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激突

この時点ですでに、魔王の能力が想定の10倍である


魔王「……まだ何か、余の知らない策がありそうだな」


 先ほどからの勇者の軽い返答に眉を寄せながら、魔王が言った。


勇者「さぁ、どうだろうな?」


 勇者は、肩をすくめて見せる。


「……おしゃべりが過ぎた」




 思いのほか長く会話をしてしまったことに、魔王は違和感を感じながら立ち上がる。


(余は…敵と何をこんなにしゃべっているのだ)


勇者「……」



 魔王の体が変態を始めた。


 額には二本の黒い角がちょうど眉の上部から生え出る。 肩甲骨の部分が盛り上がり皮膚を裂くとコウモリのような翼が左右に広がった。


 髪が銀髪に染まり、腰のあたりまで伸びる。


「……それで? 変身は終わりか?」


「ずいぶん余裕ではないか」


「まぁ、パワーバランスは今までと、そんなに変わらないみたいだからな」


 勇者はそういうと、先ほどから供給される魔力を、体外に放出した。


 魔力が勇者の体からほとばしる、髪が逆立ち、全身の内側から光があふれ出す。


 全身にまとった理力の鎧が魔力に呼応し、金色の光を放ち始めた。


「ずいぶんと派手なことだな」


「人の英知のたまものさ」


 勇者は、理力の剣を腰から引き抜いた。


「ほう」


 勇者の剣の形状に、魔王は目を細める。


 見たことのない形だ。


 緩やかに反った柄の部分には、銃のトリガーがあり、刀身は片刃、峰の部分は円柱状であり、切っ先が銃口になっている。


「行くぞ魔王、……これが最後だ」




 勇者は銃剣の銃口を魔王へ向けると、引き金を絞った。


 銃剣から放たれる、雷撃弾、稲妻の速度で迫るそれは、何もない空間を通過した。


 外れた弾が、壁に激突すると、超高熱のプラズマフィールドをその場に作り出した。


「!」


 それよりも遥かに速い速度で、勇者に迫る魔王。


 魔王の拳を、勇者が受け太刀する。


 激突の衝撃により光と闇の波動が、空間に明滅する。 激突する力に耐えきれず、クレーターを作り出した。


(今まで戦闘で壊れることがなかった、この魔王の間が、耐えられない……か)

「……ッ」


 魔王が拳を振りぬく、勇者の体が押し出され、後方へ吹き飛んだ。


「くそっ」


 空中滑空の過程、銃剣の銃口を魔王へ向け、魔弾を放つ。


 弾丸を放った余波が大気を震わせる、空間を焼き切りながら迫る雷弾を、魔王は拳の一振りで弾き飛ばした。


「…!」


 弾いた魔王の拳の表面が裂けていた。

 一体どれほどの魔力を圧縮して撃ちだしているのだ。


 人の身で。


 人の技術で。


 おもしろい。


 魔王は微笑すると、周囲に光の球を召喚する。

 その数300発。 勇者の視界を埋める光弾が、一挙に勇者へ向け迫ってきていたのだ。


「―」


 百発の光弾が勇者のいる場へ向け、豪雨のように降り注ぐ、


 弾が激突する度、光がはじけ、その場を削り取ってゆく。


 百発の光が魔王の目の前を蹂躙したのち、巻き起こる粉塵。 魔王は床を蹴り、その中を突き進む。


「!」


 膨大な魔力の盾を張り、何とか光弾を凌いだ勇者、その目前に迫る魔王。


 その蹴りが、光弾により削られた盾を砕き、勇者の腹部に突き刺さった。


勇者「がっ」


 勇者の体がくの字に曲がり、そのまま吹き飛ぶ。


 一瞬で音速まで加速した勇者の体は、魔王城の壁を何層も貫き、場外へと体が投げ出された。




勇者(外まで吹き飛ばされたか―)


 空、青空、その青空を背景に、こちらへ手をかざす魔王。


勇者「……ッ」


 勇者は、自分自身を雷魔法にして魔王の間に高速で移動した。


魔王「どうした勇者? その程度か?」


「…くそ!短縮詠唱!雷撃極大――」


 勇者は短縮詠唱を使おうとした最中、魔力で自分の体を魔法にしてきた魔王が、勇者に向かい急速落下。



「ぐっ」


 バックステップで何とか回避した勇者、しかし、魔王の追撃は終わらない。


 勇者の目前に展開する魔法陣。


 そこから放たれる漆黒の稲妻が、勇者に襲いかかる。


 ほぼゼロ距離から放たれたそれを、勇者の一閃が斬り消した。


勇者「!」


魔王が自身より切り離した影を利用し、一瞬で勇者の後方に移動。


 放たれる魔力を込めた拳が、勇者の背に突き刺さる。


 体を海老ぞらせ、木々を根こそぎ吹き飛ばしながらぶっ飛ぶ勇者。 


 その勇者めがけ、魔王は手をかざす。


「短縮詠唱!暗黒極大魔法!」


 魔王の手から放たれる、漆黒のエネルギーボール。


 それが吹き飛ぶ勇者に向け空間を削りながら迫る。


 ガラスが砕けるような音をまき散らすその魔弾が、勇者に直撃した。




「…」




 クレーターの中央、うずくまるように倒れる勇者を見つめ、魔王は目を細める。


「……くそ」


 勇者は、理力の剣を杖のように地面に突き立てよろりと立ち上がった。


 着弾と同時に回復魔法と防御魔法を連続でかけ続けたが、まったく威力に追いつけなかった。


 しかも詠唱する暇がないため、魔力の使用効率は極端に悪い。


 そんなことはわかりきっていたことではあるが、それでも、この短時間で想定よりも遥かに多くの魔力を消費してしまった。


 もう回復に回す余裕もない。


 少し早いが……やるしかない。


「短縮詠唱!暗黒極大魔法!」


「!」


 勇者は、全力で地面を蹴る。


 着弾する暗黒魔法が再度大地を削り取る。


 巨大化する漆黒のドームが、回避運動に入った勇者に迫った。


「――」


 勇者は、魔法に飲み込まれぬよう全力で駆ける。


 ドームの肥大化が、停止する。


 寸でのところで間に合わなかった。


 下半身を少し失いながらも、しかし勇者は理力の剣を構えた。


「!」(勇者のあの位置取り…)


 理力の剣が、込められた魔力に呼応して光り輝く。


 その銃口の先は―


魔王(やはり気づいていたか)


 魔王がいつも、魔王の間から動かない理由。


 魔王の間を破壊する魔力が備わっているとわかった瞬間、勇者を場外に追いやった理由。


 気づかぬ勇者ではないことはわかっていた。


 魔王の間には、何か破壊されては困るものがある。


 そう結論付けるのも、自然である。


 そしてそれは正解だ。


 しかしこれが策と言うのならば――想定内である。



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