4話 隻眼の剣客 ルエン
このあたりからヤヌワに「""」をつけるのをやめます。3話の方についているのも時間があればこっそり微修正致します
「…この孤児院にエイリというヤヌワの娘がいると聞いた。娘を引き取らせてもらいたい。」
エイリが孤児院に来て1ヶ月を迎えた頃だった、エイリを引き取る為に1人の男が孤児院に訪れた…
「エイリ、ちょっとおいで…。」
ラシィムが朝食を終えたエイリを呼び止め、院長室に連れて行った。
院長室に入ると険しい顔つき、一つに結んだ黒髪、弁柄色の眼、義眼だろうか僅かに色の違う左眼には幅がある一本の傷跡があり顔半分を灰色の布製のマフラーで隠し口元はどうなっているのか分からないが着物風の服装をした男が応接椅子に座り、男の前にある応接机にはラシィムに預けていたエイリの腕輪と砕けた透明の破片が置いてあるのが見えた
男の年齢は見たところラシィムと同世代のように見える…。
ー腰に刀も差してある…異世界にもサムライっているんだ…。
時代劇などの侍と違い下駄や足袋ではなくレザーブーツを履いていたが、『スティリア』に着物のような衣服や刀といった武器があるのにエイリは驚いていた
「エイリ、この男の人を知ってるかな…？」
とラシィムに言われるもエイリが『スティリア』に来て1ヶ月の間に知っている人物はエイリをこの孤児院に連れてきた冒険者のシェナンとこのラシィムが運営している孤児院にいる職員や孤児達と里子を迎えようと孤児院に足を運んで来た夫婦達くらいで、その中にこの不逞浪士のような男を見た記憶などあるはずもなかった。
「知らない人です…。」
エイリは院長室にある椅子に座り、この男と向かい合って見ると目付きは鋭いのに生身の右眼は左の義眼の方が生身なのでは？と思うほど虚ろに見え
それ以前にこの男そのものから"生"というものが欠けているような印象があった
「…エイリが生まれる前に母親とは別れていたのでな、互いに初対面だ。」
低い、口を隠すようマフラーを巻いているからかくぐもった声だった
「この人は…君の本当の父親だと君を迎えに来たんだ…。」
ー本当の…父親…？
本当の父親だと言われても唐突過ぎていくら精神が17歳の元女子高生だったエイリでも理解が追いつかない
このルエンというエイリの実父と名乗った男はハーセリアの王都に住まう貴族令嬢だったエイリの母親と恋仲だったのだが、当時のハーセリアは血筋と生まれた順序で将来が全て決まる国だった。元奴隷のヤヌワで城の討伐隊勤めのルエンは別れざる得なかった
それから間もなくエイリの母親の実家は王都での精霊の怒りが原因で没落し王都から逃げ出した。
エイリの母親は長年行方不明だったのだが、今になってルエンの知り合いがこの孤児院でエイリの姿を見て、彼がかつて別れた恋人が生んだ子供ではないのかと知らせてきたので確認に来たのだという。
そして今、実子だと確証を得たのでエイリを実父として引き取りに来たというが…
「今この子の母親は…？」
「…娘の事を俺に託して死んだ。」
ルエンはその友人に恋人が危篤だと知らせを聞き駆け付けた後に恋人を看取った。
そこでエイリが生まれていたことを聞いたが、彼の恋人が死ぬ数日前にエイリは"精霊隠し"に遭い行方不明になっていた。
恋人は最期に身籠った事を隠しルエンの前から消えた事を謝りエイリを見つけたらルエンに育てて欲しいと遺言を残し小途切れたのだという
「そうでしたか…。"精霊隠し"に遭ったからエイリは変わった物を身に付けていたのですね…。」
"精霊隠し"、これはエイリがいた日本でいう神隠しと同じもの
精霊の悪戯で遠く離れた国や滅多にはないが最悪、異世界に飛ばされることがある
異世界に飛ばされ運良く『スティリア』に帰還した者は不思議な服装や所持品を所持しており記憶喪失になっているのだという
そこでラシィムはエイリに死霊の森にいた以前の記憶がないこと、『スティリア』では見たことがない服装や携帯電話を持っていた理由を理解した
だがそれよりも…
ーやっぱり…私のお母さんは死んじゃってるんだ…。
エイリはルエンの言葉で母親が『金色の愛し子』であり故人であることを知る
薄々会うことは叶わないかもしれないと感じてはいたが事実を知るとショックだった…
「事情は分かりましたが…、それでも…。」
エイリの実父と名乗って来たとはいえ独身の見るからに粗暴な男にエイリを引き渡すべきかラシィムは迷っていた
「…俺とエイリが親子だと証拠は見せた、文句はないはずだ。」
「ええ…、確かにこの子が持っていた腕輪とあなたが持っていた腕輪の破片は同じ物でしたけど…。」
