12話 『愛し子』の真相
エイリがアルフレッドの診療所に入院して4日目。
エイリの体温は平熱となり全快したのだが、また竜車で移動している間に魔力が急激に蓄積しないようエイリの首筋に特殊なインクで魔力の蓄積を抑える魔法陣を描く処置がとられた。
「エイリは異世界のニホンという国にいたんだったね?そこではこのような高熱は出なかったかい?」
診察でアルフレッドがエイリに質問する。
「なかったと…おもいます…。」
日本で物心着く前の頃はどうなのか分からないが、意識が朦朧とする程の高熱を出した記憶はエイリにはなかった。
アルフレッドによるとこの『スティリア』で生を受けた全ての者には魔力をつくる器官が体の中にあるのだという。
生まれたばかりの頃は機能しないが成長すると機能し始め、1才になる頃に機能し始める者や生涯機能しないままでいる者など個人差が激しい。
エイリは日本育ちだが両親はこの『スティリア』の人間で異世界人だ。
なのでこの器官はあるはずだというのに何故日本では圧迫する程の魔力が体に溜まらなかったのが不思議だった。
「他にニホンで何か変わったことは?例えば…君はちょっとヤヌワ寄りだからねぇ…瞳の色が変わった他に腕力とか周りの人より無かったかい?」
ヤヌワは魔力を筋力に変換してしまう種族で主に腕力に影響が出ることが多いのだそうだが…。
瞳の色の他…、エイリは顔付きが偶に茶色のカラーコンタクトレンズを目に入れている時でも少し日本離れしているのか"外国人のハーフなの?"と他の人間に質問された覚えがあったが…。
「あしが…すこしほかのひとよりはやかったです…。」
エイリは足に関係する運動神経が周りと比べ飛び抜けて良かった。
運動会の駆けっこも常に一位だったしハードルや走り高飛びも高成績だ。
中学高校共に脚力がズバ抜けていたことで陸上部やサッカーなど部活の勧誘はされたが、勧誘した人間はエイリのことをエイリ個人ではなく部の成績を上げるための戦力としてしか見ていないような声で気色悪く勧誘の度にバイトなどを理由に断っていた。
そして何より、脚がやけに調子良く動いた後はとても疲れ空腹も酷かった…。
今思えばそれは実父の血筋であるヤヌワの体質が日本でも発揮され、酷い疲労と空腹は魔力が脚力として変換されていたのだろう。
「君は珍しく魔力を脚力に変換しやすい体質のようだ。だとすると…この世界に帰ってきてから君の魔力をつくる器官が激しく機能し始めかもしれないね…」
アルフレッドによると何かがきっかけで魔力がつくられる量やスピードが上がることがあるらしい、エイリは『スティリア』に帰ってきたことでそのスピードが上がってしまったのかもしれないという診断だった。
この診察の時は魔法陣を肌に描く処置がありルエンは病室にいなかったのでアルフレッドはルエンに経過の話をしてくると病室から出て行った…。
ー別室ー
「エイリはまだ精霊の声を聴くことはできないけど魔力の成長がフィリより早い…。これは早めに魔法使いの師をつけるか精霊と契約するなりして魔力量の調整をできるようにしないとまた魔力が余分に溜まってしまうぞ」
エイリに施した魔法陣、これは一時凌ぎでしかなくエイリの体が膨大な魔力に耐えられるようになるのにはまだまだ年数がかかるうえにこの魔法陣を描くのに使ったインクはアルフレッドでも入手は困難なほどとてつもなく稀少で高価な代物だった。
ルエンは冒険者としての実力と知識はあるものの魔法や魔力に関しての知識は一般常識範囲しかなく、魔法使い向けではないヤヌワでありほぼ独自の感覚で魔法を使っている彼がいくらヤヌワ寄りとはいえエイリに魔力量の調節を教えるのは難しい。
娘に魔力の制御方法を学ばせる為に『愛し子』だったフィリルルの師であり、かつてルエンが刃を交えた相手、ハーセリアの元宮廷魔法使いであったこのアルフレッド・レスティオスに頼みたいところだが…。
「そうしてやりたいのは山々なんだけどねー…、私も年だからなぁ…。」
アルフレッドは今年で60歳だ。
魔法使いは一般人より平均寿命は長い方とはいえエイリと長年師弟関係を結ぶのならフィリルル、ルエンとも面識と事情を知る相手を師にするのがベストだろう。
「そういえば"エルフィン"はザンザスの所にいないのかね?」
「ギルド勧誘の手紙は出しているようだが、来るかどうか…」
エルフィンはアルフレッドの弟子、もといフィリルルの妹弟子にもあたる女性でエルフィネス・プレツィリアというのが彼女のフルネームだ。
彼女は錬金術師だが魔法使いとしても優秀でフィリルルを"実姉"以上に慕っており、ルエンとザンザスともかつては旅の仲間だったので彼女がエイリの師になった方がルエンも安心なのだが…、彼女もフィリルルが亡き後は行方知れずである。
「あとの候補は…居場所が分かる人間だと"フェルネス"か…。フェルネスもまさか髪の色と名前を変えてよく生きてたものだ…。あの我儘なお嬢様育ちの娘が孤児院で働いているとは驚いたねぇ…。」
「正気か…?国王とプレツィリア家があの女を『金色の愛し子』に仕立て上げる為にフィリが利用されどれだけ苦しめられたか、あんたがよくわかっている筈だ!改心したというが俺はあの女が信用できん」
