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空色の娘は日本育ちの異世界人  作者: 雨宮洪
二章 『愛し子』の娘、ギルド見習いになる
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17話 黒い魔物


エイリが他の団員達と話をしていた頃、ザンザスとルエン、アビリオの3人は"これから"のことを話し合うため団長室に居た。



ザンザスとルエンはアビリオに赤子のうちに死んだと思っていたエイリが異世界(ニホン)で生き延び、向こうの世界で17歳になってから精霊王の力でこの世界本来の姿にまで縮んだ状態でこちら側の世界に戻ってきたことを説明した。


そしてエイリとルエンの正体を他の団員達にエイリにはフィリルルが『白銀の愛し子』、ルエンが『煉獄のロウ』である事実を伏せるように言った。



「元は17歳でもまだこの世界(スティリア)に慣れていないんだ。フィリのことを話すのはまだ早い」


アビリオはエイリにフィリルルの事実を伏せることに納得いかない様子だったがザンザスが無理矢理納得させた。


「じゃあ僕はエイリを部屋に案内してくるから」


三人だけの会議が終わると不機嫌な声と表情でアビリオは言い団長室から退室した。



アビリオはフィリルルを『白銀の愛し子』としてではなく姉、もしくは母親のように慕い尊敬もしていたのでエイリにフィリルルのことを好きなように話せないのが不満なのだろうとザンザスとルエンは思った。



「お前、刀技の腕は訛ってないよな?」


「刀を振るう『だけ』なら問題ない。そういうお前はどうなんだ瞬足は健在か?」



アビリオが団長室から退室してから2人は互いの現在の実力を話し始めた。


ルエンはかつて『煉獄のロウ』と呼ばれた英雄であったが7年前に『黒い魔物』から深手を負わされて以来『煉獄のロウ』という異名の由来にもなった能力を発揮出来なくなっていた。



「5年前に左足をやっちまってな…。どうにか普通に歩くくらいはできるが以前のように速くは動けねぇよ」


ザンザスはズボンをめくり左足に残る傷痕をルエンに見せながら言う。



ザンザスが足に深手を負ったのは5年前、リィンデルア国内にある小さな村に魔物が出没し村人を喰らってると村人が騎士団が駐在している街に助けを求めてきたのが始まりだった。


村人の頼みを聞いたリィンデルア国騎士団第五部隊が村へ魔物の討伐、生き残りを救助すべく出発したが、騎士は誰一人帰ることもなく一向に連絡が無かったことから危機感を感じたリィンデルア国王がリィンデルア国内で冒険者を始めていた英雄のザンザスを呼び出しリィンデルア国騎士団第一部隊と共に魔物を討伐するように命じた。



「第一部隊は『イアソン』が団長をしている隊か?」


「あぁ…、アイツも討伐に参加してたんだ…」


イアソンもザンザスと同じく『白銀の愛し子』と共に魔脈調律の旅の英雄となり世間では二本の剣で戦うスタイルの騎士だったことから『双剣のイアソン』と呼ばれるようになった男だ。


仲間に加わった当時のイアソンは一般兵だったが旅で剣技を磨き、旅が終わった後は若くしてリィンデルア国の騎士団団長になったとルエンは風の噂で知ってはいたがそれ以上のことはここ数年世間の噂話などには興味を持たなかったのでそれ以上のことは知らなかった。



リィンデルア国王から魔物討伐の命を受けたザンザスはリィンデルア国騎士団第一部隊と共に魔物が出没した村へ赴いた。


だが村へ着くと先行した騎士団第五部隊と村人だった者の残骸を目にすることになった…。



「魔物は…レッドボアの死体だったんだ」


村と騎士団を壊滅させた魔物は体の至る所が腐ったレッドボアだったという。


「レッドボアがアンデット化していたのか?」


『スティリア』には禁術とされる呪術を使う呪術士と呼ばれる者達がいる。


呪術士は魔法使いや精霊の身体の一部を材料に呪術で作り出した使い魔を生き物の死体に取り憑かせ使役する。


人型ならグール、動物であればアンデットと区別されている。



「アンデット如きに足をやられるとはお前らしくも無い」


呪術士が使用する魔物の死体でレッドボアは定番の物でグールより素早さはあるが俊足のザンザスからすればさほど脅威では無いはずだ。


それがザンザスの足に深手を負わせたなどルエンには信じ難かった。



「ただのアンデットじゃなかった…、アンデットなら首を落とせば終わる。首を落としたところで油断しちまってな…。首を落としても奴はまだ動けたんだよ…」



呪術の使い魔は死体を動かす為に対象の脳に寄生するので頭部を破壊、もしくは首を胴体から離せば無効化する。


件の魔物はザンザスが首を切断しても動きが止まらずそれどころか首の方が動きザンザスの左足に深手を負わせたのだ。



最終的には重傷を負いながらもザンザスとイアソンが力を振り絞り剣技で魔物を切り刻んで肉片が完全に灰になるまで燃やし討伐は成功した。


だが、騎士団からは先行した第五部隊40名、第一部隊から25名、村からは産まれたばかりの双子を除いた56名が犠牲となってしまった…。


アンデットが村を襲撃した理由は不明だった。


アンデットであれば近くに呪術士がいるはずだと動ける程の軽傷だった騎士達が捜索したが呪術士は見つからず呪術士が操作しきれずアンデットが呪術士を殺し後に近くの村を襲ったのではないかと、ザンザスが王都に帰還後リィンデルア国王に報告し関係者の間で以下のことが予想されこの件は解決と決定が下された。



