27話 消えた加護
ピピピッ
6時半に目覚ましが鳴るよう設定された携帯電話が電子音を発する。
エイリは携帯電話の目覚まし音を止めるボタンを押すと起きるのでもなくまた眠ってしまった。
5日前からアビリオと一緒にクロの散歩をしながら町の市場で買い物をするなどして外出するようになったので以前より疲れも溜まっていたのかエイリはただ条件反射で携帯電話を止めただけで起きる気配がなかった。
「ピュィ♪」
エイリが目覚まし時計で起きない時はクゥの出番だ。
はじめはエイリの耳元でクゥが可愛らしく鳴き優しく起こそうとしたが鳴き声だけでは起きる様子はなかった。
「ぶっ!」
起きぬエイリに痺れを切らしたクゥはエイリの顔面に狙いを定めダイブし突然顔に衝撃を感じたエイリはやっと目覚めた。
「クゥ~、おこしかたがざつだよー…ふぁあ~」
エイリは大きく欠伸をした。
ここまではそんなに変わらないエイリの仮拠点で迎える朝だった。
ただこの日、エイリは『何か』が自分の中で欠けているような違和感を感じた。
その違和感の正体は精霊に関しての常識と知識には無知のエイリには気付くはずもないものだった…。
「今日の飯も美味そー!」
エイリが一通りギルドの仮拠点にいつもある食材で応用できる朝定番メニューをアビリオに教えたので最近の朝食は完全にアビリオに任せている。
この日の朝食は麦飯、エノルメピッグの塩漬けを使ったハムエッグ、野菜がたっぷり入った味噌汁。
そしてクゥと新しく番犬として加わったクロの食事はエイリが前夜のうちに作った犬に食べさせてはいけない玉ねぎが抜かれた竜鳥のつみれ汁を麦飯にかけた物だ。
クゥの物は塩で味付けをされているがクロは精霊ではなく普通の狼なので無塩の物と分けている。
初日の食事はクゥにはエイリと同じ人間用の食事を与えていたのだがクゥは意外と嫉妬深くエイリがクロの為だけに犬用の特別メニューを作るのが気に入らなかったらしい。
クゥがクロの食事を奪ってしまったりしたので見た目はクロと同じでも味付けだけは人間向きの物をクゥに用意することにしたのだ。(クゥがクロの食事を奪った時はあまりの味気なさに撃沈していた)
一見手間が掛かっているようにみえるがズープのベース自体は同じでクロの分を盛ってからクゥ用に味付けして盛っているので大して手間は掛かっていない。
「今頃団長は美味い飯が食えなくて残念がってるだろうなぁ」
とグランドンが言った。
ザンザスは前日から建設している本拠点の進行状況を確認をしにラニャーナ向かっているので不在。
今回ザンザスが乗車した竜車はエニシ屋ではなくハラスとラニャーナの間にある町にハラスで収穫した農作物を売りに行くのに使用されている竜車だ。
すっかりエイリが日本で覚えた料理を異世界にある食材でアレンジしたものを食べているうちに舌が肥えてしまったようでザンザスは仮拠点から出発する前に「ここのメシが暫く食えなくて辛ぇ…」とボヤいていた。
ー竜車での移動中は調理だけじゃなくて食事に時間なんて掛けられないだろうし今度何か瓶に詰めた調味料でも持たせようかな…。
とエイリは竜車での移動中に便利そうな調味料は何が良いだろうかと考えながら味噌汁を飲んだ。
「ん?どうしたの?ビビだけじゃなくてシンクもめずらしいね」
小さくて今まで気付かなかったがルエンの着物から滅多に出ることがないシンクがエイリの匂いを嗅ぐかのように密着していた。
そしていつもエイリの見える場所にいるビビもいつもより距離が近く鼻をヒクヒクと動いていた。
それが暫く続いた。
気が済むとビビは台所にいるアビリオの元に行き何かを報告しているかのように鳴き、シンクはいつも通りルエンの着物の中にすっぽりと隠れてしまった。
「おとうさんもどうしたの?なんかきょうはビビもシンクもなんかヘンだよ…」
ルエンの表情はいつものように硬い。
だがこの日のルエンの表情はいつも以上に険しく何か只ならぬ異変を感じるものだった…。
