商いは、駆け引きである。
昨日、家に帰った後、母さんにこっぴどく叱られた。
怪我はポーション、汚れや傷もスキルで直して見せたら、少し驚いた顔をした後、「そういう問題じゃない。」と言われた。
じゃあどういう問題なのか、大人は理不尽だ。
父さんは、俺が1人で森に行ったことを察しているようだったが、特に何も言ってこなかった。
信用してくれているのか、俺の勘違いかは分からない。
とにかく、分不相応な能力を手に入れてしまった俺はしばらく大人しく魔法の練習でもしておくことにした。
いくら魔力のステータスが上がっても、魔法のランクが低かったら単調な魔法しか使えないからな。
さっそく今日は、ハンナと2人でいつもの丘に来ている。
ハンナは水魔法に挑戦中だ。
「うーん、難しいよぉアルぅ…」
「自分の魔力だけでやろうとするから大変なんだ。空気中の水分とか、自然にあるものを使わないと」
「それが分かんないのっ!どこにもお水なんかないもん、アイリスさんもそんなこと言ってなかったよ?」
この世界の科学は魔法の発達と反比例するように遅れている。
原子論はもちろんのこと、物が燃えるメカニズム、電気が流れる仕組み、さっきハンナが言ったように空気中に漂う水分の存在なども知られていない。
それらの理解によって、俺の魔法の威力や魔力効率が上がっているのだろう。
「見えないけどあるんだ、細かい水の粒が浮いているって感じかな。それを集めるイメージを練習してみて」
「うん、アルがそこまで言うならやってみるよ」
7歳になったハンナは、順調に成長している。
ぱっちり二重の大きな目に長い睫毛。
陽に照らされてキラキラと輝く、狐耳と狐尻尾。ショートパンツから伸びる長くて白い脚は芸術的だと言わざるを…
「アル?どこみてるの?」
「そりゃもちろんハンナの綺麗な脚…あっ。」
「もう…へんたい。」
ありがとうございますっ!!!!
もう俺はロリコンでいいのだ。お巡りさんもきっと分かってくれる。
ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー
数日が経ち、行商人がやってくる日になった。
今回、俺は売るものを用意した。買いたいものは、色々見てから考えようと思っている。
メインは売る方だ、商品は沢山ある。
俺特製のポーション。なんと不純物0%!
0.01%以下なら0と表記していい。
とかではなく、完全なるゼロだ。神の産物、いや、神から与えられたスキルの産物だ。
そしてその入れ物の瓶も自信作だ。
石製だが艶があり、少し青みがかった白色をさらに引き立てる流線型のボディ。
いや違うな。ボディー⤴︎⤴︎(高音)
そして木彫りの人形だ、魔物や動物がメインだが、人間のもある。主にハンナ、というかほぼハンナ。
あぁ、そうさ。本当は全部ハンナだ。それが何か?
流石にハンナフィギュアは売らないから安心してくれ。
魔物や動物はかなり精巧に作ってある。なにせ実物を収納して照らし合わせながら整形したからな。
一回出来てしまえば、後は自動生産が可能になる。楽なもんだ。
あとは植物などから抽出した色素で色をつけている。
まさに本物さながら。生きているようだ
そして目玉はコレ。
スライムの化粧水である。
だが市販のものとは比べ物にならない。
ポーションの薬効成分と、スライム液をブレンドし、肌のダメージを補修しつつ潤いのある赤ちゃんのような素肌に……
まぁそんな感じだ。
入れ物は石英を磨いたものになっている。クリスタルってやつだな。
少し豪華すぎるが、そもそも化粧水自体が貴族向けの物だから、多少高価でも問題ないだろう。
クリスタルの容器に透き通る空色の化粧水がよく映える。完璧だな。
スライム・ロゼなどの化粧水もあるが、今日売るのは普通のスライムだけだ。
「よし、いくか!」
物資の確認をした俺は、行商人の下に向かった。
村の中央広場に大きな馬車が停まっている。
小綺麗な服に身を包んだ、30〜35歳くらいの男。その脇にはゴツい鎧をまとった護衛がいた。
商人が村人と話しているのが聞こえてくる。
「これはですね、西の国で仕入れた最高級の葉巻です。王都でも今大人気でして、なかなか手に入らないんですよ?」
「ほう、それでいくらなんだ?」
「今なら特別に一本50Eしておきましょう」
「少し高いな。」
「なら、10本購入されたら1本お付けするというのはどうです?」
「うーん…よし決めた、貰おう。」
「ありがとうございます」
この世界の通貨は、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の5種類だ。単位はE。エリゼと読む。そう、あのロリ巨乳神の名前が使われているのだ。
