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愛人ごっこのはざまで  作者: 登夢
23/27

磯村さんとの決別

今日は今月最後の金曜日、6時に磯村さんから電話が入っていた。夕刻から春の冷たい雨が降って肌寒くて滅入るような夜だ。こんな夜は誰もが早く家へ帰りたいと思うのだろう。お客さんが少ない。最後の二人連れのお客が帰ったので店を閉めようと思っていると、磯村さんが現れた。


「丁度いいころにいらっしゃったのね。寒くはないですか?」

いつものように、表の看板の明かりを落として、ドアにカギをかける。

「お湯割りを一杯作ってくれる?」

「今日は泊って行けるの? お話ししたいこともあるから」

「ああ、泊まって行くよ」

「話って何?」

「後でお話します」


磯村さんはゆっくりとお湯割りを空ける。促して部屋に上がってもらう。いつものようにシャワーを浴びるために浴室に案内する。私はすぐに服を脱いで入っていって身体を洗ってあげる。彼も身体を洗ってくれる。


二人は待てなくなって急いで浴室を出てベッドへ行って久しぶりに愛し合う。今日の私はこれが最後と思ったからいつもよりも気持ちが入ってしまう。私は抱きついたまま離れようとしなかった。彼は強く抱き締めていてくれる。


「今日、来てくれてよかった。最後のお別れができて」

「最後のお別れって?」

「私、今月いっぱいで店を閉めることにしたの。結婚することになったから」

「結婚! ええ、誰と?」

「あなたにはいつか言ったことがあると思うけど、もう一人あなたのように3軒目まで通ってくれた人がいたの」

「実はあなたとほとんど同じころに偶然にお店に来て」


「ほとんど同じころ? 偶然に? 不思議だけど何かのご縁だね」

「その時すぐに交際を申し込まれたの。足を洗ったのなら、普通に付き合ってくれと言って」

「それで」

「普通のお付き合いなんてずっとしたことが無くて、いいかなと思って、休みの日に会うことにしたの」


「プロポーズされたのはいつごろ?」

「2か月程前。お正月に会ったときだった。最初はお断りしたの、ああいう商売をしてきたからできませんと。でも、それは承知の上だからと言われた」

「君をすごく気に入っているんだね」

「あなたと同じように私といると癒されると言ってくれていました」

「やっぱり、そうか」

「彼は45歳、10年前に奥さんを亡くされて、娘さんがいたので、一人で育てて、今年大学を卒業して社会人になって一人立ちしたとか。2週間前に会わせてもらった」


「どうだった」

「彼は私のことを水商売していたことがあってその時に知り合ったと話していたみたい。確かに水商売だけど」

「それで」

「娘さんから、父は私を育てるために一人で頑張ってくれたので幸せになってもらいたいと思っていますので、これからよろしくお願いしますと言われました」

「父親思いの理解のある娘さんだね」


「私も母親が早くいなくなって父親に育てられたから、娘さんの気持ちは分からないでもないわ。私の父は再婚もしないで、それは私を可愛がってくれた。だから父の借金を返すために風俗で働くことにしたの」

「はじめて聞いた。何でここで働いているのかなんて、あえて聞かないからね」

「借金は1年で返せた。でも止められなかった」


「どうして?」

「お金も入るし、私自身Hが好きだと分かったから」

「確かに好きでないと続かない仕事かもしれないね」

「でもね、いやな人でも相手をしなくちゃいけないし、いつも好みの相手を待っていることがいやになってきて。今でもそう、あなたを待っているのが、待つことしかできなくなっている自分がいやになって」