「…エイリ、なるべく仮拠点から出るな。出るならアビリオ(もやし)と一緒に行動しろ。そこのチビ猫達もだ」
チビ猫達とは猫耳姉妹を指しているらしい。
常人から見ても恐れられる顔付きのルエンを未だに怖がっている猫耳姉妹は互いに抱き合いながら無言で頷いていた。
「どうしたんだよルエンさん…。いつも以上にピリピリさせて…」
ルエンのいつもと違う様子に他の団員達も只ならぬ雰囲気を感じた。
「…ここ1ヶ月魔物は出てないんだったな?そろそろ"大物"が出るかもしれん。只の冒険者としての勘だがな」
冒険者の勘。
まだ駆け出し当然の冒険者3人は数々の修羅場を掻い潜ってきた先輩冒険者であるルエンが言うのであれば間違いないとルエンの言葉に納得した。
そしてアビリオがいつもは2人ずつペアを組んでの見回りだが暫くは4人で組んで見回りするよう不在のザンザスの代わりに指示を出し、幼児の3人にはアビリオ無しでの外出は禁止と言った。
こうして重々しい空気の中で皆残りの朝食を摂っていた…。
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朝食の後、ルエンは話があると団長室にアビリオを呼び話し合いをしていた。
「…お前も契約精霊から聞いたと思うがエイリから『精霊王の加護』が消えた」
『精霊王の加護』
それは精霊王から『愛し子』に与えられる加護。
精霊界に住まう精霊王が『愛し子』に『精霊王の加護』を送ることで魔物から『愛し子』を護っている。
エイリが今まで魔物と直に遭遇しなかったのはこの加護の恩恵によるものだった。
『精霊王の加護』がエイリから消えたのは精霊界と『スティリア』を繋ぐ経路か精霊王に異常が発生したかのどちらかだと『愛し子』を良く知る2人は考えたが、根本的な原因はこの2人どころか契約している精霊達にも分からなかった。
ただ分かるのは突然エイリが魔物に襲われ命を落とす危険性があるということだけ。
今日に限ってザンザスはラニャーナで建設している本拠点の様子見に行っており手紙でエイリから『精霊王の加護』が消えたことを知らせ引き返してくるにしても今日中に戻ってくるのは難しいだろう。
ハラスで見回るエリアからは角ウサギとレッドボアの幼体が出没するとは聞いていたが『精霊王の加護』無い以上どのような魔物が出るか分からないのだ。
見回りを担当するグランドン、ハロルド、カインの3人の中ではグランドンの攻撃力と防御力は高いが冒険者として実践経験が浅い2人より少し強い程度のもの。
もし普段以上の魔物が出没した場合対処出来る団員はルエンとアビリオの2人しかいない…。
「…エイリ1人で拠点の外に出ることはないと思うが気を付けろ」
仮拠点に待機して2人掛かりでエイリを守護するよりいつも通りルエンは団員達と魔物が出没しやすいエリアを見回りアビリオは仮拠点でエイリと猫耳姉妹から目を離さず魔物の襲撃に備えようとアビリオも同じことを考えているだろうが敢えてルエンは提案した。
1番魔物と遭遇する確率が高いのは見回りをする団員達だ。
団員達が強敵と遭遇し負傷、最悪の場合命を落とせば例えまだ知り合って1ヶ月程の者であっても心優しいエイリの心に深い傷跡が残るだろう…。
ルエンが外からの魔物の侵入を防ぎ、もし町中に魔物が入った場合はアビリオが対処することを改めて話し合い決定した。
「…エイリは『精霊王の加護』どころか『愛し子』のことすらまともに知らん。絶対に話すな」
「アンタに言われなくともそんなの分かってるよ…」
アビリオはブスっとした表情をしながら言った。
この2人は昔、魔脈調律の旅をしていた頃からフィリルル絡みで仲が悪くアビリオに至ってはまるで母親の愛情を取られた子供のように拗ねてルエンからの指示を全くと言っていいほど聞かなかった。
アビリオが今回ルエンの提案を聞き協力的なのは命の恩人であり姉として慕っていた『白銀の愛し子』フィリルルの忘れ形見であるエイリを護る為だった。




