1:チンピラを殺そう!
「オイコラ聞いてんのかッ!? 有り金置いてさっさと失せろって言ってんだよッ!」
……はぁ、どうしてこうなった……。
俺は大男に詰め寄られながら、薄汚い冒険者ギルドの中央で溜め息を吐いた。
ほんの数日前まで、俺の人生は最高にハッピーだったのだ。
伯爵家の嫡男『レイン・ブラッドフォール』として生まれ、優しい父や美しい母と共に優雅な日々を送っていた。
だがそんなある日、突如として王城から騎士の連中が屋敷に踏み込んできて、こう言ってきたのだ。
『ブラッドフォール家の者たちよ、貴様たちを悪党として処罰する』と――!
ああ、なんだそれはふざけるなッ! 善良に生きてきた俺たち家族が悪党だって!? 一体どういうことなんだッ!
……そんな抗議も聞き入られることなく、父と母は問答無用で処刑となった。
十代も半ばだった俺だけは死罪を免れたものの、家も財産も全て奪い取られ、わずかな小銭だけを渡されて隣の国へと放り出されたのだった。
はぁ、思い返してみればなんという悲劇なんだろうか! 身に覚えがない冤罪によって家族も土地も失ってしまうなんて!
……そんなことがあり、ひとまず生きていくための金を稼ぐために、モンスターを討伐出来る者なら犯罪者だって受け入れるというアングラ組織『冒険者ギルド』に登録しに来たのだが……、
「――なぁ、無視してんじゃねぇよレインちゃんよぉッ! お前の家は『悪の貴族』として有名だったんだぜぇ!?
特にオレ様は、隣国の貴族からも仕事を頼まれるほどのAランク冒険者なもんでよぉ。お前らの話は雇い主様からよく聞かされたぜ。『アイツらは人でなしの汚れた血族だ。絶対に関わり合いになるな』ってなぁ! ギャハハッ、よっぽど嫌われてたみたいだなぁお前の家はッ!」
……そう言って俺を指差して笑ってくる冒険者の男。
さらにコイツだけじゃなく、周囲の者たちも「その通りだぜぇ大将ッ!」「悪徳貴族のお坊ちゃんにもっと言ってやれー!」とはやし立ててくる始末だった。
冒険者ギルドの職員たちも、嘲りに満ちた目で俺を見ながらクスクスと笑うばかりで止めやしない。
あぁ……俺は確信した。この場所は、『悪』に満ち溢れているのだと――ッ!
ならばどうする!? 決まっているッ! 民衆を導く貴族の名に懸けて、『正義』を実行するだけだ!
俺は懐から小銭が入った袋を取り出すと、冒険者の男の前に突き出した。
「お、ようやく話が通じたかよ。ったく、テメェ何言っても反応がないから、思わず斬っちまうところだったぜ」
下卑た笑みを浮かべながら手を伸ばしてくるクソ野郎。奴が俺の金を奪い取る瞬間、俺はあえて小銭袋を手から落とした。
そうすると、男の視線は小銭袋を自然と追いかけ、無防備に首を下げていき――、
今だ。
「滅びるがいい悪党がッ!!!」
「ぐがはッッッ!?」
下がった男の後頭部を押さえ、全力の膝蹴りを叩きこんだッ!
さぁ後は簡単だッ! 鼻血を噴いて悶絶する野郎の顎を蹴り飛ばして床に倒すと、その上にのしかかって顔面を殴りまくるッ!
中指の関節を凶器のごとく尖らせ、急所である眼球と唇の上を狙って振り下ろし続けるッ!
「がっ、ぐぎゃ!? や、やめっ、ゆるし、でッ!?」
「まだ喋るか悪党めッ! 命の大切さを知って死ねッ!」
貴族としてだけではない。俺は一人の人間としても、家族を馬鹿にしたこの男が許せなかった!
ああ、お父様はいつも俺に優しかったッ! 『強い子に育て』と言って、罪人の身体を使ってみっちりと実戦技術を見せてくれたし、女子供はたぶん数えるくらいしか殺したことがない人だった!
お母様も素晴らしい人だった! 『誇り高い子に育ちなさい』と言って、九割の税率で民衆たちから金を搾り上げ、俺に毎日美味しいものを食べさせてくれた!!!
そんな家族を馬鹿にしたこのAランク冒険者の男が許せないッ! そして、平和に暮らしていた俺たちに悪徳貴族の冤罪を懸け、土地と財産を没収した国そのものが許せないッ!
よし、俺は決めたぞ! 国のトップである王を……否、邪悪なる『魔王』を俺は倒すッ! そのために上級冒険者となってモンスターを殺し続け、力を付けてやろうじゃないかッ!
よっしゃぁ、目標が決まるとやる気が出るぞォッ! 俺は冒険者の男の腰から剣を奪い取ると、ズポッと心臓に突っ込んでトドメを刺した。
お、切れ味イイなーこれ。上級モンスターの素材からできた『魔剣』ってヤツかな? 正義の武器として俺が使ってやろう! わっはっは!
