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第46話 ウィレムとアンナ:開戦

 遠雷のような歓声が鼓膜をうつ。

 顔を上げれば、やや傾いた太陽が目に入り、風に巻かれた砂が頬に当たった。

 円形闘技場(コロッセウム)のアリーナはうららかな陽気に包まれていた。これまで繰り広げられていた狂気の祭典が嘘のような晴天である。


 ウィレムはゆっくりとアリーナに足を踏み入れた。不思議と足は軽く、自然に歩を進めることができる。胸中にちりちりと熱を持つものがあった。だが、不快ではなく、むしろ快い。

 アリーナの反対側には、既にアンナの姿があった。やや顎を引き、腕組みをしている。口をつぐんでいるのはわかるが、表情はうかがえない。未だウィレムの登場に気付いていないのか、反応を示さなかった。


 剣を取る前に手を開いたり閉じたりしてみた。金属製の籠手(こて)が音を立てた。

 気負いがないといえば嘘になる。向かい合うのはアンナだ。今まで彼女と競って勝ったことなど一度もなかった。だが、いやだからこそ、追いかける意味がある。

 二人が剣を構えると、開戦のドラが鳴らされた。


 ウィレムは歩を進め、アンナはその場に留まった。間合いの一歩手前まで来ても、アンナの剣に動きはない。静かに上下するだけだ。

 剣先の動きを目で追いながら、踏み込むタイミングを探る。

 焦れた観客から野次が飛ぶ。このままでは(らち)が明かないのも確かだった。

 次に剣先が下がりきった時に仕掛けると決めた。


 アンナの肩が息を吸うのに合わせて浮き始める。次の動きに移るため、ウィレムがわずかに重心を落とした。

 その時、アンナの剣から今まで感じなかった激しい気配が放たれる。

 呼吸を合わされた。

 思った時には、アンナの剣先がウィレムに向かって真っ直ぐに動きだしていた。

 咄嗟(とっさ)に剣を出して受け止める。いなしたアンナの剣が身体の横を通っていった。

 アンナの身体は伸びきっている。隙をつこうとしたが、剣が動かない。通過していったはずのアンナの剣が、ウィレムの剣を外側から押さえつけていた。

 いったん脱力して剣を逃す。相手の剣の下から脱け出せば、こちらに有利な状況がつくれるはずだった。

 一度下がったウィレムの剣がアンナの剣を突き上げる。

 二本の剣が交差する毎に、甲高い金属音が鳴った。

 互いに有利な位置を奪うため、ぶつかりあいながら剣先が踊る。

 柔と来れば剛、剛と来れば柔、付かず離れず動き続ける剣の舞。人々は多いに歓喜した。


 ひときわ澄んだ音とともに、ウィレムがアンナの剣を大きく弾いた。

 正面を向いた無防備な相手めがけ、勢いのまま突きを繰り出す。

 アンナは後方に飛んで難を逃れた。

 距離が開き二人が深く息を吐く。アンナに汗はなく、美しい赤毛も乱れはない。一方ウィレムは、荒い呼吸を繰り返しながら、額にくっついた前髪を掻きあげた。

 戦況は互角だったが、アンナの実力が上なのは誰の目にも明らかだった。



「今の戦いはなんなんだい」



 ウィレムの肩が怒りに震えていた。アンナは答えを返さない。



「僕は、本気のアンナ・メリノと戦いたいって言ったんだ。僕と互角、こんなものがアンナの本気なのか」



 ウィレムが向きになって叫ぶのは珍しいことだった。唾が飛び、時に声が裏返る。それでもアンナは応えない。



「僕が心底憧れて、僕が愛したアンナ・メリノはこんなものじゃないないだろう。失望させないでくれ。僕の身を案じて手加減しているなら、いらぬ気遣いだ。馬鹿にするな」



 アンナが顔をあげた。瞳は光っていたが泣いているわけではない。その表情は怒りでも、悲しみでもなく、歓喜とも、後悔とも、奮起とも違う。彼女自身どんな顔をすればいいかわからないのだろう。



「態度を変える気がないのなら、僕はここでアンナを越える。君とはここまでだ」



 ウィレムは剣を構え直した。アンナは構えない。

 間合いを詰めても、アンナの剣は下を向いていた。

 ウィレムの剣先がアンナの顔の前に来た。間の空間は指一本ほどしかない。一挙動で勝負がつく。

 ウィレムが全身を()(しぼ)る。

 アンナは剣先ではなく、ウィレムの瞳を見つめていた。

 自分のなかに満たしていた力を解き放った。剣は乱れなく突き進んだ。

 もはや止めることは出来ない。だが、信じていた。


 ウィレムの渾身の突きは、空を切った。

 アンナが動いたようには見えなかった。しかし、実際、ウィレムの剣は彼女の頭を捕らえることが出来なかった。

 カチャリ、アンナの手が彼女の剣を握りなおす音がした。

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