22話 ほかほかのライス
「アビィさん、まほうで『軟水』をだすことはかのうでしょうか?」
「「ナンスイ?」」
スオンが仮拠点に持ってきてくれた米を研ぐ前にエイリは魔法で軟水が出せないか水魔法を使えるアビリオに確認すると軟水がどのような物か分からないアビリオとスオンの声が重なった。
軟水は日本人が好むほかほかの白米を炊くのに欠かせない水だ。
普段飲んでいる井戸水や水道から出る水はカルシウムを多く含み口当たりが固く感じる硬水。
硬水で米を炊いたことは無いが硬水で炊くと固くパサパサの白米に仕上がるとエイリは海外に移住した日本人がブログなどに書いているのを目にした記憶があったので軟水を魔法で出せたならそれを使いたい考えていた。
「えーっと…くちあたりがすごくやわらかくてほっかほかのごはんをたくのにかかせないみずです」
「飲み水なら出せなくはないけど…ちょっとやってみるね」
アビリオは水を入れるのに使うカップを用意すると目を瞑り集中する。
アビリオから薄っすらと青い光が見え、何も入っていなかったコップから水が湧き出した。
「みずがでてきた!まほうってすごい!」
エイリが『スティリア』に来てから今まで目にした魔法はルエンが使う衣服や体を清める生活魔法だったので水が湧き出る魔法は新鮮に見えた。
「くちあたりがやわらかいちゃんとした軟水です!」
アビリオが魔法で出した水をエイリが少し飲んで確認すると日本で飲み慣れた軟水だった。
魔法で水を出すのはとても集中力が必要となるので米を研ぐのに使う水は普段使う水道水にして炊飯に使う水だけアビリオから出してもらうことにした。
軟水確保が終わってからやっと米を研ぐ作業を始める。
仮拠点には計量カップや計りがないので手頃なサイズのコップで生米を計量してボウルに入れ、水道水で生米を研いだ。
研ぎ汁を捨てる作業は水が入ったボウルが重すぎてエイリには出来なかったのでアビリオとスオンが交代してやってくれた。
米を研ぎ終わったらザルで水切りしボウルにもどしたら次は米に水を吸わせる為に暫くアビリオが出した軟水をコップで計量し浸けておく。
米を水に浸けている間に白米に合うおかずを作る。
「生姜焼きっていうの食べたかったなぁ…」
「ごめんなさい…こんどおしえますから…」
エイリ達が仮拠点に帰ってくるまでの間、アビリオはスオンから生姜焼きのことを聞いており食べたがっていたがエイリはここの所エノルメピッグの生姜焼きを連日食べていたので生姜焼きには飽きていた。
生姜焼きの作り方は今度教えるとアビリオと約束した。
「それじゃぁキャベツとにんじん、たまねぎをみそ汁よりすこしあつめにきってください。おにくはうすぎりでおねがいします」
アビリオに野菜をスオンにはルエンが冷蔵庫にいつのまにか入れていたエノルメピッグの肉を切ってもらっている間エイリは小さなボウルに味噌、蜂蜜、少量の水、癖がない酒を混ぜて味噌タレを作る。
今回作るのは野菜が美味しく食べられる味噌野菜炒めだ。
「そろそろおこめもいいかなー」
野菜と肉を切り終わり具材を炒める前に米の炊飯に取り掛かる。
仮拠点の台所には炊飯器どころか土鍋すらないので丁度良さそうな鍋を見つけその鍋で炊飯することにした。
ボウルの水ごと鍋に入れてもらいコンロに火を付け最初は水が沸騰するまで待ち、沸騰したら15~20分ほど米がふっくらするまで加熱する。
鍋の加熱時間を間違えば美味しい白米が台無しになってしまうので正確に炊飯するには時計などが必要だが仮拠点には時計が無く、食堂にはエイリが日本から帰ってきたことを知っている者しかいなかったので携帯電話のタイマー機能を使った。
米を炊飯している間に野菜とエノルメピッグの肉を炒める。
エイリの小さな手ではフライパンを振れないのでアビリオに具材を炒めてもらった。
フライパンに少量油をひき薄切りにしたエノルメピッグの肉を焼き、肉に火が通ったら野菜を加え少ししんなりするまで炒め仕上げに味噌タレを加えて料理に使った酒のアルコールが飛ぶまで炒めたら味噌野菜炒めの完成だ。
ピピピッ
丁度携帯電話のタイマーがなり炊飯が終わったので火を止め、そのまま10分蒸らせばほっかほかの白米が出来上がる。
