2:マフィアを殺そう!
冒険者ギルドに登録してから約半月。待合室に用意させた高級ソファに座って、頭もランクも最底辺のF級冒険者どもに勉強を教え込んでやっていた時のことだ。俺は気付いてしまった。
(……やべぇ、そういえばまだ冒険に行ってねぇ)
冒険者と言ったら日々モンスターを討伐するのが仕事だろう。だというのに俺ときたら、初日にAランク冒険者の男を討伐したきりで、あとは手下どもの教育に時間を割き続けてしまった。
うーんしまったしまった。人が良すぎるのが俺の悪いところだなぁ~。
「ふぇ、レイン先生どうしたんすか?」
「いや何でもない。少し急用が出来たから今日の授業はここまでだ」
「やったーッ!」
「次回テストするぞ。満点じゃなかったら殺す」
「やだーッ!」
ギャアギャアと喚きつつも、何だかんだで楽しそうにする底辺冒険者ども(間違えたら本当に殺すが)。
貧民街上がりでろくな教育を受けたことがなかったため、勉強というヤツが新鮮らしい。『先生から習ったことを貧民街のチビたちにも教えてやったら、兄ちゃんアタマいいーって褒められちゃいましたよ!』とか言って喜んでたなぁ。よかったね。
フフフ、その調子でしっかりと育てよ。お前たちはいつの日か、俺を追放した国を滅ぼすための先兵になるんだからな……ッ!
◆ ◇ ◆
――相変わらずガックンガックン震えている受付嬢から仕事を貰った俺は、『コキュートス』の街の地下にある旧下水道にきていた。
今回受けた依頼は『スライムの大量確保』だ。水分を与えれば千切っても何度か復活するという性質と、ゼリーのような食感から、貧民の間では食用になっているらしい。この依頼も貧民街のガキどもから受けたものだしな。
まぁ依頼主が依頼主だから成功報酬はすずめの涙だが、今回はモンスターとの戦闘という経験を積むために受けてみたというわけだ。いきなりヤバい相手に挑むほど馬鹿じゃないからな、俺は!
……ちなみにガキどもの話によれば、コキュートスの街を支配しているマフィアの連中がみかじめ料を年々上げてきているそうで、最近はどこの料理店もほとんど食材が余らないらしい。それによってゴミ漁りで腹を満たしている貧民のガキどもは、間接的に被害を受けているとのことだ。
よし、というわけでスライムどもを追い回すぞー! この旧下水道はスライムが湧きすぎて打ち捨てられたという場所だからな! 暗がりの中を見渡せば、半透明のグニグニした奴らがいっぱいいるぜ!
よーし捕まえるぞ~!
「待てーッ!」
『スラー!』
「待て待てーッ!」
『スララ~!』
……飽きたッッッ!!! 5秒で飽きたッッッ!!!
てかなんでこのレイン様がこんなジメジメした場所に潜って地味な依頼をこなさないといけないんだよッ! ふざけんじゃねぇぞボケッ!
俺は足元にいたスライムを掴んで全力で上にぶん投げ、天井に大穴を開けて地下から脱出した。
ああ、5秒ぶりに浴びる太陽の光に俺は思う。
俺は正義の英雄だ。そんな俺が5秒も下水道に潜るハメになったのはどいつのせいだ? 決まっている、貧民街のガキどもを苦しめたマフィアの連中のせいだッ! そいつらさえこの世にいなかったら俺が苦しむことはなかったんだッ!
だったらどうする? 殺すしかない!!! 復讐してやるッ、全員ぶち殺して落とし前を付けてやるッッッ!!!
俺は地面でグッタリとしていたスライムをもう一度掴むと、そこら辺を歩いていたガラの悪そうな男の腹にブン投げたッ!
「オラちょっと死ねぇッ!」
「ぎゃああああああああああッ!?」
俺の投擲を受けて上半身が千切れ飛ぶ不良野郎。内臓をこぼしながらビクンビクンする野郎の胸ぐらをつかみ上げ、死ぬ5秒前に問いただす。
「貴様、この街の民衆を苦しめているマフィアの一員か!?」
「ゲホッ、ゲホ……ッ! そ、そうだ、げど……たす、け……ッ!」
「助けてほしかったら最後に言えッ! 邪悪なるマフィアの本拠地はどこだッ!?」
「そ、そこ……ッ!」
そう言って横っちょを指差す不良野郎(死ぬ1秒前)。気付けばそこにはなかなかオシャレな古城が建っていた。
って目の前にあるんじゃねーかよ! サンキューな不良野郎ッ!
「今ラクにしてやるからなッ! おらぁああああああああああああああカチコミじゃああああああああッ!!!」
「ギャァアアアアアアアアアアアッ!?」
不良野郎の身体を担ぎ上げ、古城に向かって全力投擲した!
城の壁に当たった瞬間、豪快な音を立てて破裂する不良野郎。だがお前の犠牲は無駄じゃなかったぞ。おかげで城が激しく壊れ、マフィアの連中が逃げるようにしてわんさか出てきたんだからなぁッ!
