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空色の娘は日本育ちの異世界人  作者: 雨宮洪
一章 異世界に帰ってきた?らしい
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10話 味噌汁と生姜焼き




エイリ達が乗っている竜車がカナムを発って五日目。サナダで竜鳥を休憩させ竜車の護衛を更新して次の町に向かっている


主な竜車に繋いだ竜鳥の休憩ポイントは竜鳥の飲み水やちょっとした洗い物が出来る水辺がある地点で、暗くなる少し前にはそこで夕食の準備をする。(ちなみに髪や体がベタついている時はルエンの契約精霊に清めて貰っていた)



ーまさか異世界でちゃんとした味噌汁が飲めるとは思わなかった…。しかもダシが効いてて美味い。



竜車で旅をしている間の飲み水は竜車に積んである濾過石と呼ばれる特殊な石が入った樽に水辺の水を汲み飲用可能にしたものを飲み


食事は操竜士達が分担し真ん中の竜車の中に置いてある食料品専用の魔法箱に保存してある食材を使い大鍋で味噌汁を作り、焚き火で焼いたじゃがいもを護衛をしている冒険者達に提供する



エイリは焚き火で焼いたじゃがいもを初めて食べた。焼いたじゃがいもは孤児院で食べていた茹でたじゃがいもと違い水ぽくなくじゃがいも本来の味が凝縮され少々焦げた部分は香ばしく、サツマイモ程の甘みはないが食事の主食として食べるのには丁度良い甘さだった



味噌汁に使われている味噌は味と香りからして米麹と麦麹が使われた田舎味噌、具材は人参とカブ、玉ねぎが入った野菜中心のものでカナムの屋台街で売られていた味噌汁と違うのは小魚と海藻類を粉末にした物がダシの要として使われている



エニシ屋で商品の運送を担当する操竜士達は皆エニシ屋のオーナーから野営の食事にと味噌汁の作り方を習う


操竜士達が味噌汁の作り方をオーナーから習っている時、オーナーは必ず味噌汁は一度は消えたヤヌワ料理だが『白銀の愛し子』が恋人『煉獄のロウ』の健康を気遣い、野菜を美味しく沢山食べられる料理を作りたいと周囲の精霊達に聞き込み作ったのがたまたまハーセリアで奴隷として生を受けたヤヌワは知らないヤヌワの故郷マキリナで消えてしまったヤヌワ料理だった


始めは小魚の乾物で出汁をとっていたが魔脈調律の旅の食事作りに使いやすいよう小魚と海藻の乾物を粉にして使い始め今の味噌汁のスタイルになったのだと操竜士達に懐かしそうな顔で話すらしい



更に驚くべきことにエニシ屋のオーナーは『煉獄のロウ』と昔馴染みなだけでなく『白銀の愛し子』とも面識があり彼女から直に味噌汁の作り方を教えてもらったのだという


それをエニシ屋オーナーが他のヤヌワ達に広め至る所で味噌汁が飲まれるようになった


広い範囲で広まったのは『白銀の愛し子』『煉獄のロウ』という英雄達の逸話に関係する料理だからというのが理由として大きいだろう…



ー『白銀の愛し子』ってラメルだよね?西洋人ちっくな女性が味噌汁を作る様子ってなんか…ミスマッチだ。


だと『スティリア』に存在する味噌汁の由来を聞いてエイリは思った。


だが同時に『白銀の愛し子』は精霊達に味噌汁の作り方を聞き込み恋人が美味しいと思える料理を作ろうとする程彼女は『煉獄のロウ』を想っていたのだろう


そういう相手がいるのが日本で恋愛経験がなかったエイリは少々羨ましかった


しかし、今はそれより実父ルエンにどう"親孝行"をすべきなのか考えるのを優先すべきだろう



子供を育てるのは手間だけでなく費用も掛かる。育児経験もギルド無所属の冒険者という生活基盤の無い独り身の男が幼子を育てるのは容易ではない


それでもルエンは『愛し子』達をぞんざいに扱ったハーセリア国王にエイリを渡さぬ為に1ヶ月掛けてエイリを探して孤児院に迎えに来て今、エイリが健やかに過ごせるであろう隣国のリィンデルアへ一緒に向かってくれている



エイリは日本で養い親の実子でもなければ瞳の色が変わってから関係に距離ができ実子が生まれる前にお金には困らなかったが親子としての絆はそこで完全に切れてしまった


エイリが異世界に飛ばされ、いなくなったのを知っても日本では本心で探そうとする人間がいないからこそルエンのしてくれたことが純粋に嬉しかった



だが、それはルエンがエイリにそこまでするのはエイリの実母フィリルルの遺言だからだろう



実子を自分の都合が悪くなったからと簡単に捨てる親は世界関係なくいる


実際エイリが始めにいた孤児院には親として最後の良心故か奴隷商人に子を売らず孤児院の前に置いていかれた子供が何人かいた


だから、エイリの心の何処かでは"ルエンに置いていかれるのでは"という不安があった…


エイリは幼児の姿になってしまい"出来ること"が大幅に限られた状態だ。子供らしい駄々はこねないようにしていても"役立たずは誰からも必要とされない"と日本暮らしが長かった故そういう言葉が呪いのように染み付いてしまっている


