5話 孤児院との別れ
部屋に戻ったエイリはベッドの下にある収納箱に入っているノートや鉛筆といった勉強道具や着替え用にもらった服(男児のお古)を入る量は冒険者用には及ばないがショルダー型の魔法鞄に詰めていく、これもラシィムから餞別に貰ったものだ
ーそういえば…向こうのお義父さんどうしてるかな…。
エイリの実父ルエンと出会い日本で暮らしている義父を思い出していた
エイリの瞳の色が変わり距離ができる前から義母以上にまともに接したことがなかった、褒められたり頭を撫でられたこともなかった。今では…義父の顔すら覚えていない…。
仕事で常に家に居なかったのもあるが偶に居ても何処かに遊びに連れていかれることも無ければ保育園で父の日の似顔絵で義父を描いて見せても『そうか』か『後で見る』としか言わずそれっきり、だったなとエイリは思い出していた
今思えば瞳の色以前に血が繋がっていなかったからそういう態度だったのだろうと納得ができた
コンッコンッ
「私だけど、入っても良いかしら?」
扉をノックする音とハンナの声が聞こえた、断る理由もなければ孤児院から出る前にハンナに今までの礼を言いたかったのでエイリは承諾する
「お父様が迎えに来てくれて良かったわね。」
「うん…。」
リィンデルアに辿り着けるかどうかより父親が異世界で育った異質の自分を受け受け入れてくれるのか
母親とは結婚をしていたわけでなく若気の至りで生まれてしまった自分を結局は捨てていくのではないか
自分で父親についていくと選んでおきながらエイリは不安だった
「不安なのね…大丈夫よ。あの人はあなたを絶対見捨てたりしないわ。あなたが"帰ってきた日"から必死にあなたを探していたはずよ。」
「え…?」
何故ルエンだけでなくハンナまでエイリが異世界から帰ってきたことを知っているのだろうか
「ハーセリアでは大きい街に行かないと精霊の声を聞ける人がいないからカナムでは騒ぎにはならなかったけど、エイリが来た日ね精霊達が大騒ぎしていたのあなたは"特別な子"。あなたの顔を見てすぐ分かったわエイリの顔は小さい頃の…"フィリルル"にとてもよく似ているから…。」
ハンナ曰くエイリが孤児院に来た日、滅多に喋らない周囲にいる精霊達が『愛し子』の娘が帰って来たと大騒ぎしていたという
ハンナの言う"フィリルル"というのはエイリの母親の名前のようだ
ーそっか…ハンナさんは『愛し子』を苦しめていた貴族の生まれだったから私のお母さんを知ってるよね…。
互いに貴族の生まれなら貴族の子供として顔合わせなどで貴族出身だったという『金色の愛し子』と呼ばれたエイリの母親と面識があっても不思議はない
「多分、世界中の精霊達が騒いでいたから王都や大きい街に住んでいる精霊達の声を聞ける人間も大騒ぎして、王都の人間とかは躍起になってあなたを探しているはずよ。」
ハーセリア国王は王都を回復させかつての繁栄を取り戻す為にエイリを必死に探しているかもしれない。
王都の者にエイリが見つかり、城に連れて行かれれば『愛し子』の力が目覚めるまで監禁され、力が目覚めたらヤヌワ寄りのエイリを元奴隷だった『白銀の愛し子』のように扱われるのを恐れたルエンは王都の人間より早くエイリを見つけて仮に『愛し子』の娘と知られても安全なリィンデルアに連れて行くべくエイリを迎えに来たのだろうと…ハンナは推測した
「だって彼はあなたのお母様のことを…」
「…余計な事をベラベラと娘に吹き込むな。」
ドス低く、怒りが篭った声が聞こえた
「…フィリを護ることが出来なかった俺が言えた義理ではないが、フィリを散々苦しめた貴様が娘にフィリの事を話す資格はない…。」
「ええ…親がしたこととはいえあの頃の私もどうかしていたわ…。だけど、私はこの子を傷つけることはしないわ…本当よ…。」
「…ハーセリアの王族貴族の言うことなんぞ"あの2人"を除いて信用できん。」
ルエンの虚ろだった右目には怒りが宿りハンナを睨みつけ、本当は怒鳴り散らしたいのを抑えているのだと感じられた
ルエンとハンナはエイリの母親絡みで因縁があったのだろう…
「…エイリ、支度が終わったのならばもう行くぞ。さっさとお前をリィンデルアに連れて行かねばならんからな。」
ハンナとこれ以上話をするつもりもエイリにこの様子を見せたくないルエンはエイリを引っ張るように連れていく
「あ、あのっハンナさん今までお世話になりました!」
ハンナは孤児院にいる間エイリを快く思っていない職員から庇ってくれた勉強を教えてくれたエイリの母親のことを教えてくれた
もっと丁寧に礼を言いたかったのだがルエンに引っ張られながら言えた礼はこれがやっとだった
それにも関わらずハンナは「いってらっしゃい」と言っているかのように無言でエイリに手を振って応えてくれた
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「…今迄本当に娘が世話になった。礼を言う。」
ヤヌワ寄りであるエイリを引取り、易々とラメルの夫婦に引き渡さなかったことに対しルエンはラシィムに丁寧に礼を言った
「いえいえ、大したことはしていませんよ。種族関係なく子供を守るのは大人の義務ですから。どうか、エイリをよろしくお願いします。」
「…ああ、そのつもりだ。」
「院長先生、今までおせわになりました。」
エイリはぺこりとお辞儀をしながらラシィムに今までの礼を言うとルエンと共に孤児院を後にした
「わぁっ!」
カナムの人通りが多いエリアに入る手前でいきなりルエンはエイリを抱きかかえた
「…お前は遅いだけでなく小さいからな、人混みの中では人攫いの恰好の的だ。酒臭いだろうが我慢しろ。」
ハーセリアは違法にも関わらず奴隷商人や人攫いが横行している程治安はよろしくない
エイリは只でさえハーセリアでは珍しいヤヌワ寄りの幼児だ、少しでも油断すればあっという間に連れ去れてしまう
それを危惧してルエンは人通りがある所ではエイリを抱きかかえながら移動することにしたようだ
ー酒臭い…だけど…
以前シェナンに抱きかかえられた時は冒険者の男らしい匂いがしたが、ルエンの場合はそれよりも普段酒をかなり呑んでいるのか酒の匂いの方が強かった
それでもエイリの体を支える手と着物越し感じる体温でエイリはぬくもりと胸が締め付けられるのを感じた
初対面だったにも関わらず"懐かしい"と思うのは血の繋がりがあったからなのだろうとエイリは思った
そう思いながらウトウトし始めた頃だった
「ちっ、ヤヌワのガキか。」
舌打ちとエイリを侮蔑する声が聞こえた
言ったのはすれ違った兵の格好をした2人組の男のうち1人だった
ーうわっ感じ悪っ!
無表情ながらもエイリは相手に対して内心で悪態をつく
2人の男達はそのまま孤児院がある方向へ歩いていった
ルエンは気にもとめずエイリを抱きかかえながら歩いていたがあの男達の服装と相手の向かった先を見て相手の"目的"を知り内心では嘲笑っていた
本当は4話の内容の一部だったのですが長いので5話に分けました
男の人の匂いの表現って難しいです




