第13話 目指せホームラン
5回の表。日野川ウォーターフロンツは全員出場ルールに基づき選手を交代。4番の武田に代わってセカンドに上崎、9番の長谷崎に代わってライトに吉原。これでチームメンバー11人のこちらは全員の出場を果たした形となる。
先発2人を引かせたわけであるが個々の実力にそれほど大きな差はないため、大きな戦力ダウンに繋がったわけではない。これからも特に戦術を変えることなく戦える。12―2と既に点差は大きく開いてはいるものの、まだまだ試合は中盤戦である。まだ反撃の火は消えていない。
はずだった。
『10』
5回の表の攻撃が終わり、スコアボードにチョークで書かれた数字。連打に次ぐ連打。エラーに次ぐエラーでの猛攻撃。慣れない守備位置というのもあってか、千嶋はキャッチャーフライを落球。親川もセカンド・武田と打球を譲り合ってヒットを許すなど、経験者2名にもミスが飛び出した。
その悪い流れが攻撃にも伝染したのか。
5回の裏の攻撃。
「あぁ、雄太さんの前にランナー出したかったなぁ」
先頭の1番・千嶋 1―2からの4球目に手を出してセカンドゴロ。
「くそっ。やっぱりタイミングあわねぇ」
2番・親川 初球をピッチャー真正面のゴロ
「2人にダメなもんは俺にもダメっしょ」
3番・山城 2―2から空振り三振
経験者2名に加えて、1打席目、2打席目共にバットには当てている山城。彼ら3人がきれいに三者凡退。
一度崩れ始めた流れは立て直すのが難しい。
6回表に5失点、7回表はなんとか親川・千嶋の両名が奮起して1失点に抑え込むも、合わせて6失点。結果的に5回以降の3イニングで16失点を喫して敗色濃厚である。
そうして迎えた最終回となる7回裏。最後の攻撃。
28―2と大幅リードを許しながらなおチームに悪いムードは漂っていない。かといって押せ押せムードというわけでもなく、つまるところがいつも通りの和気あいあいである。
「みんなお疲れ様。最後の攻撃。頑張ってこ」
7回の表の守備を終えて帰ってきたのは、先の攻撃時にも相手方チームに塩を送っていた織田。彼女は素知らぬ表情で手を叩いて皆を盛り上げる。
「次って誰だっけ?」
「は~い。私だよ」
防具を外しながら問いかける千嶋に野里がヘルメットを被りながら答える。
「7番からだね。最後の攻撃頑張って――」
「待って。待って、由香ちゃん」
もう打席に入る準備が終わっている野里が千嶋の言葉を遮る。
「円陣組も」
「え?」
「円陣だよ。え、ん、じ、ん。プロとか高校野球でもやってるでしょ」
あのチームメンバーで円になって、気合を入れたりそのイニングの攻め方について話をするアレである。
「はいは~い。みんな集合。あっ、ちょっと待っててね~」
野里自ら指揮を執って皆を集め、そして相手チームにも時間をくれるよう頼む。織田を除いて次々とそれっぽくいびつな円を描くように並ぶ。
「親川先輩はこっち、こっち。私の隣だよ~」
適当に赤羽・千嶋の間に入り込もうとしていた親川だったが、この円陣並みにいびつな恋心を抱く彼女が自分の真横へ呼び寄せる。わざわざ空いているところを探すのも面倒だった彼は、不本意ながら彼女の隣へ。するとたまたまなのか狙ってなのか、彼女が体をくっつけてくる。
『(なんだこの小悪魔)』
なんだかよく分からない理由でおかしな感情を持ち、露骨な行動をとり続ける彼女にほんのり引き気味。星の数ほど女がいるならば、星の数ほど様々な特性があってしかるべきであるものの、彼女の特性を垣間見たその驚きは並々ならないものである。
「みんな集まった? みんな集まったよね」
浮かれた様子で仕切りたがる野里。親川が確認してみると1人足りない。見ると最年少・長谷崎が円に入れずに右往左往。思いのほかみんなの作った円が小さすぎたようである。
「長谷崎。こっち」
「ひゃ、はい」
そこで今度は親川が長谷崎を呼び寄せる。返事をした彼女は小走りで駆けてくるも、野里が彼の横はしっかりガード。そうなるともう片方のサイドを空けるしかないわけで。
「武田。ちょっと寄って」
「OK」
武田が少し詰めて親川との間にスペースを作る。そこへと親川は長谷崎の背中を抱え込むようにして円陣へ加える。
「あ、ありがとうございます」
ほんのり頬を赤らめ俯きつつ円に加わる。
「みんな揃ったよね。みんな揃ったね。では――」
ひとまず準備万端。これから何か言おうという空気を醸し出す野里。彼女が発した一声は、
「何を言えばいいのかな?」
円陣を組むなんて初めてなのである。
「赤羽リーダー。おねが~い」
野里、赤羽へとキラーパス。
「自分もやったことないし。千嶋氏。野球部で経験あるっしょ」
赤羽、野里からのキラーパスを、千嶋にさらにキラーパス。
