プロローグ
少し編集しました。前より表現をマイルドにしてあります。
一瞬の浮遊感。次に重力に引っ張られる感覚。
視界に入るのは夜の街並み。しかし、それら全ては逆さまに映る。
当然だ。なぜならマンションの屋上から紐無しバンジーを決行したからだ。
紐無しバンジー、と言うより自殺。正確には自殺『中』である。
今まさにこの俺、天野総司(27)は地面に向けて真っ逆さまに落ちている最中なのである。
死を目前にしてどうしてこうも悠長なことを考えられるのか自分自身驚きだ。
思考が高速に回っているのか、目に映る全てがスローモーションになっている。これが噂に聞く走馬灯ってやつなのか?
地面までの距離が遠く感じる。これでは余計な事まで考えてしまいそうだ。
あぁ、言ってるそばから思い出したくないことまで頭に浮かんでくる。
愛しの彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
だが、思い浮かんだ彼女は、俺から顔を背けてその表情は窺えない。
そしてもう一人、今最も思い出したくもない人物の姿がそんな彼女の肩を抱き寄せて、下卑た笑いを俺に向けてくる。これはつい先ほど、俺が自殺をする前に見せつけられた場面だ。
そして俺が自殺をした理由でもある。
俺には結婚を考えていた彼女がいた。『考えていた』と言うのは、まだプロポーズをする前だったからだ。
正確には今日、この日にプロポーズをしようとしていたのだ。
前から彼女に内緒で指輪を探し、そして今日給料3か月分の指輪を購入。絶対に彼女を幸せにしてみせると決意を秘めて同棲中のマンションに帰宅。
だが、そこで俺を待っていたのは、玄関で濃厚なキスを交わす彼女と、交際中の俺ではなく、別の男だった。
その光景に呆然と立ち尽くしていると、帰ってきた俺に気付き男は唇を離して俺を見る。
「よう、総司。遅かったな~ハハッ!」
「村上・・・・さん?」
そう言って人を見下す様に笑うこの男を、俺は知っていた。会社の先輩で、村上拓真(31)俺に外回りの営業などを教えてくれ、気さくに声を掛け、色々俺のことを気遣ってくれている先輩だった。
見た目はチャラいが、何かと世話を焼いてもらっているいい先輩、のはずだった。
「これは・・・・・一体・・・・・何をして」
呆然と呟いた俺を、まるで馬鹿を見るような眼を向けてくる。
「何って、見れば分かるだろ?」
「ふざけないで下さい!こんな真似して・・・・」
「おいおい、ふざけてるのはそっちだろ?せっかく愛し合ってる二人の邪魔するとか、マジ空気読めよ~」
そう言いながら彼女の肩を抱いて俺の方に体を向けさせる。
「美里も言ってやれよ。『今から気持ちよくしてもらうんだから、邪魔しないで!』てな。ハハ!」
(気持ちよくって・・・・・まさか!)
気持ちよく、それは安易に自分達がそう言う関係を持っていますと公言しているのだ。
彼女、美里は肩をビクリと震わすと、俺の目から逃れる様に顔を背ける。
―――なんで俺を見ようとしないんだ?
「なんだ?恥ずかしいのか?」
美里の耳元で囁く様に語り掛ける。
「・・・・・・ッ!」
「今更恥ずかしがることないだろ?もう何度もヤッてるんだからよ」
―――何度も・・・・・ヤッてる?
美里は頬を赤らめて、ますます目を合わせない様に体ごと横に向き直す。
「あらら、テレちゃったよ・・・・・まあ、いいや。それより総司、お前ちゃんと美里の相手してないだろ?」
相手をしていない?何言ってんだ?
「美里はな、お前より俺とのセックスの方が気持ちいいって言いながら腰振ってんだぜ?お前どんだけ美里のこと放置してたの?あっ!もしかして下手すぎて欲求不満にさせてたとか?ぎゃははは!マジうける!」
―――放置?そんな訳がない。美里の事を何時も考えているぐらいだぞ。
「まぁ、いいや。とにかく今から俺達急がしくなるからさ、お前、そこに居られても邪魔だから・・・・・消えてくれない?」
これ見よがしに村上は顔をしかめっ面して、シッシッ、と手を振って出て行けと促してくる。
ふざけるな・・・・・ふざけるなよっ!!!
「むら・・・・かみぃぃぃぃ!!!!!!」
頭の中が真っ赤に染まった。気が付けば俺は拳を痛いほど握りしめ、村上目掛けて跳びかかっていた。
そして・・・・・・・
ボコボコだった。村上が、ではない。
俺が、だ。
俺は今まで喧嘩など碌にしたことがない。昔まだ学生時代に二度ほど取っ組み合いの喧嘩をしたぐらいだ。しかも二回とも惨敗である。
部活も文系(オタク系)で体を使うことも無かったから、当然体力などあるはずもない。今もそれは変わらない。
対して村上は昔、総合格闘技をやっていたと会社の飲み会で聞いたことがある。その話通り村上の体は無駄に引き締まっている。
少し考えれば俺が腕っぷしで勝てる訳もなく、しかも頭に血が上っていたことも手伝い、何をどうしていたのかがいまいち思い出せない。
思い出せるのは笑いながら俺をボコボコにする村上の顔。ボコボコにされる体の痛み。何かを言っている美里の声。
そして、気が付けば俺は固く閉じられた玄関の扉の前に、ボロボロの姿で転がっていた。気を失っていたらしい。そういえば顎か痛い。
帰ってきたのは夕方のはずだったが、今は陽もすっかり沈み月が昇っていた。そこそこ時間が経過していたが、どうやらその間、誰もここを通る事もなかったようだ。
「・・・・・・・」
何を呆けているんだ俺は?