「とても懐かしい香りです…。実は昔"ある人"にライスを馳走になったことがありましてそれがあまりにも美味しくて方法を教わり自分でもやってみたのですが何度やってもライスがパサパサになるか焦げるかのどちらかでした。水と加熱時間が重要だったんですね…」
スオンが懐かしむような声と表情をしながら言った。
スオンの口振りからして"ある人"の正体は『白銀の愛し子』なのだとエイリは何となく気付いていた。
以前エニシ屋で操竜士をしているセハルからスオンは『白銀の愛し子』と面識があるだけでなく味噌汁の作り方も教わっていたと聞いていたからだ。
恐らく味噌汁の他に白米の炊き方も教わっていたのだろうとこの頃のエイリは思っていた…。
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『ねぇロウ!今日のライスはとても美味しく炊けたの!』
台所から作っていた炒め物の香りに混じりライスの炊ける懐かしい香りで一気にフィリルルが嬉しそうな声と顔で報告してきた姿がルエンの脳裏に浮かんだ。
ハーセリアの王都で暮らしていた頃、フィリルルはヤヌワの故郷を知らぬルエンにせめて故郷の料理だけでもと精霊にヤヌワ料理の話を聞き込んでそれを元に何度も失敗を重ねながらも味噌汁や生姜が使われた料理を作っていた。
料理上手だったフィリルルが唯一、ライスだけうまく炊けず当時米の入手もハーセリアでは困難だったので炊く練習が出来なかった。
急にライスが美味く炊けるようになったのは魔脈調律の旅が終わり2人で隠居してからだ。
米はやはりスオンが『これからもエニシ屋をご贔屓に』と毎回隠居先に来るたび品質が良いものを強引に置いて行っていた。
いくらなんでも毎回タダで米をもらうのはスオンに悪いとフィリルルは美味いライス付きの食事を馳走し、ルエンが怪我をした時に備えて作っていた効果が通常より高くなってしまったポーションを特別に分けたりしていた。
ーそういえばフィリがあの場所で暮したいと言い出したのは水が美味いからだと言っていたな…。
美味い白米を炊く為だったかは分からないがフィリルルは隠居先で採取できる水が飲みやすいと気に入っていたのをルエンは思い出していた。
隠居先で採取できたあの水が正にエイリが話していた美味しい白米を炊くに重要な軟水だったのだろう。
実際ルエンもフィリルルに白米の炊き方を教わっておりフィリルルの死後に他国にてどうにか入手した米を調理したがスオンが調理した時同様パサパサの白米になってしまったからだ。
「おとうさーん、いまつくったおかずはおさけのつまみにあいそうだけどひるからおさけのんじゃだめだよ!ちゃんとごはんといっしょにたべてね」
今は亡き最愛の妻フィリルルのことを思い出しながら物思いに耽っていたルエンの意識がエイリの声で現実世界に戻った。
「…幾ら酒飲みでも昼間からは飲まん」
フィリルルを守り切れず死なせてしまって以来ルエンは喪失感を紛らわせ自分の体を痛めつけるかのように昼夜問わず酒を飲んでいた。
フィリルルが異世界に逃していたエイリが帰ってきてからは酒を多く飲まずとも喪失感が紛らわせていたのもあるが自然と妻が遺した愛娘に醜態を晒したくないと酒の量は減っていた。
「お!?なんかスゲー良い匂いがする!」
「なぁ、俺らの分もある?見回りしていたらお腹減っちまってさー」
エイリ達が白米とおかずを作り終えると丁度良く見回りに出ていた団員達と美味そうな匂いにつられ猫耳姉妹が食堂に集まってきていた。
「ライスをはじめて食ったけどこんなに美味いんだな!」
団員達の多くはリゾットですら米を食したことが無い者が多く炊いた白米の美味さに驚いていた。
そして味噌野菜炒めも絶妙な味噌加減でしょっぱ過ぎず少し厚めに切られた野菜は食感が良く食べ応えもあり普段以上に美味く感じ白米と良く合っていた。
ーフィリが作った物と似ている…。
ルエンはおかずより先に少量白米を口にするとフィリルルが炊いた白米の味を思い出し懐かしさのあまり目から涙が滲みそうになるがエイリが近くにいたので堪えていた。




