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第71話 待つ者たち

 フォーカス家から遣わされた使者が出ていくと、ルテティアの王宮、謁見の間にはルイとギョームだけが残った。



「ウィレムの奴、しぶとく生き抜いているようじゃないか」



 ルイは澄んだ声を満足げに響かせた。その声が普段よりも幾分か上擦っていた。

 使者の話によれば、ウィレムはヘレネス領に入った後、セサロニカに滞在し、その後、フォーカス家の伝手(つて)を頼って、コンスタンティウムを目指すらしい。彼は自分の無事と旅を必ず成功させる旨を使者に(ことづ)けていた。



「今頃はコンスタンティウムに到着していましょう。こんなことなら、ヘレネス王への祝賀使節は出発を一日遅らせるべきでしたな」



 調度フォーカス家の使者と入れ替わりで、使節団を派遣したばかりだった。使節の出発を待たせていれば、コンスタンティウムでウィレムに伝言することも出来たはずである。



「この世とは(まま)ならぬものだ。お前もそう思っているのだろう」

「全く(もっ)て、陛下の仰せの通りで御座います」



 含みのあるルイの口調を(いぶかし)しみながら、ギョームは丁寧に相づちを打った。

 ルイに仕えるようになって四年、ギョームは未だにこの若い主人のことを掴みかねている。頭が回り、人を使うことにも長けている。王としての資質は十分に持ち合わせているが、時折、理解を超えたことをすることがあった。真偽の定かでないホイの言葉に耳を傾け、タルタル人に同盟のために使者を派遣したのもその一つである。未開の蛮族と同盟を結ぶなど、正気の沙汰とは思えなかった。

 同盟の使者の人選にも疑問が残る。何故、ウィレム・ファン・フランデレンなのか。ルイの周囲に信用の置ける人物が少ないことは周知の事実だったが、それにしても、ウィレムに適正があるとは思えなかった。初めて会った時の印象では、誠実さと真面目さくらいしか取り柄がなさそうな青年に見えた。



「陛下、何故ウィレム殿を使者に選ばれたのか、(うかが)っても(よろ)しいですかな。儂には他にも適した者がいるように思えるのですが」



 気紛れな王の気分を害さぬよう、慎重に言葉を選ぶ。かといって、遠慮が過ぎて言いたいことが言えないのでは宮宰はつとまらない。微妙なさじ加減には、これまで二人の王に仕えた経験が活きている。



「余の命で素直に最果てへ向かう者など、奴とマックスくらいしかおるまいよ」

「ご冗談を。マクシミリアンなど、どこの馬の骨かもわからぬ(やから)、お召し抱えになることすら、儂は未だに反対で御座いますぞ」



 ギョームの言い様に、ルイがくすりと口元を緩ませた。

 それに目敏(めざと)く気付き、ギョームは眉を寄せる。特段おかしな話をしたつもりはなかった。マクシミリアン本人の口からは、没落した騎士の家系で、由緒は大エトリリアに遡ると聞かされていたが、それを確かめる術はない。教養に欠け、賢くもなく、見るべきものは怪力くらいしかない男である。ガリア王の臣下に相応しい人物とは思えない。

 ギョームの考えを知ってか知らずか、ルイは脚を組み直すとほくそ笑んだ。



「お前は他者を過小評価するきらいがあるな。そんなことでは、いつか足を(すく)われるかもしれんぞ」



 ルイの物言いは挑発的だったが、ギョームはその程度のことで動揺しない。慣れたというのもあったが、何より、ルイのいうことは的を射ており、相手に反論を許さないのだ。ならばいちいち腹を立てるのは無駄というものである。



「ウィレムの奴はな、無力な羊のように見えて、なかなかの曲者だぞ。奴は、そうだな、例えるなら“生ける呪い“といったところだ」



 ルイの言葉の意味を量りかね、ギョームは(あるじ)を見返す。変わらぬ傲岸(ごうがん)な笑みをたたえながら、その瞳はどこか楽しそうに遠くを眺めていた。



「駆けに駆け、最早誰も余に追いつける者などいないと振り返ると、遠くに黒い点が見えるのだ。さらに駆け、再び振り返るとやはりまだ黒い点がある。どれだけ引き離しても、その点は小さくなりこそすれ、絶対に消えないのだ。こちらが足を止めていると、点は着実に大きく、より鮮明に見えるようになる。こちらが止まれば確実に差を縮め、進み続けても、いつまでも追ってくる。ウィレム・ファン・フランデレンとはそういう男よ。奴に魅入られたが最後、その人間は脚を止めることは許されん。あいつは人に前進し続けることを強いる呪詛のようなものなのだ」



 ルイの言葉には言いしれぬ迫力がこもっていた。思わずギョームも額の汗を拭う。滅多に外に出さないルイの腹の内が、言葉の端々に霞んでいるようだった。



「そう言うわけだ。奴には無理難題を押し付けるくらいで調度良い。失敗したところで、余は痛くも痒くもないしな」



 そう言ったルイの笑みに、空寒いものが混じっていた。ウィレムに関することにのみ、ルイは傲慢の殻の奥から人並みの感情を垣間見せる。それだけ彼にとって、ウィレムが特別な存在であることだけはギョームにもわかった。



「だからこそ、忠告したのだ。余の知らぬ所で色々と動いているようだが、あいつに手を出して、足を抄われんように気を付けることだな」



 噴き出た汗が一気に熱を奪う。身体の芯に氷柱を突き入れられたようだった。



「何を仰せか、儂にはわかりかねますが」

「お前は余の力を削ぎたいのだろう。ウィレムやマックスを余から引き離したいのもそのためだ。教皇庁にも鼠を放っているそうじゃないか。大方、使節団の連中にもお前の息が掛かっているのだろうな」



 ルイの顔には普段と変わらぬ王者の笑みが戻っていた。



「ウィレムが()られるくらいたいした痛手でもなし。まあ、精々励むが良いさ。お前がどこまで出来るか、楽しませてもらおうではないか」


 ルイの高笑いが分厚い壁に反響し、部屋のなかを満たしていった。

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