鉄貨が1E、鉄貨10枚で銅貨、銅貨10枚で銀貨、といった感じだ。
白金貨は一枚で10000E。10万円だ。商人同士の大規模な取引じゃないと使えなさそうだな。
ちなみに、この世界で砂糖や香辛料は高価で、砂糖は100gで金貨1枚。1万円というボッタクリだ。
大量に並ぶ商品を眺め、飛び交う声を聞き流しながら、俺は商人に歩み寄った。
「ねぇ、お兄さん。売りたいものがあるんだけど」
「ん?なんだ子供か。帰れ帰れ、俺はガキのお守りをしてやれるほどヒマじゃないんだ。」
「はーい…」
まぁこうなるだろうな。頼み込めば見てもらえるかもしれないが、もっといい手がある。
俺は商人に背を向けた。
「わぁっ!《ガラガラガッシャン!》」
俺はポーションの入った瓶を地面にぶちまけた。もちろんワザとだ。
「ふぅ…よかったぁ。全部無事みたいだ…」
これも当然。この瓶は俺の自信作だ。この程度でどうにかなる程ヤワではない。
そして、この一見無意味な行動には理由がある。とりあえず瓶を拾い集めて、立ち去ろうとする。
すると…
「おい待て!待ってくれ!そこのお前!お前だって!」
ほら釣れた。
「アルフレッド・リンドロート」
「は?」
「俺の名前はアルフレッド・リンドロートだ。」
「あ、あぁ、悪かった。じゃあアルフレッド、ちょっとその瓶を俺に見せてくれないか?」
「どうして?お兄さんはガキのお守りをしてるヒマなんてないんでしょ?」
「ぐっ…それは…」
おぉ、この顔だ。この顔が見たかった。
「冗談だよ、好きなだけ見てって」
俺は商人に瓶を5本ほど手渡す。
「これは……!すごいな、どうやって磨いたらこんなに美しくなるんだ?」
「企業秘密。」
「きぎょ…?なんだそれ」
「教えられないってこと」
「そうか…よし、アルフレッド。これはいくらだ?」
「まぁ待ちなよお兄さん。それはただの入れ物なんだ、メインは中身。ポーションの方だよ。」
「なにぃ!?ポーションだと?こんな素晴らしいモノになんてったってポーションなんか入れちまったんだ!?」
なんだその言い方は。俺の自慢のポーションだぞ。
「文句言うなら売らない。」
「あぁ!待ってくれ!俺が悪かった」
「ポーションって言ったって下級のポーションじゃない。不純物0%の高濃度だ。かけると一瞬で傷が跡形もなく消える代物さ。」
下級のポーションは回復を早める程度らしい。
「なに!?そりゃ特級のポーションじゃねぇか!そんなのどうやって…あぁ、教えられないんだっけか。まぁ俺なら別売りにするが、そう言うことなら納得だ。買わせてもらう」
「いくら出すの?」
「そうだな…ポーションが500E、瓶も同じく500E。合わせて1000E。一本金貨1枚だ。」
ほう、一本1万か悪くないな。でも、ここは無表情で…
「そうですか、では今回はご縁がなかったと言うことで」
「あぁ!だから待てって!すぐ帰ろうとするな!1200だ!これは譲らな「1500」…」
「1300でどうだ!」
「1500だ」
「1400…これ以上は勘弁してくれ…赤字になっちまう。」
どうやらこれは本当のようだ。
「よし売った。それで何本買うの?」
「なに?まだあるのか!これほどの品だ、全部買うに決まってるだろう!」
「そっか、わかった」
《ガラガラガラガラガラガラ……カラン。》
「全部で1500本あるよ。占めて2100000E、白金貨210枚になります。」
「なっ…!?すまない…金が足りない。とりあえず100本売ってくれ…」
だろうな。ずいぶん威勢の良いことを言っていたので、少し虐めたくなっただけだ。
「よし、これで100本だよ、確認してね。14万Eか、白金貨10枚と金貨40枚で頼むよ」
「ああ、わかった」
商人は金が入った布袋を俺に渡す。
「……確かに。毎度あり」
「はぁ、高い買い物だったな。」
「良いじゃないか、利益は出るんでしょ?」
「あぁ、それはそうなんだが…」
まぁいきなり日本円にして140万もの大金をこんな子供に支払ったんだ。当然の反応だろう。
「おっと、お兄さん。実はまだ商談は終わりじゃないんだ」
「ほう、次はなんだ?」
「木彫りの人形。まぁとりあえず見てみてよ」
俺は、狐、鳥、馬などの様々な動物。
あとは、狼のような魔物のシルバーウルフに、鹿に似たブラッドホーン。
そして、父さんに意見を聞きながら作ったレッドドラゴン。全部で10種類のフィギュアを取り出した。
「おぉ!魔物の人形など初めてみたぞ!しかも、これはなかなかの…」
「でしょ?見た目は実物とほとんど変わらないよ」
「あぁ、このドラゴンなんか素晴らしい。」
それは流石に実物がいなかったから少し不安だったんだけどな。父さんの記憶力が良くて助かった。
「ポーションたくさん買ってくれたし、これは1つ300Eでいいよ」
