表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/37

7月7日(--) 32時12分(f)

短い呼び出し音のあとに、緋色はすぐに電話に出た。


『……もしもし?』

「僕だ。いま、ひとりになった。みずき……、もうひとりの女の子は、少なくとも二十分くらいは、もどってこないと思う」

『ねえ、あおちゃん』


緋色は、どこかあせった声で、言った。


『いますぐ私のところに来て』

「え? それはいいけれど、どちらにしてもみずきがもどってきてから……」

『だめ!』


緋色が、わずかに声を荒げた。


『ぜったいにだめ。村崎みずきからいますぐ離れて! お願い』

「じゃあ、彼女ひとりをここに置いていけ、っていうのか?」


僕には緋色の言っていることが、理解できなかった。


「どういうことか説明してもらわないと、納得できない」


緋色はしばらくのあいだ黙っていたけれど、やがて小さな声で言った。


『あおちゃん、なにも聞かずに探偵事務所にひとりで来て。約束だよ』

「ちょっと待っ……」


通話はそこで、またしても一方的に切られてしまった。


……意味がわからない。


あの日……、といってもこちらの世界では"昨日"、カギのかかっていた事務所を思い出す。

……あの時も、すでに緋色は事務所のなかにいたのだろうか。


……それならどうして、応えてくれなかった?


僕はみずきのベッドに腰をかけた。僕のベッドとはちがい、ふかふかで弾力があった。

思わずそのベッドに身を投げ出して、大の字になる。


わずかにみずきのにおいが残っている。あまくて、心地いいにおいだ。

しばらくベッドに横になってうつらうつらしていると、

部屋の扉がぎい、と開く音がしたので、僕はあわてて上半身を起こした。


「お待たせしました、蒼太さん」

「あ、うん、おかえ……」


なにげなくみずきに視線を向け、思わず僕はせきこんだ。

みずきはなんと、バスタオルを一枚巻いただけのすがただった。


まだぬれている髪に、シャワーの熱のせいか、少し赤味を帯びた頬。


たぶん、僕はぽかんと口を開けていたことだろう。

とっさにつばをのみこみ、ゆっくりと落ち着いて、慎重にたずねる。


「……ど、どうしたんだ?」

「蒼太さん」


みずきがこちらへ歩いてくる。

そしてベッドの上に腰かけたままだった僕のとなりに、すっと腰を下ろした。


「私、この世界で蒼太さんに会えて、ほんとうによかったと思っています」


彼女は熱のこもった口調でそう言った。


「私ひとりでは、きっとたえられませんでした……」


とてもではないが、僕はみずきの顔を直視できなかった。

みずきは続けた。



「あなたのことが好きです、蒼太さん」



ざわざわざわと胸が波立つ。

ぞくぞくぞくと何かがこみ上げてくる。


彼女はぎゅっと、太ももの上で、こぶしをにぎりしめている。

はじめて僕たちが出会った時と同じように、その手は震えていた。


「うそでいいんです。いまだけのうそでいいから、……私のことが好きだ、……って、言ってくださいませんか」


バスタオルをへだてて、となり合わせの彼女の体温を感じる。


いつものみずきとはちがう、

洗い立ての、かすかなシャンプーのにおい。


僕は彼女のその細い肩をこわごわと抱いた。

抱いた肩はバスタオルに包まれておらず、むき出しだ。

触れた彼女の肌は、まだしっとりとぬれていた。


僕はもう片方の手で、彼女の頭を僕の体へと引き寄せた。


もうむりだ。どうにでもなれ。

僕は、彼女の耳もとでささやいた。



「好きだよ、みずき」



僕なんて死んでしまえ、と思った。

思いながら僕は、


彼女の顔を僕に向けさせ、そのくちびるにキスをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