好きなものは後に食べる派?ぼくは先に(2)
「で、できたぞ!」
見事にミディアム! というか半生かも……? これでいいのだろうかと不安は拭い切れないが、どうせ自分が食うんだし、問題ないな!
「みゃー」
「ニャー」
一足先に高級肉を貪っている我が妹達も満足気な様子、ちゃんと脂身は極力落として、ボイルしてあるので猫にも大丈夫なのだ、たぶん。
「よーし、お兄ちゃんも食うからなぁ!」
焦る気持ちを押さえながら、気取ってナイフとフォークで一口。
「う~~んおいしい!」
しょわぁっと口の中で肉汁が溢れて広がり、とろけていく感覚、あれだけの霜降りで、結構分厚く切り分けたと言うのに柔らかく、でもしっかりとした肉の味がする。
テレビで散々見た、う~~んおいしい! という反応は正しかった。むしろそれしか言えない。今までもっと上手いこと言えよとか、俺ならもっと良いこと言えるとか思ってごめんなさい。
……あっという間に食べきってしまった。はぁ、幸せだった、牛肉ってあんなに旨いもんなんだなぁ、鶏肉が美味しさもコスパも何を置いても最強だと思っていたけど、これはもう、アレだ、裏ボスというか、オセロの角というか、それくらい強い存在?
妹達もよほど気に入ったのか、いつものカリカリキャットフードは手付かずで、口の周りをぺろぺろ舐めている。
「ふぅ、食った食った、さぁーて何しようかな、もうちょっとで双葉が飯作りにくるし、勉強でも」
待て、今ぼくは何を。
急に胸が締め付けられる、こ、これが恋……じゃない、生命の危険を察知している。じわりと背中に嫌な汗が滲み、さっきまでの幸福感は跡形もなく吹き飛んだ。
「ふ、双葉の分忘れてた……」
素直に謝るか? [You Are dead]と頭上に不吉な文字列が浮かぶ未来しか想像できない。残された道は何か納得してくれそうな言い訳を考えることだ! 働け我が脳! 全力を振り絞れ! がくがくと震え始める膝以外錆び付いたネジみたいに動きが鈍くなる。
神棚にお供えした分を出すか? これはダメな気がする、というか、ダメ、バレたらもっと怖い。
じゃあどうする!? 言い訳は!? やだ! 死にたくない!
ガチャガチャ。
玄関から無機質な金属音が響く、ヤツが、来た。
「ひいぃぃ!」
体が警告を発している、ニゲロ、ハヤク、ニゲロ。
今まで双葉に痛み付けられた記憶を持つ我が痛覚達が一斉に命乞いをしている。
「おじゃまします、遅くなりました、今日の夕食は……あれ? いい匂いがしますね」
「お、おかえり、双葉、サマ」
「? 焼き肉でもしてたんですか? それならそうとメールしてください、この材料は明日使うとして……優斗? 顔色が悪いですよ?」
「ちょ、ちょっと、食べ過ぎちゃって」
お、おーい! どうしたぼくの脳細胞! バカバカ! そんなこと言ったら次の一言「ごめん、双葉の分も食べちゃった、てへっ☆」が悪意ありすぎるものになるだろうが!
「お、おお、優斗が食べ過ぎるほど美味しいお肉を、私のは冷蔵庫ですか?」
「そ、それが……その」
考えろ! 考えろ! 最善最適最良での答えを見つけ出せ! しんきんぐたいむ!
「…………はぁ、何年一緒に居ると思ってるんですか、バレバレですよ、無いんですよね、私の」
「あはは、そうっ!?」
気付いたら体が後方3メートルほど飛んでいた。不思議と痛みは無い、あ、嘘、来たわ痛み。それも超ド級なのが!! 痛い痛い痛い! 何でお腹には骨が無いの? なんで防御力0なの? お腹蹴られたらどうすんの? バカなの?
痛みを堪えながら状況を整理する、確か両手を合わせて申し訳なさそうな顔を120%! そして、土下座……のモーション途中で、思い切りの回し蹴りが飛んできたんだと思う。そう、ぼくには見えなかった、蹴りと同時に捲れただろうスカートの中さえも。
「あ、すいません、つい」
ぼくの痛覚共が第二波を予知し、警告を発している、これ以上の被弾は、キケンキケンニゲロ。
「全く、私がいつも晩ご飯を作りに来ているのは知ってるはずです、なのに」
「で、でも、頼んだ覚えは……無いから」
あ、今の無し、待って待って、何言っちゃってんのぼくの口は! 悪いのはこの口か! それともさっき総動員してたニューロン達か! このぼくの体に何の恨みがあるんだ! ヒドいじゃないか!
「……」
でも、第二波が飛んでくることは無かった。
双葉は何も言わず無言のままだった。いつも口を一文字にしてるけど、いつも以上にきつく閉じているように思えた。
そのままくるっと踵を返すと、玄関へ歩き出した。
「ちょ、待てって、今から買いに行こう、とびきり良い肉」
っと言い終わる前に後ろ蹴りが飛んでくる、今度は目で追えるくらいの速度、でも避ける気になれなかった。いや、避けたらダメだと思った。
どうしてこうぼくは空気が読めないのだろうか、何か言う前に踏み留まらないといけないはずなんだけど、どうも昔から苦手で、相手を怒らせてばかりだ。
後ろ蹴りをモロに胸で受け、肺に充填されてた空気が全部消失し、またも世界がチカチカ点滅する。
「にゃぁー」
はぁ、妹達よ、お前達が人間だったら、この場を助けてくれたのかなぁ、少なくとも、こんな最悪な結果にはならなかったかもなぁ。
朦朧とした意識の中でこんなくだらないことを思いつく、つくづくダメなやつだなと、自虐しつつも。
「そ、そういや、見えたな……ぱんつ」
白だった。