俺は男の身体からビュルビュルと噴く血を浴びながら、金がたっぷりと詰まった小銭袋や高級そうな霊薬類も奪い取り、最後に首にかけられていたA級冒険者のライセンスタグを引き千切って受付に向かった。
……ってこの受付嬢、さっきまで俺のことを笑ってたのにガクガク震えてるじゃないか。力関係が変わった瞬間に人に対する態度を変えるのってちょっとどうかと思うよ? 反省しようね。
「ひッ、ひぃいいいいいいいいいッ!? ひ、人が、死……ッ!?」
「騒ぐな女。人はいつか死ぬものだ。その悲しみを受け入れて前に進んでいくのが遺された者の務めだと思うぞ。
さぁそれよりも、俺のライセンスの名前が間違ってたみたいだから変更してくれないか? ――A級冒険者『レイン・ブラッドフォール』とな」
「はっ、はぃいいッ!」
首をガクンガクンと縦に振るい、大急ぎで新しいタグを用意する受付嬢さん。
よーし、今日から新生活のスタートだぁ! いきなり魔剣や上級冒険者の立場が手に入っちゃうなんて幸先がいいなぁ!
こうして、俺の冒険者生活は始まったのだった!
◆ ◇ ◆
――登録から0秒でA級冒険者に成り上がった意味不明の新人、レイン・ブラッドフォールが現れてから冒険者ギルドは様変わりした。
薄汚れていた建物は職員たちによりしっかりと清掃され、柄の悪かった冒険者たちの態度も改められたのだ。
なぜそうなったか答えは単純。ゴミが落ちてたり素行の悪いことをすると、レインによって容赦なく殴り殺されるからである――!
職員たちや冒険者たちは口を揃えて言う。あれは、暴力の化物だと。
まず拳を振るうことに対して躊躇がなさすぎるのだ。さらに全ての攻撃が一撃必殺級の練度を持っているという悪魔のごとき人物だった。
ゆえに、誰もが彼のことを恐れた。最初は真夜中に数人がかりで襲い掛かることもあったが、いとも容易く皆殺しにされ、ついに死者数が二十人を超えたところで誰も手出ししなくなった。
殺人の容疑で憲兵に突き出すということもまた出来ない。冒険者ギルドは名を変えただけの犯罪者なども集まった、いわば罪人の総互助会のような側面もある。特にこの辺境の地『コキュートス』の冒険者ギルドはそうした流れ者も多い場所だった。下手な真似をして、憲兵組織から睨まれるわけにはいかない。
やはり穏便に解決するには暴力でレインを排除するしかないのだが、ギルド最強のAランク冒険者を倒した彼には敵うわけもなく……全員の心はあっという間にへし折れたのだった。
そうしてレインの指示に従い、街を清掃させられたり、貧民がなけなしの金で依頼してきた割に合わない依頼を受けさせられたり、礼儀作法のマナーなんてものを叩きこまれ、ギルドの者たちはみるみる疲れ果てていったのだが――ある日、彼らは気付いた。
「あぁ冒険者さんたち! いつも街を綺麗にしてくれてありがとうなぁ!」
「あっ、冒険者のにいちゃんだ! にいちゃんが薬草を取ってきてくれたおかげで、妹の病気が治ったよッ!」
……冒険者のことを犯罪者まがいの連中だと思っていた町民たちが、態度を軟化させていったのだ。
強いだけの荒くれ者集団が、礼儀正しく頼りになる存在に変わっていったのだから当然である。
そうなると、冒険者ギルドの者たちの気分も変わっていった。
人に慕われて悪い気になるものなどいない。いつしか街への奉仕作業は自主的に行うようになっていき、仮にも上級貴族であるレインから礼儀作法を教わっていったことで、依頼者からの反応もさらに良くなっていった。
力こそが全てだと思っていた冒険者たちは驚愕した。まさか話し方や対応一つで、報酬に色を付けてくれることもあるのだと。
「――お前たち、最近はずいぶんと紳士的になったじゃないか。今度レストランにでも連れて行ってやろう。貴族とも食事を共にできるくらいに教育してやる」
「「「はいっ、ありがとうございますレインさんッ!」」」
未だに恐怖はあるものの、レインに対して敬意を示すようになっていった冒険者たち。
思えば荒んだ家庭の出身者が多い彼らにとって、モノを教えてくれる存在というのはレインが初めてだった。
ああ……いつしか彼らは期待していた。いつだって真っ直ぐに生きるこの男についていけば、半端者だった自分たちでも、いつか何かを掴めるようになるんじゃないかと。
そうした思いを胸に、今日も冒険者ギルドはレインを中心に回っていくのだった。
――なお、彼らは知らない。
レインという真っ直ぐに生きすぎる男が、まさか王の抹殺を企んでいることなんて――ッ!
失敗しようが成功しようが屍山血河の地獄の道である。そんな最悪すぎる目標に向かい、レインは『殺人とか重税とかいっぱいしたけど俺たち家族は悪くないから』というゴミみたいな貴族意識で突っ走ろうとしているのだッ! 最悪である!
……流石にそこまでヤバイ男だとも知らず、冒険者ギルドの者たちは付き従い始めてしまったのだった……!
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