6話 冒険者組合にて
エイリを抱きかかえたままルエンはハーセリアの国境を越え隣国のリィンデルアに行く為に自身が所持している冒険許可証の扶養欄にエイリを登録手続きをすべく冒険者組合に訪れた
まだ昼間なので冒険者組合の建物内には掲示板に貼られているクエスト一覧からクエストを選ぶ者や複数ある受付カウンターで達成したクエストの報酬を受取る者達が数十人いたのだが、エイリを抱きかかえたルエンを見るなりざわざわと周囲で困惑に近い騒めきが起こる
元々冒険者組合で幼児を見ることが稀なのもあるだろうが、冒険者としての腕は立つがギルドに加入せず普段から仕事を単独で遂行しそれが済めば一人酒を煽るくらいしか人生の楽しみが無いような男が幼児を抱きかかえているのだから無理もない
そんな騒めきなど気にも留めずルエンは空いている受付けカウンターに自身の冒険許可証とラシィムが作成した書類が入った封筒を提出した
「…娘をリィンデルアに連れて行くのでな、娘の身分証明書のかわりに冒険許可証の扶養欄に娘を登録してくれ。」
「分かりました。書類を確認しましたら娘さんに簡単な質問をしますのでそれまで暫くお待ち下さい。」
胸元の名札にアリスと書かれた受付嬢がルエンの冒険許可証と書類を受け取ると奥の部屋へ入っていった
呼び出されるまで2人は長椅子に座り待っていた
暇を持て余したエイリは座りながらその辺にいる冒険者達の顔を眺め始めた
「どうした?」
「んー、カナムにきたときにわたしを孤児院につれていってくれたシェナンさんいないかなーって…。」
死霊の森を抜けた日、行き場の無かったエイリにラシィムが運営している孤児院を紹介しただけでなくそこまで連れて行ってくれたシェナンは冒険者だったので冒険者組合に来ればシェナンがいるかもしれないと思っていたがシェナンらしい冒険者の姿は見えなかった
「シェナンさんにお礼いいたかったのになー…。」
「あの落ち着きの無い犬のような男か…、だがお前が世話になったのなら俺からも礼を言わねばな。」
長く冒険者をしているからかルエンはシェナンを知っているようだが苦手な相手なようだ。
その証拠に目付きと声からしてマフラーで隠している口元は苦虫を噛み潰したような表情になっているに違いなかった
「あの、ルエンさんの娘さん…えっとエイリちゃんで良いんですよね?お話を聞く準備が出来ましたのでエイリちゃんを少しお借りしますね。」
先程ルエンの冒険許可証と書類を受け取ったアリスではなく、胸元の名札にルーシーと書かれた冒険者組合の職員をしている女性が2人の元に来た
「そう固くならずとも簡単な質問しかされん。」
知らない人間に話しかけられ無意識に着物の裾にしがみついたエイリをルエンは奥の部屋に行くよう促す言葉を掛けた
渋々とエイリはルーシーに手を引かれ奥の部屋へ行くのだった…
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ー何がどうしてこうなった…
ルーシーに通された部屋で先程のアリスという受付嬢が泣いている姿を見たエイリの内心の第一声がこれだった
アリスがこの状態だったから同業者のルーシーにエイリをこの部屋へ呼ぶように頼んだのだろうと理解した
取り敢えずエイリはアリスと対面する位置にある椅子に座り、用意されていた猫舌のエイリに有難いくらい程良く冷めた紅茶を一口啜る
17歳の時のエイリは甘い茶類が苦手で茶類に砂糖は入れずに飲む人間だったのでつい同じ感覚で砂糖も何も入れず飲んだ紅茶は噴き出しはしなかったが今のエイリには苦かった。
仕方なく近くにあった砂糖瓶に入っていた砂糖を少々足し、アリスが落ち着くまでちびちびと紅茶を啜ることにした
ふと、アリスが座っている方を見るとラシィムが作成したエイリの経歴が書かれた書類が見えたが元々少々薄暗い部屋でアリスが影となり内容が読めない
「入ってきていきなりびっくりさせちゃってごめんね。この書類を読んでルエンさんがエイリちゃんと再会できて良かったと思ったら泣けてきちゃって…。」
書類にはラシィムの配慮だろうかエイリが孤児院に来る前の記録には精霊隠しの事は書かれておらず
代わりに生まれて間もなく母親は魔物に襲われ死去し、その後エイリを引き取った親戚が生活に苦しくなりエイリを1ヶ月前に奴隷商人に売り飛ばし人目につかないよう死霊の森を移動している途中でエイリは隙を見て奴隷商人から逃げ出した
親族に売り飛ばされたショックと死霊の森で見かけた魔物による恐怖でエイリは記憶喪失になった
カナムに辿り着きすぐシェナンに保護され、孤児院で1ヶ月間生活した後にエイリが生まれる前に母親と別れていた実父のルエンが迎えに来た等と書かれていたようだ
ーより一層話が盛られてる!?