「えぇぇ、円陣に入ったことはありますけど、声出しはいつもキャプテンでしたから。何を言えばいいのか分からないですよぉ」
彼女はどうしたものかとあたりを見回しつつ、
「ゆ、雄太さんはキャプテンの経験ありますか?」
「あるよ~。私たちの代のキャプテンだし」
「雪っ。余計なことを言うんじゃない」
円陣の外から口出ししてくる織田にもはや手遅れの牽制。
「親川氏。グッドラック」
「頼んだ」
「よっ、新キャプテン」
「お前らぁぁぁぁ」
普段はこのノリの良さが楽しくもあるのだが、こういう時の男子高校生のノリは厄介である。同級生たちの気兼ねしない煽りが続く。
「雄太さん。ぜひお願いします」
「新キャプテン、期待してるよ~」
「親川先輩、頑張ってください」
「雄太。頑張りなさい」
「ほら、親川氏。ウチの4人の女子も声援を送ってる」
女子中学生&女子小学生、加えて自称部外者の女子高生も再介入。
いつものごとく赤羽が煽ってくるわけで、それに対してなんとか言ってやりたいところ。ただ相手方をあまり待たせるわけにもいかず、皆の視線が集まっていることも合わせて「仕方ない」とため息。
「千嶋から聞いたけど、前まで試合が成立していないレベルだったって」
何かを言いそうな彼の雰囲気が静寂を作りだし、その中で彼の声がはっきりと皆に伝わっていく。
「正直、今日も僕の基準では勝負にはなってない」
その正直な一言に皆が肩を落としたり苦笑いしたり。
「でも試合にはなってる」
ただその続く言葉が希望も与える。
「この点差。もうひっくり返せるようなものでもないけど――まだ点は取れる。今のみんななら1点を奪える。1点だ。思いっきり振って、思いっきり走って、みんなの力で――」
大きく息を吸い込んで、溜め込んだ空気を一気に吐き出した。
「1点取るぞぉぉぉぉぉぉ」
「「「おぉぉぉぉぉぉ」」」
まるでこれから戦だとばかりに鬨の声を挙げる。
ついに準備に時間のかかった最終回の攻撃が動き出す。
「親川せんぱ~い。行ってくるね。全力で打って、全力で走って来るね」
先頭バッターの野里は口元に手を当ててアピール。
「おぅ。頑張ってな」
準備万端の野里は愛する親川からの声を背中に受けて左バッターボックスへ。素振りは相変わらずの全力フルスイングを数回。
『(親川先輩にいいところみせてあげないと~)』
円陣の合間に投球練習は済ませていただけに、野里のバッターボックス入りと同時に待ってましたと最終回の攻撃が始まる。
円陣を組んで親川から気合を入れ、しかもその先頭バッターがテンション最高の野里である。これは間違いなく期待が――
「ストライクツー」
大きすぎる気合は空回りするものである。ただでさえフリースインガー気味の野里は、疲れで乱れてきた投球に対し、ボール球を2連続で空振り。あっさりと追い込まれてしまう。相手が試合を成立させるためにあえて打ちやすいコースに投げようとしてくれている中、この試合では既に7三振を喫している。それだけにこの試合だけに何度この光景をみたことか。
「でも、親川先輩の為に打たないと」
自ら気合を入れ直して構え直し。
ほとんど間髪入れずに投げてくるピッチャーの3球目。
1球目、2球目とボール球であったわけだが、ここでようやくストライクゾーンへ。見逃せばストライク。しかし手を出しても滅多には当たらない。でも結局は降らなければ当たる可能性すらない。
追い込まれた野里は半ばやけになってバットを振り下ろす。
闇雲に振ったバット。しかしストライクコールは聞こえず、代わりに金属音が河川敷に響いた。
「「「抜けたぁぁぁ」」」
彼女のフルスイングも功を奏し、打球は一二塁間を真っ二つ。ライト前へと抜けていく。
「やったぁ。親川先輩、見てて――」
「野里。走れっ」
バットをその場において親川にアピールしようとした彼女だが、彼の大声に意識を打球へと戻す。強すぎる打球と、草野球ゆえの外野の浅さが災いした。ライトゴロ確定のタイミングである。
「うわぁぁぁ」
遅れて1塁へとスタート。
ライトはその鋭い打球を一旦弾いてしまう。
そのおかげでライトゴロ確定のタイミングもわずかにずれる。ただそれでもアウトの可能性が消えたわけではない。ただちに拾い上げたライトがファーストへと送球。
「ひぃぃぃ」
悲鳴を上げながら1塁を駆け抜ける野里と、そこへと到達する1塁送球。
タイミングは、
「セーフ。足が離れた」
1塁審が手を開いて主張。
「えぇ、ケチ臭いこと言わないでよ。野田くん」
「ダ~メ」
わずかに逸れた送球。それを捕ろうとしたファーストの足が離れたのである。ファーストの彼は野田と呼ばれた1塁審に愚痴るも断固拒否の様子。経過はなんであれ結果はライト前ヒット。そしてノーアウト1塁。
「やった。親川先輩、見ててくれた?」
「OK、OK。ナイスバッティン」
