38話 恋のハードルは割高です
エイリが木の器に盛ったプリンを2人分と黒蜜が入った陶器製のミルクピッチャーを盆に乗せて団長室に持ってきた。
「このプルプルしたもんは何て菓子だ…?」
団長室にある応接用テーブルにプリンを置くとザンザスが質問した。
ザンザスは貴族時代に実家や招かれた屋敷で菓子職人が作った数々の菓子を目にしてきたがエイリの作った菓子は初めて見るものだった。
「プリンという卵、牛乳、蜂蜜をまぜた液を蒸して固めたお菓子です」
「「「ムシ…?」」」
『スティリア』には『蒸す』という調理法は存在していないらしい。
ザンザスとイアソンどころかルエンまでよく分からないという表情だった。
「えっと、水を沸騰させたときにでた湯気の熱を利用して食材を調理する方法です」
と『蒸す』とはどういうものかエイリなりに考えて3人に説明した。
「で、この黒い液体は?」
「これは黒砂糖を水といっしょに煮てつくった黒蜜というシロップです。まずはプリンをひとくちたべて甘さが足りなければこれで甘さを調節してください」
日本で飲食店のアルバイトをしていた経験があるからかエイリの説明がだんだんと店員のような口調になっていた。
取り敢えず、ルエンとイアソンの2人は普段スープを飲むのに使う木製のスプーンでなく金属製の小さなティースプーンでプリンをすくい口に運ぶ。
柔らかくなめらかな食感、卵と牛乳に蜂蜜の優しい甘みが口の中でじんわり広がり添えられた黒蜜を少しだけ掛けて食すと甘みが増すだけでなく黒糖の香ばしい風味も加わる。
黒蜜の材料となる黒糖は少々高い甘味料ではあるが、プリン自体が卵、牛乳、蜂蜜とどこの家にでもある食材で作られているにも関わらず本当にこれだけなのかと疑いたくなるほどの逸品だった。
「「うまい!」」
スイーツを食すイメージから程遠い男2人が同時に言った。
「殆ど貰ってきた物だけで金持ちの女や子供が好みそうなものを作るとは大したものだ」
エイリが作ったプリンを食したルエンは褒めるように感想を言った。
「偶に貴族の屋敷にお呼ばれして菓子職人が作った菓子を食うことがあるけどこっちのほうが甘さがしつこくなくて食いやすくて美味い!」
イアソンは今は魔法義手をつけているが魔脈調律の旅で『双剣のイアソン』と呼ばれるようになった英雄ので今でも時折旅の話が聞きたいと貴族の屋敷に呼ばれ食事を振舞われる際に出される菓子職人が作った菓子よりエイリが作ったプリンの方が凄く食べ易くて美味いという感想。
2人はがっつかずちびちびと味わいながらプリンを食べていた。
「すまん、やっぱり食べたくなってたきた。オレの分を持ってきて貰っても良いか?」
エイリが作ったものとはいえ甘党ではないルエンが絶賛しているのを見てプリンを食べたくなったようだ。
すまんと言ったのは持って来させる手間をかけさせるのをザンザスは申し訳なく思っているらしい。
「おかわりもついでに良いか?」
「俺のも頼む」
イアソンはプリンが気に入ったようだ。
ルエンはやはり愛娘エイリが作ったものだからかおかわりを頼んだ。
「はーい」
とエイリは返事をすると団長室から出て食堂へ向かって行った。
「いやー、エイリちゃんがスオンに教えたスープも美味かったがまさか貴族の菓子職人より美味い菓子まで作れるとは凄いな」
「あいつが育ったニホンという国はこちらより美味い飯が多かったらしいからな。恐らくまだまだ色々作れるぞ」
愛娘を褒められたルエンはいつもより機嫌の良い表情と声で言った。
だがイアソンの『ある一言』でルエンの機嫌が一転する…。
「なぁ、エイリちゃんを将来うちの息子の嫁にくれないか?」
この一言をイアソンがいうとシンっと時が止まったというより空気が凍りついた…。
特に外見だけ幼い愛娘を嫁にくれと言われたルエンは数秒のあいだ理解が追いつかず表情が固まっていたがイアソンが言ったことを理解すると…。
「オークどころかレッドボアすら倒せん餓鬼に娘を嫁にやる訳がないだろ!」
ルエンはダンっとテーブルを乱暴に叩き娘をやらん!とイアソンに怒鳴った。
「今はそうでも将来は副騎士団長くらいになってるかもしれないじゃないか!」
