアーティファクトがあるのか?」
そんな都合がいいものがあるのかと疑問に思いながらも、可能性があるのならばとオグマに聞き返す。
『流石に失った記憶を戻す、って用途のアーティファクトは無いだろう。だが・・・・・』
「だが?」
『精神操作を可能とするアーティファクトは存在する。そう言ったアーティファクトなら、可能性はある』
「精神操作?そんなものまであるのか?」
『ある。と言っても滅多にお目にかかれないほどのレア物だ。そうそう簡単には見つからないだろうがな。それに、さっきも言ったが可能性の話だ。それを使えば確実に記憶が戻るという保証もない』
記憶が戻る保証はない。けれど、可能性はある。
「・・・・・・・それが本当なら、探してみる価値はある、か」
オグマの言ったことを全て鵜呑みにすると痛い目を見そうだが、今こいつが嘘を言うメリットは無い。なら、信じてもいいのか?
『探す探さないはソウジの自由だ、好きにすればいい』
「・・・・・・それを俺に教えて、お前に何のメリットがあるんだ?」
『おいおい、言ったろ?応援しているってな。くくッ』
そういう態度がいまいち信用ならないんだよなぁ・・・・・
「分かった、一応考えとく」
『おう、そうしろ。ところで――――』
「何だよ、まだあるのか?」
一応ライラに相談しておこうと思い、話はこれで終わりだと思っていた矢先にオグマがまた喋り出す。
『あの女、ミサトと言ったか?あの女はイイな、内包しているマナが他の奴よりも質が良い。どうだ?暇なら今から抱きにいかないか?なんならあのライラとか言う小娘でもいいぞ?』
なんだよその『ちょっとコンビニ行ってくる』的な軽いノリはっ!
「行くかバカ!お前はもう黙ってろっ!!」
俺がそう言って怒鳴るものの、その後もオグマは執拗にこの話を続けて俺は眠れぬ夜を過ごすのだった。
*
総司がオグマに要らぬ猥談を持ち掛けられていた時分、美里は治療室のベッドの上で半身を起こして窓の外に浮かぶ月をぼんやりと眺めていた。
「あの人と一緒に暮らす、か・・・・・・」
それは数時間前、美里の下に訪れたオベールから総司達が身柄引受人として美里を引き取ると言う事を伝えに来たことだ。
その時は言われるがままただ頷いて了承してしまったが、後から考えれば早計だったかとも思う。
なぜならつい数日前にあったばかりの人間と共に暮らすと言うことは、世間一般では不安でしかないのだから。
しかし、美里は違った。
「あの人、総司は私の事を知っている」
総司は美里に友達だと言ったが、美里はそれをどこか釈然としない気持ちで聞いていた。
「本当に、ただの友達なのかな?」
総司は美里に自分の知る過去の話をしたときに嘘をついた。
それは自分たちはただの友人であると。
総司は恋人関係にあったことを言わなかったのだ。それは総司の心が咄嗟に真実を告げることを拒否したからだ。
本当の事を言ってしまえば、自分が前世で受けた仕打ちを話してしまいそうだから、その時に受けた痛みを叫びそうだったから。
だが、記憶を失った今の美里に言ったところで、何一つ理解できない。
そう思ったからこそ、総司は言わなかった。それを告げるのは今ではないと。
「苦しそうだったな・・・・・・」
友達だと告げた時の総司の顔が脳裏を過る。
「どうして、あんなに苦しそうだったの?」
その理由は今の美里には分からない。記憶を無くした今の自分ではかける言葉もない。
「何かしてあげられればいいんだけど・・・・・・」
総司を思うと胸がチクリと痛くなるのを感じて、美里は眉根を寄せる。
美里の心の中には疑問があった。総司を思うと心の底、もっと深いところから何かを叫ぶ自分が居る。ただ、それが何なのか、美里本人にも理解できない。
ただ―――――
「悪い気はしない、かな」
初めて総司とあった時は、急に詰め寄られて驚いたが、落ち着いて話してみると最初に受けた印象とは違い、美里の事を気遣いながら話す優しさが垣間見えた。
そのことに不思議と美里は安心感を得ていた。
自分の事を知っている人間が近くにいる。それだけで記憶を失った美里は心強いと感じた。記憶を無くしてから今日まで、美里は不安と恐怖しかなかったからだ。
ただ、それだけではないとも思うが、美里には分からない。
「私が何者なのか、今も分からない。けど・・・・・」
自分の手の平を見つめ、握る。
「あの人が、総司が傍にいてくれたら、もしかしたら・・・・・」
総司の顔を頭に浮かべるだけで不思議な安心感に包まれる。
それが一体どういった意味なのか、なぜそう思えるのか、何も理解できない。ただ不思議な安心感に包まれながら、美里は眠りについた。
中々複雑な関係になってしまったと、書いてる自分自身で思ってしまっています。が、これからその関係を徐々に進展させていきたいと思うので、しばらく付き合って貰えると嬉しいです。