「それでプロポーズを受け入れた?」

「待っていなくとも、彼はいつでもそばにいてくれるから」

「ごめん、君がそんな思いをしているとは気づかなかった。僕は自分のことしか考えていなかった」

「あなたにはあなたの生き方があるから、それでいいのよ」


「それでこれからどうするの?」

「店を閉じて、彼の家で二人一緒に住むことにしたの。主婦をしてほしいというの。主婦ってしたことがないから務まるかしら」

「君は料理が上手だから務まるよ」

「主婦になるなんて考えもしなかった」

「嬉しいんだろう」

「普通の暮らしをしてみたいと思っていたの。もうあきらめていたけど」

「よかったじゃないか、おめでとう。もう会えなくなるけど、幸せになってくれ。どこかのスナックに入ったら、また君がいたなんてことがないようにね」

「一緒にうまく暮らしていけるかどうか分からないけど、彼とやってみると決めたの。彼のためにも、私のためにも」


「僕は君が好きだけどプロポーズはできなかった。俺はそういう男だ。彼のような勇気がないんだ」

「あなたはこんな私を好きになってくれた。私はそれだけで十分で、時々来てくれれば、それだけでよかったのよ」

「でも、僕はとても彼には及ばない、いい男だよ、彼は、大事にしないとね」

「分かっています」


私はまた抱きついた。最後の逢瀬を惜しむように何度も何度も愛し合った。私は彼が好きだった。いつもきてほしかたった。でも彼にはそれが分かってもらえず、彼は私を待たせてばかりいた。彼も私のことが好きだったのは分かっていた。


もし結婚の話をしたときに、彼がそれをやめて僕と結婚してくれといったら、私はどう答えただろう? きっと、あなたと結婚しますと言ったに違いない。私は彼が好きだった。でも彼はそうは言ってくれなかった。おめでとうと言って私から静かに去って行くことを選んだ。彼の言うとおり、彼には私と結婚する勇気がなかったのが分かった。それが普通だ。


山路さんは社会的地位もあるのに、こんな私にプロポーズしてくれた。もし私のことで山路さんに不都合なことでもあったらどうしたらよいか分からない。でもきっと山路さんにはすでにそういう時の覚悟ができているんだと思う。そう思うと山路さんを大切にしないといけない。


翌朝、目覚めると私はいつものように2人分の朝食を作った。きっといい奥さんになれると彼は言ってくれた。そして別れ際、いつものように握った何枚かの紙幣を私の手に握らせて言った。

「僕にはこんなことしかできなかった。だから君を失ったんだ。幸せになってほしい。さようなら!」

彼は私の元を去って行った。もう私の前には現れないだろう。そういう人だ。


山路さんと磯村さんとは再会してからは全く違った関係になっていた。山路さんは私と客の関係になることを始めから避けて嫌っていた。だから、店へは客としては決して来なかった。磯村さんは始めからこれまでどおりの関係を継続して、私と客としての関係を望んでいた。若い彼としてはその方が、都合が良かったに違いない。私はあくまで愛人としてしか見られていなかったのだろう。それはそれで自然なことだと思っていた。むしろ、山路さんの方が変わった人なのだろう。


私は磯村さんが好きだった。あの、どこか寂しそうな陰が気になっていた。癒してあげたいようなそんな人だった。でも彼は自分の都合で月に1回くらい訪ねてきていた。お礼をするので自然とそうならざるを得なかったのだと思う。私はお礼など最初から望んでいなかった。それより毎週でも来てほしかった。そしていつも彼を待っていた。でもこのごろは来る日が予測できるようになっていた。でも来てほしい時に着てくれないもどかしさは寂しさにつながる。それに私には彼がいつか私を去っていくのではと言う不安があった。山路さんが私にいつも持っていた不安と同じものだと思う。


だから山路さんはいつも私とコンタクトを取っていてくれた。そして仕事でもないかぎり、日曜日毎に私を誘ってくれた。彼は私が突然いなくなるのが怖いと言っていたが、それほどまでに思っていてくれることが嬉しかった。そのことが私を癒してくれる。私は癒されることに慣らされてしまったというか、そういう風に癒されることがとても心地よいことだと分かってきた。彼なら私をきっと守ってくれる。そしていつでもそばにいて癒してくれる。だから彼のプロポーズを受け入れた。磯村さんにはきっと彼を癒してくれるぴったりのいい人が見つかると思う。さようなら!


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― 新着の感想 ―
[良い点] ありません。 [気になる点] 私は主人公の女性が好きだったのですが この話で嫌いになりました。 理由は磯村に止められていたら山路からのプロポーズを承諾したのに磯村に止められたら破棄する思…
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