32話 洋風玉子おじや
「うちの診療所には魔力を回復させる薬はないからねぇ…」
ルエンを診察した診療所の町医者が申し訳なさそうに言った。
ルエンが蒼い炎でオークの群れを一掃した後、援軍で駆けつけたアビリオと町の男達は2人の返り血塗れの体、胴体が切断・頭部が潰れたオークの死体の他に炭化したオークの死体を見て男達は驚愕していた。
オークの死体の処理と残党確認をアビリオと男数人に任せ、ルエンとまだ気を失っているグランドンの手当をすべく何人かの男の肩を借りながら町へもどると真っ先に診療所に運ばれた。
ハラスのような小さな町に限らず診療所というものには治癒師はいない。
治癒師が診療所にいないのは治癒魔法を使える者自体が少数だからだ。
なので診療所では魔法は使えないが医療の心得がある者が医者として診察し治療をしている。
医者は2人の症状を診察しそれに合わせた治療を看護婦と処置していく。
グランドンは炎症を抑える効果がある種子をペースト状にすり潰したものをガーゼで包み強打した背中にあて固定するように包帯を巻かれ診療所のベッドで寝かされた。
ルエンの場合は負傷はないが何度も戦闘スキルを放ち突如発揮した魔法を使ったことで体力と魔力両方の消費が激しすぎて意識を保つのがやっとの状態だった。
体力はポーションか煮出した薬草、魔力はエーテルがあれば回復できるのだがポーションとエーテルはこの町では下級のものでも手に入らない回復アイテムだ。
他に体力と魔力を回復させる方法は食事と睡眠を取るという原始的な方法しかない。
ルエンはエイリを安心させる為に仮拠点へ帰るとゴネたがまともに歩ける状態ではなかったので診療所にある患者服に着替えさせられると診療所のベッドに寝かされた。
気力が限界だったルエンはベッドに寝がされるとすぐ意識を失った…。
「わたしもおとうさんのところにいきたい!」
仮拠点に貼られた紙を見て救援に行った男の1人がエニシ屋にルエンとグランドンの容体を知らせに来た。
スオンが2人の着替えとエイリが作ったミントティーを水筒に詰めて診療所へ向かおうとするとエイリはルエンの無事を自身の目でどうしても確かめたいと自分も診療所に行くと駄々をこねた。
「ルエンさんは体力の消耗が激しくて休んでいるだけですから…。今日はルエンさんをゆっくり休ませてあげましょう」
ルエンは愛娘の前で無様な姿を晒したくないと辛くとも無理して起き上がるだろうとルエンのことを熟知しているスオンは落ち着かせるようエイリに言ったが「ちゃんと静かにするから」と言って納得しそうに無かった。
「きっと2人とも目が覚めたら空腹だと思いますから消化に良いスープなどを一緒に作りましょう」
エイリと一緒に作った食事をスオンが診療所に持っていくと提案してエイリはやっと渋々ながら納得するのだった。
「おじやという料理はリゾットと全く違うんですね」
4人と2匹は仮拠点に戻り、エイリはスオンと台所で診療所にいる2人が元気になれるような料理作りに取り掛かる。
今回作るのは消化も良い病人食で定番のおじやだ。
『スティリア』にはエイリがいた世界同様にリゾットという洋風の米粥のような料理はあるがリゾットとおじやは作り方が全く違う。
リゾットの場合は研いで水切りした米をニンニクで香り付けした油で半透明になるまで炒めてから具材とスープを加え煮て作るがおじやは米を炒めず冷やご飯が無ければ研いだ米をそのまま鍋で具材とスープで煮て作られる。
一見おじやの方が手抜きに見えるが米を炒めない分あっさりしており胃に負担も少なく病人の食事向けなのだ。
スオンに人参、玉ねぎを少し細かく切って欲しいとお願いしエイリはその間に米を研ぐ。
今回は2人分のおじやで使う白米の量は少なく幼児のエイリは1人で米を研ぐことができた。
仮拠点で炊く米にはいつも大麦を混ぜているのだが今回のおじやに大麦は混ぜない。
手頃なサイズの鍋に研いだ米と切った野菜、冷蔵庫に保存していた竜鳥の骨と野菜の皮で出汁をとったスープを入れて米が柔らかくなるまで煮る。
米が柔らかくなったら塩で味付けし溶いた竜鳥の卵を流し入れ沸騰したら卵をふんわり食感にしたいので蓋を閉めて火を消した。
卵に火が通ったら洋風チキンおじやの完成だ。
作り方は日本のおじやだがスープには和風出汁を一切加えず竜鳥の骨と野菜の皮で出汁を取ったチキンコンソメ風の物を使用した為洋風である。
【料理名】チキンおじや
HP +70回復
ステータス異常 毒回復
【説明】ライスに竜鳥と野菜で作られたスープの旨味がギュッと詰まった異国の製法で作られたリゾット。
とエイリが完成したおじやを鑑定するとこのように表記されていた。
おじやは病人向けの食事であるからか解毒効果が付加されている。
スオンはエニシ屋ハラス支店の店員にエイリ達のことを任せると2人の着替えとこの完成した洋風おじやを持って診療所へ向かった。
「ルエンさんおかげんはどうですか?」
スオンが診療所に来た時には2人とも目を覚ましていた。
グランドンは強打した背中がまだ少し痛むぐらいで元気そうに見えたが、ルエンの方は生命の源とも呼べる魔力がまだ回復しきっておらず顔には血の気がなく起きているのも辛そうだ。
「エイリさんと一緒に作ったリゾットも持って来ましたが食べれそうですか?」
スオンがおじやをリゾットと言ったのは『スティリア』では聞きなれない料理名を町医者に聞かれても不審に思われないようにする為だった。
「…後で食べる」
と短くルエンは答えた。
スオンは診療所に2人の着替え、水筒に詰めたミントティー、エイリ特製おじやを置いて仮拠点へ戻って行った。
「診療所でもお嬢の飯が食えるとは思わなかった!」
「…煩い。お前は怪我人の癖に黙って飯も食えんのか」
診療所で出される食事は塩で味付けされただけの米が入っていない雑穀粥だ。
その雑穀粥を出されることを覚悟していただけにエイリ特製のおじやにグランドンが感激しているのとは対照的にいつも以上に不機嫌なルエンは怪我人の割に元気なグランドンを煩わしそうな表情で睨む。
グランドンはルエンの嫌味を無視してエイリ特製のおじやをうめぇー!と言いながら食していた。
ルエンも体力と魔力の回復を少しでも早めるためにエイリ特製のおじやを口に運ぶ。
軟らかく煮られた米には野菜の風味だけでなく肉が入っていなくとも竜鳥の旨味を感じ、魔力を消費し冷えた体がゆっくりと温まる感覚があった。
ー普通なら捨ててしまう部分を本当に上手く使う…。
エイリは一般的に料理の際捨ててしまう動物の骨や野菜クズを活用して美味いスープの出汁にしてしまう知識にルエンは感心していた。
以前エイリが話していた異世界には粉末出汁の他に『スティリア』には無い肉や野菜の風味があるスープを簡単に作れる粉があると言っていた。
この骨と野菜クズを使ったスープはその粉が無い代わりなのだとも話していたのをルエンは思い出す。
ー使い慣れたものが無ければ自分で考えて作ろうとするとは一体誰に似たのやら…。
ルエンも必要なものが無ければ自分で作ってしまう人間なのだが当の本人はそんなことも気付いていないようだった。
ルエンはじっくりと味わいながらエイリ特製のおじやを食していた。