「うわぁぁぁ!? オレたちのアジトがぁぁああ!?」
「チクショウッ、誰だよこんな酷いことしたヤツッ!?」
まさに巣を壊されたアリのごとく湧き出してくるマフィアども。どいつもこいつもタトゥーとかしてるからきっと全員悪い奴らだ。死に値する。
ああ……こいつらなんだな。こいつらが街の人たちから大金を巻き上げ、容赦なく物を奪い、平気で人を殺す悪党どもなんだなッ!? 俺を地下の底へと追放した張本人どもなんだなッ!? チクショウ許さねぇ皆殺しにしてやる!!!
「貴様ら全員死に果てろォオオオオオオオオオッッッ!!!」
「ギャアアアアアア!? 何か変なヤツが特攻してきたぁあああああッ!?」
対する敵は百人以上か。しかし正義は負けはしないッ! 俺はA級冒険者から奪い取った『魔剣』を振るい、一閃にして五人以上の首や胴体を刎ねていく。
するとどうだろう。奴らの身体から舞い散る血液を飲み干しているかのように、魔剣の刀身が赤く染まっていったではないか! なるほど、これがお前の力か!
だったら思う存分暴れようじゃねぇかぁぁああああッ!!!
「能力開放――『ブラッディ・フィアーズ』ッ!」
俺の叫び声に応え、鮮血の魔剣より無数の血の飛礫が悪党どもへと炸裂した!
さらにコイツの能力はそれだけではない。周囲の奴らを斬り殺していくたびに加速度的に切れ味がよくなっていき、肉や骨をバターのごとく寸断していった!
血を吸うことで力へと変える魔剣、『ブラッディ・フィアーズ』。まさに正義の冒険者に相応しい装備である!
「さぁ悪党ども、心を改めて逃げるというのなら許そうッ! だがかかってくる奴らは覚悟するがいいッ! このレイン・ブラッドフォールの刃は、貴様ら悪を全て滅ぼすためにあると知れぇぇえええッ!!!」
「ひぎゃぁあああああああああッ!?」
逃げる奴らも一匹残らず殺していくこと数分。無数の死体が積み重なった山の上で、俺は高らかに拳を突き上げたのだった――!
◆ ◇ ◆
辺境の街『コキュートス』を支配していた悪徳マフィアの崩壊。その大ニュースは一夜の内に全民衆に知られることとなり、街はたちまちお祭り騒ぎとなった。
特にそのことを喜んだのは、マフィアの取り立てによって間接的被害を受けていた貧民街の子供たちや、同じく貧民街出身の冒険者たちである。
この一件の立役者が彼らにとっての先生である『レイン・ブラッドフォール』であると知るや、涙を流しながら感謝の言葉を述べた。
「あぁ、やっぱり先生は良い人だったんだなぁ! チビども、レイン先生に感謝するんだぞ!?」
「うんッ! レインさまのおかげでお腹いっぱい食べれるようになったよ!」
口々にレインを誉め立てる貧民街の者たち。それも当然である。レイン・ブラッドフォールはマフィアの者たちを皆殺しにしただけでなく、マフィアの根城に蓄えられていた食料類を全て貧民街に提供することにしたのだから。
本人曰く、『これで食用スライム捕獲の依頼はクリアしたことにして欲しい』とのことだ。その粋な心遣いに、感涙しない者はいなかった。
さらにこの一件によりレインの存在が話題になったことで、荒くれ者だった冒険者たちの根性を叩き直したのが彼だということも知れ渡り、レイン・ブラッドフォールはたちまち街の者たちから英雄視されることになったのだった。
強く優しく、そして容姿も端麗なレインの姿を見るために、日々彼の下を訪れる民衆たち。
そんな人々に向かって――レインは決まってこう言うのだった。
「民衆たちよ、どうか家族を大切にしてくれ。……俺の家族は隣国の国王より酷い冤罪をかけられ、無残にも処刑されてしまったんだからな……!」
寂しげな表情でそう語る英雄に、心を動かされない者はいなかった。
民衆たちは強く思う。“こんなに素晴らしい少年の家族が、処刑されるほどの犯罪者なわけがない”と!
「レイン様、元気出してくださいッ! わたしたちはアナタを信じています!」
「そうだそうだッ! マフィアの連中を成敗してくれた英雄の家族が悪い奴らなわけがない!」
「目を見ればわかるっての! レインさん、アンタが本気で冤罪だと確信してるのはよぉ! オレたち全員、アンタの味方だぜッ!」
……憐れなる英雄の『理解者』であるという立場に、無自覚なまま酔い痴れていくコキュートスの民衆たち。
それゆえに、誰もが真実に気付くことはなかった。
レイン・ブラッドフォールという男が、罪の意識がこれっぽちも存在しないだけのクソ野郎だということに! この男は本気で『自分たち家族は悪くねぇ』と思い込んでるだけで、ブラッドフォール家が重ねてきた犯罪の数々は当主を百回死刑にしても足りないほどなのである!
「みんな……信じてくれてありがとうッ! きっとお父様やお母様も天国で喜んでるはずだッ!」
本気でそう思いながら晴れやかに笑うレインの笑顔に、さらに心が囚われていく民衆たち。
こうして誰もがレインを正義だと思い込み、彼を追放した隣国『エリシオン』に対する憎しみを燃やしていくのだった――!
・次回こそ人間じゃなくてモンスターを殺したいですね。
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