それでどうすればルエンの役に立てるのかエイリは悩んでいた…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「いやー、今のところ魔物に襲われる事もなければルエンさんのお陰で野盗も逃げていくし今回はスムーズにリィンデルアに帰れそうだなー。」



操竜士の言う通りカナムを出てから魔物とはまだ1匹も遭遇していない。



エイリ本人はまったくの無自覚だが亡き母同様『愛し子』としての精霊の加護が発動したことにより弱い魔物は近づいてこないのだ



そして、野盗とは6回遭遇したがエイリ達が乗っている竜車は5台のうち先頭を走っているので前方からそういう輩を見掛ければ真っ先にルエンが竜車から降りる


すると野盗達はルエンの姿を見るなり攻撃せず即撤退していく


エイリはルエンが冒険者としての評判などはよく知らなかったが、野盗達の間では手を出せば此方がヤバイ!と恐怖の対象になっている程の実力を誇る冒険者なのだ



この2人の事情をよく知る人物から見れば最早、魔物&野盗避け親子状態である



なのでエイリはまだ『スティリア』に来てから魔物に分類される生き物を見たことがなかったので魔物とはどのように危険な生き物なのか知らなかった…



それが一転したのはエイリ達がカナムを発ちいくつもの町を越えた1週間と3日経った頃だった



エイリ達が乗っている竜車の前方からぞろぞろと竜鳥に乗った者達が見えた。その表現は恐怖と絶望に染まっていた



「あんたら逃げろ!"エノルメピッグ"だ!!」


と、竜鳥に乗っている者達がエイリ達の竜車を通り過ぎ際に言った



「"エノルメピッグ"だって!?」


操竜士の表情が一気に青くなる。それ程恐ろしい魔物らしい


「…今から方向転換するにしても奴が本気で走って来ては間に合わん、こちらから迎え撃つ。エイリ、シンクをお前に預けて行くが俺が戻って来るまで絶対に竜車から出るな。」


とルエンは立ち上がり、ルエンの契約精霊シンクをエイリの肩に乗せて竜車から降り後ろの竜車に乗っていた冒険者2人と操竜士に早く魔物の元に行く為に竜鳥を借りて行くというやり取りが聞こえた




他の二人の冒険者はルエン達が魔物と応戦している間に他の魔物や野盗に竜車が襲撃されないよう護衛に残ったようだ。ルエンが契約精霊をエイリに預けたのは自身がいない間、娘の危機に駆けつけられるようにだろう



グォオオオオオ!!



暫くすると遠くからエノルメピッグだと思われる魔物の断末魔が聞こえた…





「流石"隻眼の剣客"という二つ名も伊達じゃないねぇアンタ!」


ルエンとエノルメピッグ討伐に同行していたルエンより頭一個分身長が高くガタイがいい冒険者ハルクがルエンの背中をバシバシ叩きながら言った


「…回り道をしていては早くリィンデルアに行けんからな。」


「しっかしホントよくこいつを一撃で倒せたな…こいつまるっきり成体じゃねぇか…。」



長い金髪を一つ結びにした若い冒険者レンハが言う



この3人の周りにはエノルメピッグの餌食になったと思われる竜車の残骸、目の前には成人男性を余裕で丸呑みできるほど巨体な猪"エノルメピッグ"の亡骸が1体転がっていた…


エノルメピッグの頭部には深い切傷がありそれが致命傷となったようだ


この切傷はルエンが突進してきたエノルメピッグに戦闘スキル"真空斬"でつけたもの



一見誰でも簡単に倒せるように思うが、実際エノルメピッグの討伐は困難を極める



性格は凶暴、頭部の骨は鋼のように固く並の攻撃では皮膚が少し切れ流血させることが精一杯で胴体に攻撃しても肉が厚くて内臓まで届かない


ルエン達が遭遇したエノルメピッグは成体。王都専属の討伐部隊が3部隊全滅したという例がある程成体のエノルメピッグは特に討伐が困難を極める魔物



それをルエンは一撃で仕留めたのだから同行していた2人の冒険者は改めてルエンの実力に驚愕していた





「あの…、お肉のあじつけはわたしがしてもいいですか?」



ルエンが討伐したエノルメピッグは冒険者総出で解体して精肉され、操竜士と冒険者達の道具カバンに収められたが尋常でない量なので味噌汁の具材に加えたり別の鍋で焼いた物が夕食に提供されるのが予定されていた