目が覚めたら直ぐにでも家に押し入ってやればいい。
ドアノブを握りノブを回そうとするが、ガチャガチャと言う音が響くだけだった。
「・・・・・・鍵が」
開けたければ鍵を使えばいいだけの話だが・・・・
「・・・・・・カバンが、無い」
そう、家の鍵が入っているカバンがどこにもないのだ。それどころかカバンには財布も入っていたのに。
村上が持って行ってしまったのか?それとも玄関に置き去りにしてしまったのか?インターフォンを押すか?いや、出てくるとは思えない。仮に出てきたとして、俺はどうすればいい?また殴りかかるのか?さっきあれだけボコボコにされたのに?なら警察に連絡するか?何て言うんだ?彼女が別の男に盗られたと言うのか?
頭の中でいろいろなことが浮かんでは消えてを繰り返していく。
と、思考が負のマイナススパイラルに飲まれていると、ポケットに突っ込んでいたスマホがブルブルと震えて着信を知らせる。スマホを取り出し画面を見ると、そこには美里からメールが届いたいることが告げられた画面が表示されていた。
「・・・・・・・」
スマホを操作してメールボックスを開くと、そこに美里から届いたメールがあった。ただメールには何の文字もなく、添付されたデータだけがあった。
この時点ですでにそのデータが何かは薄々感づいていたが、頭の思考がぐちゃぐちゃになっていたからか、自然と指が動いて添付されていたデータを開いてしまう。
「ッ!!」
そこには俺と美里の寝室のベッドの上で扇情な姿の美里が、カメラに向けてピースをしている画像が映しだされていた。
しかも一枚ではない。他にもメールには画像が添付されていた。
おねだりする様な姿に、恥ずかしがりながら何かを我慢している姿まで色々だ。
そんな姿が大量に美里のスマホから送られてきた。
―――終わった。
そう思った瞬間、俺の心がガラガラと崩れていく音が聞こえた気がした。
それから俺は背中を丸めてゾンビの如く『元』自分の家から遠ざかって行った。
そして気が付けば夜の屋上に辿り着き、転落防止のフェンスをよじ登り、そのまま体を投げ出していた。
我ながら馬鹿なことをしていると思う。
けど、しょうがないだろ?
人生の全てを捧げてもいいと思っていたほど惚れていた最愛の彼女が、よりにもよって会社の同僚に奪われたんだぞ?
挙句その男にボコボコにされる始末だ。
心が折れても仕方がないだろ?
美里が村上に抵抗してくれれば、俺だって少しは希望のようなものが見えていたかもしれない。だが、そうはならなかった。
美里のスマホから送られてきたデータがそれを物語っている。こんなの、もうどうしようもない。
(俺の人生は一体何だったんだ?)
根暗でオタク趣味な俺が美里と出会って、世界が輝いて見えた。この輝きをくれた女性を幸せにしてみせると誓ったのに、それを一人の男が全てを奪っていった。
地面が徐々に近づいてくる。あと少しでこの世ともお別れだ。
(・・・・・惨めだ)
どうしようもなく惨めだ。心が空っぽになったようだ。
いや、空っぽじゃない。一つだけある。
それは、『憎悪』
そうだ、なんであんな男に俺の女を盗られなきゃいけない。どうして美里は拒まなかった。そんなにあの男が良かったのか?
考えれば考えるほど、怒りが、憎しみが溢れてくる。
空っぽの心が、憎悪で一色に染まっていく。その時だ。
―――憎いか?
声が聞こえる。
―――お前は、お前を追いやった人間が憎いか?
これは、幻聴か?それとも俺の妄想か?
―――答えろ
当たり前だ!憎いに決まってる‼
―――復讐したいと思わないか?
なに?
―――お前が復讐を望めば、俺が力を貸してやる
力を?
―――そうだ。俺と契約しろ。さすればお前は力が手に入る。ただし、力を貸す代わりに、俺の望みを叶えてもらう
望みだと?
―――どうする?
・・・・・いいぜ。どうせもう、何もかも終わった様なものだ。なら、その力でっ!
すると、その声は僅かに笑ったような気がした。
―――いいだろう、契約成立だ!
それと同時に全ての時間が元に戻ったように動き始める。
気が付けば地面は目と鼻の先で、気が付けば頭から地面に激突していた。痛みを認識する暇なんかなかった。すぐに意識が消えていく。
(ああ・・・・ろくでもない人生だった)
意識が完全に消え失せる寸前に一つだけろくでもない願いが浮かんだ。
(異世界転生できるなら、今度は俺があの男と同じように、ヤリたい放題してやろう・・・・・)
それを最後に意識は完全に消滅した。
これがこの俺、『天野総司』と言う、惨めな男の人生の終わりだった。
続きは執筆中ですので、出来次第更新していきます。