願い
一年後……
「勇者よ、よくぞ…よくぞ大魔王を討ち倒し戻ってきてくれた!」
王は、感極まったように、声を絞り出す。その瞳は涙にぬれていた。
王座の前、魔王達のボスである大魔王を倒した証拠である大魔王の角を前に置き、跪いた勇者はただ顔を伏せる。
「勇者……いや、わが息子よ、面を上げよ、英雄の顔をみせてくれ」
「……」
勇者は、ゆっくりと顔を上げた。
目があった瞬間、王の顔が強張った。
白くなった毛髪、痩せこけた頬……そして、その瞳は魔族のように赤く染まっていた。
「……勇者、その目は…」
「魔王達を倒すには……生半可な手段では無理だった……ということです」
勇者は小さな声で応えた。
「魔王達を倒すため、魔族の魔力を吸収しました。その結果、体が変異してしまったようです」
「う……うむ…」
場にいた兵士や、大臣たちがざわつき始めた。
「勇者さまそこまで…」
「しかしあの姿はまるで…」
「おい、英雄に対してその態度は」
「だがあの姿を公にさらすのは」
「……セレモニーやパーティーで、この姿では皆を不安にさせるでしょう、ですから、私は不参加で構いませんし、今後王族として、この国を治める立場にいようとも考えていません」
その言葉に、少数の大臣が安堵の息を吐く。
「しかしそれでは!」
「いいのです、この世界から魔族はいなくなった……ついに人間だけの時代がはじまろうとしているのに、それを作った英雄がこの姿では、民に対して示しがつかない、違いますか?」
「……だが」
「王……いや、父上」
「!」
「代わりと言ってはなんですが、二つほど、私の願いを聞き入れてはいただけませんか?」
「う……うむ、なんだ? なんでも言ってみろ」
「まず一つ目、私は今後平和になった世界を旅したいと考えております、その許可をいただきたい」
「旅……か、それはいつまでじゃ?」
「…期限は考えておりません」
「……うむ……」
王が、複数の大臣に目を向ける。
何人かの大臣がうなずいた。
……
「わかった……許可しよう、存分に、平和になった世界を見て回ると良い、しかしお前の帰る場所はここだ、そのことは忘れるでないぞ」
「……はい、ありがとうございます」
「して、二つ目は?」
「銅像を、作って頂きたい」
「銅像?」
「はい、私や戦士、僧侶、魔法使いのそろった銅像……そこに私を救うために命を落とした人々の名前を刻んだ物を、世界各地の主要都市においていただけないでしょうか」
「ふむ」
「私一人の力では、決してここまで来ることはできなかったでしょう、そのことを、忘れないために……忘れさせないために」
「わかった、すぐにでも手配しよう」
「……ありがとうございます」
勇者が魔王を倒したというニュースは、瞬く間に勇者がいた世界を駆け巡った。
世界中から魔物がいなくなり、人々は与えられた平穏に歓喜した。
やがて、魔物のいなくなった世界で人々は殺し合いをはじめ、新たな暗黒時代が幕を開けた。
変わらず残酷な世界のままだった。