肉を焼く担当はエイリ達が乗っていた操竜士で少し慣れてきていた相手だったのでエイリは肉の味付けを申し出た


「おとうさんにおいしいものをたべてほしくて…あと冒険者さんたちのお酒のおつまみにうってつけなあじつけなのですが…。だめでしょうか…?」


「味付けくらいなら良いよー。」


竜車に護衛として乗っている冒険者は皆酒呑みだ。夜の魔物避けの焚き火の番の支障にならない程度に食事の際は皆酒を呑む


ルエンも酒呑みで今回の魔物討伐の功労者である彼の酒のつまみとして日本風に味付けした料理を出したいとエイリは思っていた。今のエイリが父にできることといえばそれくらいだったからだ



エイリにはまだ刃物は持たせられないと肉を切るのは操竜士にしてもらい"あの料理"に必要な調味料があるかどうか操竜士に確認すると彼の表情からしてどう使うのかは分かってはなさそうだったが持っているということで味付けだけエイリが担当するのを承諾して貰った



操竜士にエノルメピッグの肉を薄切りにして貰い、鍋を火で熱し脂身を溶かしてから薄切りにした肉を投入し少しピンク色が残る所まで肉に火を通してから、エイリはその肉に塩をふりかけ擦り下ろされた生姜を入れた


「えー!?」


エイリが長年暮らした日本では当たり前に使っていた香辛料や香草(ハーブ)の大半は『スティリア』では薬草として扱われ料理の調味料として使うという発想がまるで無く


生姜も生薬として庶民の懐に優しい風邪予防の薬として浸透しているものを料理の調味料として躊躇なく使用しているのだから操竜士が驚きの声を上げるのも無理はない。


エイリはそんなことを知らず操竜士の様子を何がおかしいのか分からず今度は味にコクをだす甘味として蜂蜜も少し入れヘラで肉に完全に火が通るまで炒めれば塩ベースの豚の生姜焼きの完成である



「なんだこの焼き肉!?凄くうまいぞ!!」


「生姜でこんなに肉がウマくなるのか!?」


「酒がすすむぜー」


「おいおい、ウマイのは分かるが見張りもあるんだから呑み過ぎるなよ!」



エノルメピッグの生姜焼きは驚く程の好評だった(ルエンは黙々と食しながら酒を煽っていたが)


「ルエンさんとこの嬢ちゃんが味付けしたんだってな、まだこんなにちっさいのに料理ウマイなー。こんなにうまい飯初めて食った。どこでこんなにうまい飯の作り方をを覚えたんだ?」



生姜焼きをつまみつつ酒を飲みながらガハハハッと笑っているハルクに質問されエイリは異世界(ニホン)で料理を覚えたことを悟られない返答を考えていると…


「…俺が昔別れた娘の母親は寒い時期になると汁物や肉料理に生姜をよく入れていた。娘はそれを覚えていたのだろう。」


とルエンが代わりに答えた。彼のその声は少々哀愁があるが穏やかで懐かしむような声だった


「おー、母親がそれなら余計嬢ちゃんの将来が楽しみだな!」


ハルクはまたガハハハと笑うと元座っていた場所に戻り隣の冒険者と雑談し始めた


「エイリ、お前は母親に似て料理がうまいな。」


ハルクが戻った後、ルエンはエイリの頭を撫でながら言った


エイリが初めて、人に振る舞った料理。その料理を褒めてくれたのが実父だったからこそエイリは胸にあたたかいものが込み上げてくるものを感じた


「あじつけしかまだできないけどね。」


「何を言うか味付けをしくじれば飯は台無しになるんだぞ。俺が昔旅していた時など育ちの良い奴ほど作る飯が酷かったからな。」



ルエンと初めて食事を共にした時から黙々と食事をしていた彼とこの日初めて親子らしい会話が出来た喜びを噛み締めながらエイリはフォークで白米に見立てるように崩した焼きじゃがいものおかずに生姜焼きを食べる


エノルメピッグの肉はエイリの知る豚肉より少し固めで少々獣臭い肉。

生姜が獣臭さを上手い具合に消してくれていたので美味しかったのだが…


ーほっかほっかの白いご飯で食べれたら最高なんだけどなー…。


『スティリア』に来てからまだ一度も食べていない白米


元々『スティリア』で米は米酒と麹、リゾットの材料として使われるのが殆どで仮に一般の店で販売されていても日本の販売価格より割高であり、特に今のハーセリア国内では米は育たない


更にリィンデルアからの支援物資で米があっても真っ先に上流階級に流れるほどの高級品なのだ



エイリがその米を毎日食せるような生活になるのはまだ先のことである



そしてこの日、生姜焼きをエイリが作ってから国境の門に着く日まで毎夜生姜焼きが食卓に上がることになり生姜焼きを気に入った者達にエイリは生姜焼きの作り方をレクチャーするのだった







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