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第45話 戦仕度

「なんで人間は、自分一人で着れないものを着込もうとするのでしょうね」



 オヨンコアはウィレムの脚にすね当てを巻きながら、愚痴をこぼした。或いは、本心からの疑問かもしれないが。



「ごめんよ。でもさすがにアンナに手伝ってもらうのは気が引けるから」



 控え室の片隅で次の戦いに備えるウィレムは、一度脱いだ(かっちゅう)冑を着なおしている最中である。ベリサリオスから借りた鎧は、板金を貼り合わせて全身を覆うものだった。ガリアで主流の鎖かたびらや革製の鎧と違い、一人で身に着るのが難しい構造になっている。マクシミリアンの鎧も同じような形をしていたことから、大エトリリア帝国の技術が用いられていると思われる。



「構いませんよ。ご主人様の身の回りのお世話をするのがワタシの勤めですから」



 右のすね当てを済ませたオヨンコアは、左のすね当てに取りかかった。何をやっても手際がいい。彼女が一行に加わって以来、ウィレムは何かと助かっていた。



「確かにあの子に任せるのは少し酷ですね。なにせ、次に戦う相手ですから」



 アンナとマクシミリアンの戦いは思いも寄らぬ形で決着を見た。

 片腕の自由と引き換えにマクシミリアンがアンナを捕らえると、彼女はすぐに剣を手放し、そこから先は、素手による取っ組み合いになった。組み討ちなどと呼べる類いの代物ではない。アンナが倒れた相手の腹を蹴り上げれば、マクシミリアンは重傷の左腕を強引に振り回して殴りつける。野獣さえ目をそむけそうな凄惨(せいさん)な闘争。押さえつけ、殴り伏せて、締めあげる。


 あまりに酷い戦いに三度のドラが鳴らされた。だが、二人は止まらなかった。

 再びアリーナに入ってきた兵たちが、必死になって二人を引き離した。その際、数人の兵が投げ飛ばされて、重傷を負った。

 取り押さえられた時、立っていたのがアンナだった。地に伏していたのはマクシミリアンだった。軍配はアンナに上がった。

 その後、暴れ続けるマクシミリアンは鉄鎖につながれて、数十人がかりで退場させられた。アンナは黙って控え室に戻ってくると、部屋の隅で一人膝を抱いて座り込んだ。誰も彼女に声をかけなかった。



「それで、ご主人様はどうやってあの子に勝つおつもりなんですか」

「勝つ? 僕が?」



 思いも寄らない返答に、オヨンコアは手を止めると、主人を見上げた。



「だって、相手は本気のアンナだよ。僕が勝つ見込みなんてどこにもないさ」



 おかしなことをきくなあ、と笑うウィレム。オヨンコアの頭はさらに混乱した。



「対策も、作戦も、何もないのですか。例えば、何か弱点を知っているとか」

「アンナの弱点か。そうだね、料理とかかな。あれは慣れが必要だしね」



 的外れなことを言うウィレムに、オヨンコアはため息を吐いた。



「ワタシはてっきり、ご主人様は勝つ気なのだとばかり思っていました。お二人の戦いは面白いことになると仰っていた方もいましたし」

「その人、見る目がないね」

「本当ですよ。その方も、まさかご主人様が負けるつもりとは思わないでしょう」



 オヨンコアの手の動きが鈍くなる。負けるための準備など誰だって億劫だ。



「なに言っているんだい。僕だって負けるために戦ったりしないさ」

「えっ?」



 オヨンコアには珍しい、ひどく調子外れな声が出た。慌てて、手で口を塞ぐ。



「どういうことですか。勝つ気がないのに負けるつもりもないなんて。矛盾です」

「勝つ気がないなんて言ってないよ。冷静に考えれば、僕が勝つ可能性はほとんどないというだけでさ」



 ウィレムはいたって落ち着いていた。混乱しているのはオヨンコアの方だった。ウィレム・ファン・フランデレンという人物は、思っていたほど単純で、一筋縄でいく相手ではないらしい。



「何故、勝機の薄い戦いに望もうとするのです。アンナさんを怒らせてまで」



 主人の本心を聞きたくなった。一体どんなことを考えているのか、それを把握しておくことも、今後の身の振り方を考える時に役立つはずである。

 ウィレムは人差し指で頬を掻きながら、自分に言い聞かせるように答えた。



「確かめるため、かな。アンナがまだ、僕の捕らえられる世界にいるのかどうか。彼女という目標を僕の目が見失っていないか。それを確かめたいんだ」



 アリーナからドラの音が聞こえてきた。



「手伝ってくれてありがとう。行ってくる」



 微笑みを残してアリーナに向かうウィレムを、オヨンコアは見送った。

 ウィレムの背筋はぴんと伸び、視線は真っ直ぐに前を見据えていた。

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