手を叩いて褒めると、愛する彼に喜ばれて自分も嬉しくなったかのような表情。
親川も含めて意気上がる中、バックネット裏から織田の声掛け。
「雄太。もしかしたら回るかもね~」
「あと1人出ればだからあるかも」
そのあと1人には千嶋も含まれている。可能性はないわけではないだろう。
「みんなが雄太の為に回してくれるって熱い展開じゃない。雄太も調子がいいし、その期待に応えられるかな? と言うか、もう打撃復活したかな?」
「う~ん。自分としてはタイミング合ってない感じなんだけどなぁ」
「3打数2安打で?」
結果自体は出ているのに、タイミングは合っていないと主張する親川。織田はあまりバッター感覚が分からないため、打撃論で彼と張り合うことはできないが、疑問が出るのは紛れもない。
「遅すぎて待ちきれなくて、結果的に三塁線を破ってる感じ?」
「確かにほとんど前傾の泳ぎ打ちだったもんね」
タイミングが合っていないのを、彼の天性のバッティングセンスというか、辛うじて朽ちずに残っていた打撃スキルというか、いずれにせよなんとかむりやりバットに当てるまで持って行った。というのが正しい。そしてそれが運よく芯近くに当たって、運よく守備のいないところに飛んで、運よく長打コースになっただけである。そう考えると『結果は出ているけどタイミングは合っていない』というのも理解できる。もちろんプロ野球、そこまでいかずとも高校・中学・少年野球でそんなことはあまり考えがたいが、守備ボロボロの草野球だからこそそれが結果に繋がったのだろう。
言わば彼の本質的な打撃の乱れはいまだ解決していないのである。
「でも、せっかく皆が回そうとしてくれてるんだし、打席が回ってきたら頑張りなよ。頑張ったらそうね~、ご褒美にデートしてあげようか?」
「荷物持ちと書いてデートは断る」
「荷物持ちと書いてデートはダメかぁ」
「ま、ご褒美なんてなくとも頑張るさ。ホームランを久しぶりに打ってみたいし」
「ホームランあるの? ここ」
少年野球以来となる一打を打ってみたいと思った親川であるも、そう言われるとその点は疑問である。この試合における最長打はエンタイトルを含めた2塁打。3塁打やホームランは出ていないのである。
「千嶋」
「はい。なんですか?」
「ここってホームランあるの?」
外野後方には線が引いてあり、そこを越えた打球はここまでエンタイトルツーベースにされている。初回の親川のスリーベース・ランニングホームラン級の一打も、それでツーベースになっているのである。
「ありますよ。外野の線が越えない程度の当たりでグラウンドを一周するか、外野の線をノーバウンドで越すか。です」
「それはしんどいなぁ」
外野の間をしっかり抜く一打を打てば、間違いなく惰性で外野のラインを越える。かといってさらに思いっきりラインを越そうと思っても、そこまでは意外と距離はある。小5、6の時の親川ならまだ可能性があったものの、あの時と比べて体が大きくなると言っても、今のタイミングが狂ったままの状態で打てるものだろうか。
「でも打ちたいんでしょ?」
「そりゃあねぇ」
しんどいと言いつつも打ちたい衝動は隠せない。そこを見抜くのはさすが織田。
「千嶋。今までにホームランを打った人は?」
「一応いますよ。でも、あれはノーバウンドかワンバウンドかで5分もめるような内容でしたけど」
「じゃあ、確信弾はまだかぁ」
「外野の草むらに叩き込めば、誰も文句は言いませんよ?」
「線を越えるよりしんどいなぁ。それ」
外野の草むらへは線+20メートル以上はノーバウンドで飛ばさなければならない。
ホームランを狙う気が無くなっていく親川。そこでふと織田が提案。
「じゃあ、そうね。雄太がホームラン打ったらデートしてあげようか?」
「またかよ。数十秒前にも言ったけど荷物持ちだろ?」
「どっちがいい?」
荷物持ちじゃなくてもいいらしい。
「あぁ~、私がデートしてあげるぅ~」
「地獄耳」「耳すごっ」「やっぱり八恵ちゃんの耳ってすごいなぁ」
と、1塁から聞こえてきた声に親川・織田・千嶋の3人が驚愕。今の一連のやり取りを、1塁の野里はすべて聞いていたようである。因みにその3人の死角で長谷崎が小さく手を挙げて何か言おうとしていたが、それについては誰も気づかず。
「まぁ、狙うだけ狙ってみる。ホームラン」
「へぇ。因みに私と野里さん、どっちがいい? 大人なレディがいいなら私、幼さ残るガールがいいなら野里さん。あとそうね……胸の大きさなら――」
「それ抜きで、個人的に狙ってくるよ。ホームラン打ちたいし」
最近、無駄な色気が付き始めた織田の頭を引っ叩き、試合へと視線を向ける親川。
「面白くないなぁ。嘘でもどっちか言えばいいのに」
「嘘でも言ったら煽られそうだし」
「よく御存じで」
「不本意ながら腐れ縁なもんで」