「よし、それぞれ1つずつ貰おう」
「はいどうも。」
3000E、金貨3枚だ。なかなか美味しいな、工程の事を考えるとポーションの方が効率はいいけど。
「これで終わりか?」
「いや、ここまでは前座。本番はここから」
「はぁ!?これ以上のモノがまだあるってのか?」
「あぁもちろんあるさ、これだ。」
俺は膨らんだ六角柱のような形をした瓶を取り出した。化粧水だ。
「これは…スライム液か?」
「そうだけど、ただのスライム液じゃない。少量のポーションを混ぜてあるんだ。なんと!一滴とってなじませるだけでお肌のダメージを補修!さらに赤ちゃんのような潤いの素肌にっっ!!」
某社長リスペクトの渾身のプレゼン。
「お、おう、そりゃすごいな。」
商人は引き気味だ。
「なぁ、この容器はなんだ?触ったところガラスじゃないみたいだが…」
「あぁ、それは石英を磨いた物、まぁクリスタルっやつさ。」
「クリスタル!?でも繋ぎ目なんて全くないぞ!どう加工したらこうなる!?」
商人が血相を変えて俺に近づいてくる。近い近い。女の子以外はノーサンキューだ。
「だからそれは秘密だってば…」
俺は顔を背けながらそう言う。
「この瓶だけでも相当な価値があるな…」
なんだお前、入れ物大好きか。確かに自信作だけど。
「それは貴族様向けに作ったものなんだ。そもそもスライム液自体、貴族ぐらいしか使わないでしょ?」
「なるほど、それなら納得だ。奴らは金が有り余ってるからな、喜んで飛びつくに違いない」
言い方に棘があるな。何か恨みでもあるのか?
「よし、じゃあいくら出す?」
「買いたいのは山々なんだが…もう金がないんだ」
「そっかぁ、ならこう言うのはどうかな?」
「ん?」
「スライム液を持って行っていいよ。もちろん、お金は取らない。」
「なにっ!?そんなバカな「落ち着いて、今はまだ取らないって事。」」
「お兄さんはそれを持って貴族に売ってきて、俺はその売り上げの半分を貰う。これでどうかな?」
「こちらとしては願ってもない提案だが、それはお前に何の得があるんだ?」
「あぁ、その代わりあの剣をちょうだいよ。」
俺は馬車の隅に立てかけられていた剣を指差した。
「なに?あんなのでいいのか?あの剣は先々代からずっと売れ残ってるんだ。東の国で買ったらしいが、どうやら騙されたようでな、ドワーフの鍛冶師もお手上げだったって話だ」
そう、その剣は驚くほど錆びていた。鞘から刃が抜けない程に。
「あぁ、それでいいよ。気にしないで、趣味みたいなもんだから」
「そうか、なら好きにしてくれ。しかし、お前変わってるな。」
「ははは、よく言われるよ。じゃあコレは貰っていくね、あぁ、スライム液。今回は30本用意してあるから。高く捌いて来てよ?」
「勿論だ、俺を誰だと思ってる」
いや本当に誰だ。そういえば名前を聞くのを忘れてたな
「名前を聞くのを忘れてた。商人さん、名前は?」
「フランクだ」
「じゃあフランクさん、約束を反故にして金を渡さなかろうが、スライム液を持ち逃げしようが構わないけど、その場合、今後そちらとの取引は一切しない。よく考えて行動してね?」
「あぁ、分かってるさ。これからも宜しく頼むぜ、アルフレッド。」
「こちらこそ、フランクさん」
「全く、恐ろしいガキだぜ…」
「そりゃどうも、いい取引が出来て良かったよ」
気づくと、辺りにはちょっとした人だかりが出来ていた。まぁあれだけの事をすれば当然だが、あまり目立ちたくないので今日はもう帰ることにした。
俺は大金の入った布袋と、異常なほど錆び付いている剣を手に歩き始めた。
「くっくっく、とんだ掘り出し物があったもんだな…」
辺りが薄暗くなる頃、いつもの帰り道で俺はそう呟く。
本当に、いい取引だった。
ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー
「いやぁ、すごいガキでしたね。あの歳であんなものよく…」
「あぁ、彼の商品は確かに一級品だ。だがな、本当に驚くべきはあの交渉力だ。」
「交渉力?」
護衛の男は首を傾げる。
「はじめに彼が瓶をぶちまけただろう?あれはワザとだ。」
「そりゃまたどうして」
「商品を見せつけて俺の方から声を掛けさせるためさ。あれで交渉の主導権を握られちまった。」
「はっはっは、そりゃあ流石に考えすぎですよフランクさん」
護衛は快活に笑う。カチャカチャと鎧が音を立てていた。
「…そう信じたいものだ、あんな子供が成長した時の事など、考えるだけで寒気がするよ」
その言葉とは裏腹に、商人の顔には笑みが浮かんでいた。
こういうやり取りを書くのは面白いですね。
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