15話 ギルド『七曜の獣』
3人という少人数の旅にも関わらずはハーセリアでの旅同様に弱い魔物と遭遇することもなく野盗が現れてもリィンデルアでもルエンの知名度は健在のようで彼の姿を見ただけで逃げいったりと魔物や悪人が少なくない世界にも関わらず順調だった。
「そういえば、これからはいるギルドってどんなことをせんもんにしているギルドなの?」
スオンにこの場で話せる範囲の日本の話題も話切り、ハーセリアと違い青々とした草原を眺めるのにもいい加減飽き、クゥもエイリの体内でつくられる魔力の量が首元の印で抑えられているので動き回ってエイリの魔力が無駄に消費しすぎないよう本来精霊に睡眠は不要なのだが眠っており暇を持て余していた。
エイリが知る定番のファンタジー小説やRPGゲームなどにある冒険者同士が集まるギルドであればギルドごとに魔物討伐や生産系など専門があるはずだ。
これから身を寄せるギルドの活動内容などが気になっていたエイリはルエンに問う。
「よくは知らんが周辺にいる魔物討伐のクエストがメインだろう。結成して2ヶ月、マシな団員が集まっていると良いが…」
「ギルド団長のザンザスさんと副団長のアビリオさんは有名人ですからギルド『七曜の獣』結成は公にしていなくとも手っ取り早く冒険者としての名を上げようと押しかけて来る人間が多くて大変なんですよ」
ルエンよりもスオンの方が今現在のギルド『七曜の獣』の内情に詳しかった。
『七曜の獣』団長ザンザス。
ハーセリアの貴族、ロアインダー家の次男で素早い剣技を得意としている。
身分差別が特に激しいハーセリアの貴族出身だというのに種族や身分で相手を差別しない変わり者だが、それ故に周囲からの人望が厚い人物。
『七曜の獣』副団長アビリオ。
彼はリィンデルアにある小さな村の出身だが現在公式上では最年少で水の精霊と契約し氷を纏った刀技を得意としており『煉獄のロウ』の弟子だと言われている人物。
この2人はかつて『白銀の愛子』と『煉獄のロウ』の仲間として魔脈調律の旅をしていたことで英雄と呼ばれるようになった者達だ。
ギルド名にある"七曜"とは『白銀の愛し子』を合わせた魔脈調律の旅をしていた仲間の数を意味しているのだという。
今は落ち着いたがこの2人がギルドを結成した当初は2人がいる宿に噂を聞きつけた無名の冒険者達がギルドに加入すべく押しかけたりなどして大変だったらしい。
今は別の町で建設しているギルドの拠点が完成するまでハラスという小さな町で細々とギルド活動しているのだとまだまだ異世界の世間に疎いエイリにスオンは丁寧に説明してくれた。
「そんなすごいひとたちとふたりともしりあいだったの!?」
ルエンとスオンはギルド団長達と友人だとは聞いていたものの、エイリはまさかこれから世話になるギルドの団長と副団長が魔脈調律で『スティリア』を救った英雄達だとは思ってもみなかった。
「覚えてはいないだけでお前も面識があるんだぞ」
「あ、そっか」
以前セントリアスでエイリとギルド団長ザンザスと面識があったことをルエンに言われていたのを思い出す。
ーホント…私の人脈どうなってるんだろう…。
実母は精霊の加護を受けた『愛し子』、実父は巨体の魔物を一撃で倒す程の冒険者、赤子だった頃に会った為覚えていないが『スティリア』で有名な商人や英雄と面識があるなどと自身の人脈がなぜこうもチートばかりなのかと、両親の正体を知らなかったこの頃のエイリは思っていた…。
セントリアスから5日掛けて目的地のハラスという町にたどり着いた。
ハラスという町の規模はエイリがはじめて過ごしたカナムと変わらなかったが、リィンデルアという国柄故かカナムと違い住民はラメルだけでなく亜人も混ざっていながらも皆表情と声は生き生きとしており町には活気があった。
「それでは私は一旦ハラスの支店にいますのでまた後日」
スオンとはこの町にあるエニシ屋の支店に顔を出すということで別れた。
後日ギルドの仮拠点に来るらしい。
スオンと別れた後は前もってルエンがこれから向かうギルドの団長から貰った手紙に同封されていた簡単な地図を頼りにギルド『七曜の獣』の仮拠点に向かう。
「此処のようだ…」
地図に記された場所に来ると古ぼけ看板が外された元は宿屋だったらしい建物があった。
ドアノブに手を掛けるとやはり押しかけて来る者を拒むかのように鍵が掛かっていた。
ゴンッゴンッ
ルエンが抱きかかえていたエイリをおろしノックをすると銀髪のエイリより年上の少年が扉を開いた。
少年は日頃から押しかけて来る冒険者にうんざりしているのか少々警戒するかのように2人を見つめていた。
「…ザンザスから手紙を貰っていた者だがザンザスはいるか?」
「確かにこの字は団長のもので間違いない。団長なら二階の部屋にいる」
団長に正当な理由で会いに来たことを手紙で証明し2人は銀髪の少年に二階にある団長室まで案内された。
「団長、此方の2人があなたに用があると来ました」
案内された部屋に入るとそこにはボサボサのオレンジ髪、顎に少し長めの無性髭を生やした男がいた。
「案内ありがとうな。カイン、拠点内にいる団員達に食堂で待機するように知らせてくれないか?あとでこの2人を紹介するからよ」
オレンジ髪の男、このギルドの団長ザンザスが2人を部屋まで案内してくれた銀髪の少年カインに指示を出した。
ーなんか、知っている貴族のイメージと違う…。
ザンザスの外形年齢はあまりルエンと変わらなさそうだったが、服装は着崩し貴族出身だとは到底信じられない格好をしていた。
「相変わらず貴族らしくないやつだな」
と友人であるザンザスと再会したルエンは懐かしむかのように目を細めながら言った。
「お前も相変わらず辛気臭ぇし思ってたより老け顔になっちまってるじゃねぇか」
ザンザスもヘラヘラと笑いながら返す。
その笑顔は初対面の相手でも思わず警戒心人を解くだけでなく、人を惹きつけるものを感じるものだった。
「このチビがもしかしてエイリか…?」
ザンザスはルエンの後ろに隠れていたエイリに気づく、同じ年頃のラメルや亜人族の子供より小柄だった為気づくのが遅れたようだ。
「は、はい。エイリです…」
エイリは挨拶すべく前に出てザンザスに挨拶をすると…。
「生きていたんだな…最後に会った時はあんなにちっさかったのに…大っきくなったなぁ…」
「み"ゃ!?」
ウオオォッ!と感情が高ぶったザンザスにいきなり抱きしめられたエイリは尻尾をふまれた猫のような声を出した。
ー折れる!骨がへし折れるっ!!