イアソンは息子が将来副騎士団長くらいの実力になっていればルエンも文句を言わないだろうとハロルドはまだ新人騎士にすらなっていないというのに言う。
「まぁ、確かにハロルドが将来それくらいになっていればエイリは悪く扱われないだろうけどよ。結婚どころか婚約話はまだ早いだろ…」
エイリが『愛し子』の娘であることを抜きにしても今まで仮拠点で作ってきた料理と付加効果が目的で近づく者はこの先増えていくだろう。
その中で特に厄介なのは各王国に属す貴族だ。
各王国の者と結婚してしまえばエイリをその国に縛り付けることが出来ると貴族の三男や四男など貴族の家に居場所が無いに等しい者を利用する輩も将来現れるだろう。
それよりなら見知ったエイリと仲が良いハロルドと婚約してしまえば多少はマシになるだろうとイアソンなりのエイリが各王国に存在を知られた場合の対策なのだろうとザンザスは感じ取っていた。
「それでも結婚相手はエイリ自身が年頃になってから選ぶべきだ」
「ハロルドは将来きっとエイリ好みのイケメンに育ってるはずだから婚約だけでもさせよう!」
結婚や婚約は親同士の取り決めはすべきではないとルエンは言ったがイアソンは今の時点で料理上手の上に母親似の美人に育つだろうというエイリを息子の嫁に是非迎えたいと引き下がらない。
結局暫く2人はザンザスの制止も聞かずギャンギャンと娘を嫁にくれと娘はやらんと言い争っていた…。
ーすいませんごめんなさい。三次元の男に微塵もトキめかないんです☆なんて口が裂けても言えないわー…。
『エイリを息子の嫁にくれ』までは聞いてはいないが団長室からダダ漏れとなっているルエンとイアソンの2人が言い争っている内容から自身の婚約話関係ということを察したエイリは団長室に入るタイミングを伺っていた。
日本にいた頃のエイリはテレビに登場する周囲ではイケメンの部類に入る男性だろうが関係なく冷めた目で見ている一方で、ゲームに登場する二次元の男性相手にしかトキめかない少女だった。
これを知っているのはエイリを裏切ったたった1人しかいない男友達のみであるがそれでもこの男友達の前でキャッキャっと男性キャラ語りをしたことは無い。(この親友にも一切トキめかない)
理由はエイリが頻繁に罰ゲーム目的に異性告白をされることが多かったからだ。
エイリ本人気付いていないが少々ハーフ顔だったからかその理由で一部の男子からモテており中には本物の告白も混じっていたのだがそのような目に何回もあえば三次元の男から寄せられる求愛というものに対して生理的に嫌悪の対象となってしまっていた。
ー二次元といえば異世界に来る前に初めて予約注文した乙女ゲーム結局できなかったんだよなー、ちくしょうっ!
エイリが二次元の男性を好きになる基準はキャラクターデザインではなく声である。
アニメやRPGゲームに良く出演している声優でエイリが長年好きな声優がいる。
この声優が出演している乙女ゲームでキャラクターデザインまでエイリ好みの作品があるのだがその登場人物はダブルスパイという設定で攻略キャラクターでもなければどの攻略キャラのルートに進んでも最終的に死んでしまう人物だったので今まで手を出さなかった。
それがやっとゲーム情報誌を読んだ時にその人物が攻略キャラクターに昇格したと知り予約手続きをした途端に精霊王による強制帰省である。
異世界の生活は日本での暮らしと比べれば家族と再会できた、やり甲斐のある仕事や勉強、クゥやクロを存分にモフれるなど充実した生活を送っているのだが、せめて件の乙女ゲームで本命キャラルートをクリアしてから帰省したかったというのが本音だった。
エイリはそのようなことを団長室があまりにも騒々しくてハロルドとカインの2人が様子を見に来るまでの間、現実逃避の如く考えていた。
「なに小さな子供を困らせること言ってるんだバカ親父!」
父親達の言い合いの所為で部屋の中に入れずエイリが困っているように見えたハロルドは団長室の扉を開けイアソンを怒鳴った。
これがハロルドとイアソンの数ヶ月振りの親子の再会となった。