ラシィムがエイリを院長室に連れて来る前、ルエンがエイリの実父だという証拠として砕けた腕輪だった物をラシィムに見せ、ラシィムが預かっていたエイリの腕輪と比較し"鑑定スキル"で鑑定した結果、同じ素材で出来ていることが判明したのだという
何故エイリが所持していた腕輪と同じ素材の腕輪をルエンも持っているのかというと、この腕輪は結婚腕輪と呼ばれる物、エイリの母親とルエンが別れ際に結婚ができないのならせめて結婚腕輪だけでもと交わした物だった
エイリが長年暮らした世界では結婚相手に結婚指輪を渡す風習があるように『スティリア』では結婚相手に腕輪を送る風習がある
結婚腕輪の素材は様々で上流階級となれば芯になる物に金銀のメッキを施し宝石を装飾したり、冒険者なら上級レベルの魔物から採取した皮や骨で作成された物などがある
「…何が何でも娘をリィンデルアへ連れて行く。ハーセリアに残して娘に何かあったら…あいつに顔向けができん…。」
ハーセリアの隣にある国、リィンデルアは真っ先に奴隷解放を訴えた国でハーセリア国民のラメルには少々辛辣だがラメルとヤヌワ、亜人がより良い関係で共存している国だ
「エイリ、国境を越えることはまだ幼い君には危険な旅になるだろう。このまま孤児院に残っても私は構わないのだが…。君はルエンさんについて行きたいかい…？」
この孤児院があるカナムから隣国のリィンデルアへ続く国境は以前エイリがいた死霊の森を1週間掛けて抜ければ比較的短期間で辿り着くが、エイリがカナムまで歩いてきた方向と逆の道は進めば進むほど強い魔物も多くなり、国境を超える為だけに森を抜けようとする冒険者はまずいない、高レベルの冒険者と回復魔法が使える者でパーティを組まなければ森を抜けるのは不可能である
他の方法は1ヶ月以上掛けて"竜車"を利用し乗り継ぎながら国境を目指す方法、道中は魔物だけでなく野盗の襲撃を受けたり国境までの道のりは困難だが死霊の森を抜けるよりマシだという
ルエンはやはり後者の方法でエイリをリィンデルアへ連れて行くようだ
ラシィムはルエンという名と特徴で彼が『隻眼の剣客 ルエン』と呼ばれる凄腕の冒険者であるのは分かったが、それでも幼いエイリには厳しい旅になるのは確かで無事に国境を超えられるか心配だった
このまま孤児院で成人を迎えてもヤヌワ寄りのエイリがハーセリアで生きて行くのは難しい。その時は孤児院の職員としてこのまま院に残っても構わないと提案をしたが
重要なのはエイリの意思だ
ー見た目は怖い人だけど多分…悪い人じゃない…。
エイリは魔物もいなければ紛争にすら縁のない国で長年育った為、顔に大きい傷跡があるルエンが始めは怖かった
僅かながらの"違和感"を感じるが彼の話す事情はエイリが『愛し子』の娘であることをラシィムに迷惑を掛けない為に隠しているのだと感じた
エイリは異世界から来たことを『スティリア』にの人間には誰にも話していないにも関わらずルエンはエイリが異世界から来たことを知っていた。
だから、ルエンについていけば自分の知りたかったことを知ることができるかもしれない…
「おとうさんと一緒にリィンデルアにいきたいです…。」
エイリは父親のルエンと隣国リィンデルアに行くことを決めた
「あなたにこの子を引き渡します…。簡単なものですみませんが今からの書類を作成しましょう。書類とあなたの冒険者許可証を持って冒険者組合で手続きをすればこの子の身分証明書代わりになる筈です。」
国境を越えるには身分証明書が必要だ
身分証明書は大きな街にある役所で申請すれば発行ができるのだが、発行するには保護者や保証人の同伴もしくは身分を保証する書類が必要となる上に申請が承認されるのに時間も掛かる
冒険者であれば冒険許可証を得たうえで国境通過許可申請が承認された後に身分証明書代わりになるが、年齢が満10歳にならなければ冒険許可証を発行することができない
まだ7才のエイリは冒険許可証を発行することができないので、ラシィムがエイリの大まかな特徴と経歴を書いた書類に院長印を押した物を冒険者組合でルエンの冒険許可証の扶養欄にエイリを登録申請し承認されればエイリの身分証明書としても兼用が可能になる
「そうして貰うと助かる。」
ラシィムは机から養子縁組承認に使用している書類を取り出し、エイリの特徴や経歴を書き始めた
その間、エイリは部屋に戻って荷物をまとめるよう言われ部屋へ向かうのだった
物語のストックを書いている最中に登場させるタイミングがめちゃくちゃ迷ったルエンをやっと登場させることが出来ました。
エイリ嬢父子家庭生活スタートです。
ルエンの呼び方はエイリ嬢の好感度や成長ごとに変化していく予定です