何よりもあの女は散々娘に知られたくなかったことを吹き込んでいたのが余計に腹が立つと、ルエンは付け足した。
フェルネスはエルフィンの実姉でありアルフレッドの弟子ではないが優秀な魔法使い、実はルエンより先にエイリと面識があった。
何故なら…、フェルネスことフェルネシィナ・プレツィリアはエイリが始めに世話になった孤児院にいたハンナの本名なのだ。
彼女の実家、プレツィリア家は長女のフェルネスを『金色の愛し子』に仕立て上げたかったが彼女に『愛し子』であれば必ず持っている"ある能力"が欠けていた。
プレツィリア家に『愛し子』が生まれたとなれば貴族としての名が上がる、その為だけに本物の後に『白銀の愛し子』と呼ばれるようになる当時奴隷だった幼いフィリルルがプレツィリア家に買われ良いように扱われてきたのだ。
本物の『愛し子』を虐げることは勿論、偽の『愛し子』を公表することは重罪にあたり、偽の『愛し子』を公表した家は上流階級者は階級の剥奪、それ以下の者は世界中の町での居住を禁止されるなどの罰則が科せられる。
ハーセリア国王は『愛し子』が奴隷出身では強国として箔がつかんとハーセリアという人種と身分差別の強い国ならではの理由でその事実を黙認していたのだ。
最終的にその事実が他国の国王に知られハーセリア国王はプレツィリア家に責任を擦りつけプレツィリア家は貴族としての階級を剥奪された。
『金色の愛し子』と『白銀の愛し子』という2人の『愛し子』がいた真相はそれを見抜けなかった国王達が国民に批判されるのを恐れ公表されなかったのだ。
ルエンが仲間のエルフィンの生家であるプレツィリア家とフェルネスを恨んでいるのはこれが原因だった。
彼がフィリルルは『金色の愛し子』と呼ばれる『愛し子』であったことをエイリに教えたのはフィリルルが英雄の1人『白銀の愛し子』であることを隠したかったからだ。
自分達が奴隷であったこと、英雄と呼ばれる存在だったのに大事な者を何一つ護れなかった事実を教えるのは精神的に大人でも今のエイリには重荷になるというのがルエンなりに考えた結果だった。
「…取り敢えずは成熟した精霊がいる場所を探り精霊と契約させようと思う。エイリ相手なら精霊は簡単に契約するだろう…。それからザンザスのギルドでエルフィンを待つ…」
「そうしよう。本当にあの子のこれからの成長は楽しみだが…心配事も多い。そもそも『愛し子』自体の研究もあまり進んでいないというのにエイリは前代未聞の『愛し子』が生んだ子供だからねぇ…。」
『愛し子』は100年前後に精霊の加護を受けて生まれる女性であり、精霊王を神として信仰している『スティリア』においては生きた国宝、または聖女とも呼ばれることもある尊い存在である。
しかし、『スティリア』の歴史に西暦という年号がついて1896年経つが『愛し子』が何故100年前後に1人もしくは2人同時期に生まれるのか、歴代の『愛し子』達は何故皆女性なのかなど判明していない部分が多い。
それは『愛し子』を保護している国が『愛し子』の存在を隠し、歴代の『愛し子』達の文献の写しを過去に保護した国に取り寄せようとしても国家機密を理由に拒否されたりなどしてあまり『愛し子』に関係した研究は進んではいないからだ。
そして、歴代の『愛し子』達は皆ラメルか亜人だったのに対しエイリはヤヌワの血を色濃く引き継いでいながら魔力量も高いだけでなく前代未聞の『愛し子』が生んだ子供だった。
「君のことだからあの子に歴代の『愛し子』達の最期は言ってなさそうだね…」
「当たり前だっ…歴代の『愛し子』達が皆10代で死んでいるなど言えるわけがない…。何が精霊の加護だ、あれはもう呪いだ…」
ルエンは忌々しく吐き捨てるように言った。
何故歴代の『愛し子』達が今まで子を宿さなかったのかは『愛し子』の性質が原因だった。
精霊の加護は精霊だけでなく私利私欲に染まった者やとんでもない"モノ"まで引き寄せてしまう。
ある者は『愛し子』を保護した国の繁栄を妨げる為に暗殺され、『愛し子』を取り合うように戦争を起こしその戦火で散った者、魔脈の調律で身体機能が停止する程の魔力を消費しそのまま衰弱死した者、王から『愛し子』の保護を命じられた者が欲にかられそのまま連れ出し取り合いになりそれが原因の事故で死んでしまった者…。
こうして歴代の『愛し子』は皆10代で子を成さぬうちに死んでしまったのだ。
歴代の中で1番新しい『愛し子』のフィリルルは…全体が黒く形状を留めていない姿をした魔物に殺された…。
その時のフィリルルはまだ18歳の若さだった…。
彼女が奇跡的に子を成せたのは運が良かっただけでなく彼女を思う仲間に恵まれたのと彼女を常に命懸けで護る為だけに力を磨き続けていた夫の『煉獄のロウ』の存在があったからだ。
歴代の『愛し子』が皆10代で死んでしまった事実をエイリが知れば正式な『愛し子』だと認定されていなくともいつ来るか分からない"死の恐怖"に怯えるのではないかとルエンが愛娘に告げられる訳がなかった。
最悪なことにルエンに重傷を負わせ、フィリルルの命を奪った魔物は討伐されていない。
彼はエイリが成人し自分の身を守れる程にまで成長した頃に真実を全て話し、娘の前から姿を消してから件の魔物を討つ形で裏側から娘を護るつもりでいたのだ…。