その後村は生き残った赤子達が村で生活できるはずもなく村は廃村となったのだという。


「オレは足をやられただけで済んだがイアソンは右腕に深手を負った状態で無茶をしたせいで右腕を切断せざるえなくなっちまった。今は右腕に魔法義手を付けちゃいるが調子は良くないそうだ…」


その後イアソンは双剣使いとはいえ片腕で騎士をまともに続けることが出来なくなり騎士団長を辞めた。


件の魔物討伐で多くの騎士が犠牲となった為リィンデルア国騎士団は騎士不足となり身分関係なく騎士志願者を募った。


イアソンは集まった騎士志願者の面接、試験に合格したが貧しい生まれで読み書きが出来ない者達に読み書きを教える仕事をしているらしい。


「団員の中に茶髪の奴が居ただろ?アイツはイアソンの息子のハロルドだ」


「…言われてみればイアソンに似ていたな」


ルエンが団員達に紹介をしていた際に髪色は違うが顔立ちが旅をしていた頃のイアソンをさらに若くしたような少年を目にしていた。


『煉獄のロウ』だった時代、魔脈調律の旅の最中に何度かイアソンがまだ幼い息子がいることと修道院に預けた息子がまともに生活出来ているだろうかと息子を心配していたなとルエンは思い出す。


イアソンの息子が『七曜の獣』に入団した理由は父親と同じ騎士になりたいと言った息子にザンザスの元で剣技と魔物討伐の実戦経験を積ませたいとイアソンから頼まれたのだとザンザスが言った。


冒険者として魔物討伐をしていけば魔物に対しての実戦経験も積めるだろうという考えもあってのことだった。


「今時の若い騎士は冒険者どころか片腕の騎士より役に立たねぇ奴が多いってイアソンが手紙で愚痴ってたからなぁ…」


騎士になるのは親が貴族、成り上がりの騎士であることが多い。


15歳で成人し騎士団に入団してから本格的に訓練をするのだがそれまで良い暮らしをし人間相手にしか稽古をしてこなかったのでいざ魔物討伐となると魔物を恐れて震え上がるか腰を抜かして動けなくなるなど討伐どころでなくなる者が多く最悪の場合、敵前逃亡を図る者もおり自分の息子が騎士になるのならそのような醜態を晒さぬようにとイアソンなりの親心なのだろう。


「オレは今ラニャーナで建てているギルド拠点の関係で留守にすることが多い。ハロルドとカインを拠点が完成するまで適当な稽古でもかまわねぇからオレの代わりに鍛えてやってくれ」


ハロルドだけでなくカインも戦闘経験が浅く普段の見回りで魔物と遭遇しても大部分をグランドン頼りきっている状態だ。


2人の剣技を鍛えようにもグランドンの武器は大きなハンマーなので剣の扱いが分からずザンザスも『七曜の獣』の本拠点があるラニャーナへ出向き建設に関わっている業者との打ち合わせをしているため不在、アビリオは猫耳姉妹達の育児の他に仮拠点での家事を全て担当しているので2人を鍛える余裕が無い。


そこでザンザスは漸くギルドに入団したルエンに2人を鍛えることを頼んだ。


「俺は刀しか使えんし、教え方も知らん」


「剣も刀も似たようなもんじゃねぇか兎に角頼むよ~」


このとおり!と手を合わせながらザンザスは不在の間にハロルドとカインの事をルエンに頼んでいた。


2人のこのような会話が夕食の準備が出来るまで続いた。



しかし、ザンザスは件のアンデットだと思われる魔物に関してルエンに黙っていたことがあった。


レッドボアがアンデット化しても通常毛皮が変化することはないのだが件のレッドボアの毛皮はドス黒く変色し、所々腐敗した部分から黒い触手のような物が溢れ出ていたのだ。


ザンザスは7年前にフィリルルの命を奪いルエンに深手を負わせた魔物を直に見たわけではないがもし5年前に討伐したあの魔物と関係しているのであればルエンはエイリを『七曜の獣』(ギルド)に託しフィリルルを殺した魔物を作り出した呪術士が誰なのか分からない以上片っ端から呪術士を殺し尽くす復讐鬼になることが予想できた。


道を踏み外す親友を見たくなかったザンザスは異常に黒いアンデットの詳しい特徴を省いてルエンに話したのだ。


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