どんな理由があれど「異世界から来た」と知られ相手がそれを信じればエイリを悪用するのではないかとラシィムなりの、もしくはルエンと話し合いながら決めた配慮だろうか
だが、部屋に入ってすぐ号泣していたアリスを見てエイリは以前ラシィムに記憶喪失であることを話した時よりも強い罪悪感を感じた
その後エイリはアリスと孤児院を運営していたラシィムのことやヤヌワの自分に良くしてくれたハンナのことなどをいくらか話して面談は終了した
この面談はあくまで冒険許可証の扶養欄に登録する人物がどのような者かを確認するだけのものらしい
扶養欄に記録し実質使えるようになるのは3週間後だがこの町から国境の門に辿り着くまで充分間に合う期間なのだという
そして部屋から出てルエンの元へ戻ると…ルエンの周りに冒険者が何人も集まっていた。
その中に1ヶ月前にエイリを町で保護し孤児院に連れて行ったシェナンの姿が見えた
「え!?アンタ26だったのか!?」
「…ヤヌワの割に老け顔で悪かったな。」
26というのはルエンの実年齢らしい…
何故ルエンの年齢の話になったかというと
エイリが奥の部屋へ行った後、そこそこ彼と交流があった冒険者達がルエンに子連れになった経緯を質問しまくり
その途中でシェナンがクエストの報酬を受け取るべく冒険者組合に戻ってきたところをルエンが呼び止めエイリを保護した件に関しての礼を言った際に…
「エイリっておっさんの娘だったのか!?どこをどうやったらこんなおっさんから可愛い娘が生まれるんだよ!?」
と驚かれたのだ
まだ20代後半だというのにおっさん呼ばわりが気に入らなかったルエンが実年齢を言ったらまたシェナンから驚愕されたという
ーゴメンおとうさん、少し若く見ても32か3くらいだと思ってました。それ程苦労したんだね…。
この世界では実年齢より若く見えるというヤヌワは日本育ちのエイリから見てもルエンは少し老けて見えていたことを口に出さないことにしようと心に誓うのだった
「あ!エイリじゃねぇか!」
やっとエイリがその場にいることをシェナンは気づいたようだ
「シェナンさんおひさしぶりです!」
エイリは笑顔でシェナンに1ヶ月ぶりの再会の挨拶をした
「相変わらずちっちぇけど元気そうだな!あれから気になってはいたが会いに行けなくでゴメンな。」
1ヶ月の間カナム付近は以前と比べたら繁殖力はあるが弱い魔物の数は減ったが逆にその魔物が隣町に流れて行ったので討伐に駆り出され今日偶々エイリの様子が気になったからシェナンはカナムに戻って来たのだという
「でも今日あえてよかったです。おとうさんとリィンデルアにいっちゃったらシェナンさんにお礼をいう機会がなくなっちゃいますから。」
エイリはシェナンに父親のルエンと一緒に隣国リィンデルアに渡って暮らすのだと話した
「そうだよなー、リィンデルアの方がエイリには安全な国だもんなー。行く途中は魔物が多くでるルートもあるけど、このおっさんアホみたいに強いから大丈夫そうだな。」
「だから、おっさんはやめろ…。」
ルエンはまた呆れ顔で深い溜息をはいた
シェナンに1ヶ月前の礼を言い別れた後、ルエンはエイリと"これまで"の話を聞きたいと他の宿屋と比べ防音対策が施された冒険者組合の施設内にある宿泊部屋を借りる手続きをし手配された部屋へ向かった…
日本育ちのエイリ嬢から見てラメルの人は実年齢より5歳老けて見えてます。
なのでラシィムも実はルエンと同年齢くらいだったりします
あと、今のエイリ嬢の話し方をひらがな多めにして子供らしい話し方を目指してみましたが難しいですね…
心の中の声は17歳のエイリだから楽なのですが