エイリと再会できたのが余程嬉しかったようでザンザスは力強くエイリを抱きしめていたが幼児のエイリに大人の腕力に痛みを感じない訳などない。
「ザンザス!エイリを絞め殺す気か!!」
ルエンが制止しザンザスからエイリを引き剥がす。
ザンザスの腕から逃れたエイリはここまで過激に歓迎された経験がなかったのでビビリ顔でルエンの着物にしがみつき避難した。
「いやぁ、すまんすまん…。つい嬉しくてな…」
ザンザスはエイリが痛みを感じるほど強く抱きしめてしまったことを謝罪した。
それから3人は部屋にあった応接椅子に座り、ザンザスはエイリに関係した事情はルエンからの手紙で知ってはいたがエイリ本人の口から聞きたいということでエイリは以前ルエンに話した内容と大差ない日本での生活や『スティリア』に来てから元は17歳だったのが幼児の姿にまで縮んでしまっていたこと、孤児院でルエンに引き取られハラスに来るまでの間の事などを話した…。
「異世界から帰って来ただけでなくもう精霊と契約したのには驚いたな…。まぁ、なんにしてもこうしてお前達2人と生きて会うことが出来て良かったぜ」
一通りエイリの事情を聞き終わったザンザスが言った。
ザンザスに契約精霊のクゥを見せたがザンザスはスオン同様精霊が見えない人間らしくクゥの姿は見えていないようだった。
「で、エイリはまだ小せぇからまだ見習いだがお前はうちのギルド団員になるんだろ?俺はお前達を歓迎するぞ」
「…あぁ、そのつもりでこのギルドに来た。だがエイリのことは…」
「分かってる。エイリが『愛し子』の娘だってバレちまったら城に連れていかれちまうもんな…。オレだってそれは避けたいさ」
ザンザスによるとエイリが『スティリア』に来てすぐ精霊の声が聞こえるリィンデルア側の宮廷魔法使いから『白銀の愛し子』と関係が深かったザンザスに"何か心当たりはないか?"と声が掛かったそうだが何も知らないと返答し、ルエンからの手紙でエイリを保護したという知らせを知っても口が硬く『白銀の愛し子』だけでなくエイリと面識があったスオンにしかエイリの事は知らせていないのだという。
その後ザンザスとルエンの『白銀の愛し子』とエイリの事情をよく知る2人が話し合った結果、エイリが異世界から帰ってきた『愛し子』の娘である事はギルドの外の人間だけでなくギルドに所属している他の団員にも副団長にだけ事情は話すが秘密にする方針に決まった。
事情を知らぬ他の者達にエイリがギルドに来る前までの生活を聞かれた場合は以前ハーセリアの冒険者組合に提出した書類に書いた内容では重すぎるので"ハーセリアの孤児院に来る前までの記憶はあまり無い"と話すことになった。
「んじゃ、そろそろ団員にお前さん達を紹介しなきゃな。うちの団員は何かとワケありの奴もいるがオレが気に入ったやつしか入団させちゃいねぇから安心しろよ」
ザンザスに案内され他の団員達が待機している食堂に向かうと、2人を団長室に案内したカインの他に栗色の髪の青年、体格の良い紫髪の成人男性、カインと変わらぬ年頃の茶髪の少年、グレーの髪色に猫耳を頭に生やした幼い双子の姉妹が各席についているのが見えた。
「…ルエンだ。娘のエイリ共々よろしく頼む」
「エイリです。よろしくお願いします…」
ルエンは手短に、人に見つめられるのが苦手なエイリはルエンの後ろに隠れ着物の裾を握りながら団員達に自己紹介をする。
ルエンは正式なギルド団員になるがエイリはまだ冒険許可証すら持っていない年齢なので子供でも出来る仕事など手伝う見習いとして所属することになる。
「エイリ、俺は少しザンザス達と話があるからお前は団員達と話でもして待っていろ」
とルエンはザンザスと他に栗色の髪の青年と一緒に団長室に行ってしまい、残されたエイリは他の食堂に残った団員達を前にして元々社交的ではないエイリはどう接すれば良いのかわからず固まってしまい、他の団員達もどう対応すれば良いのか分からず少々困り顔になっていた。
こうして、ルエンとエイリの親子2人はギルド『七曜の獣』に身を置くことになったのだった。




