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第44話 マクシミリアンの覚悟

 アンナの眉間には深い皺が刻まれていた。

 近頃、不機嫌になる出来事が多かった所為で、額中央部がしこりを持ってしまっている。ウィレムの闘技会出場といい、オヨンコアの態度といい、気に食わないことだらけだった。


 しつこく付きまとう眼前の男にも苛立ちは募った。何度負ければ気が済むのか。

 さっさと倒してしまおう。

 剣を構えるアンナに、マクシミリアンが大声で語りかける。



「アンナ・メリノ、オレは貴様に、真剣勝負を申し込む」



 闘技場全体にどよめきが起きた。今回の闘技会では刃を潰した剣を使うことが決められている。国王の即位を祝う催しで、死者を出すまいとするマレイノス家の配慮がうかがえる規則だった。



「勝手は止めていただきたい。規則に従っていただけないなら、失格にしますよ」



 慌ててバルコニーに飛び出してきたベリサリオスが警告する。



「双方合意の上なら問題ないだろう。観客も退屈してくる頃だ。趣向を変えたと思えばいいではないか」



 マクシミリアンの言葉でベリサリオスの顔から余裕が消えた。



「そこの不届き者を捕らえよ。抵抗するようなら、傷付けても構わん」



 アリーナの四方から警備兵が現れた。皆、背丈の倍ほどある槍を携えている。

 マクシミリアンを囲んだ兵たちは穂先を向けてじりじりと囲いを狭めていった。

 マクシミリアンはその様子を眺めていたが、おもむろに向けられた槍の一本を掴むと手首をきかせて引き寄せた。槍を持っていた兵が勢い良く宙を舞い、反対側に落ちる。

 それを見た残りの兵が一度に槍を突き出した。今度は全ての槍が彼の手のなかで一つに束ねられ、兵たちは同じように宙を舞った。



「偉大なる東エトリリア皇帝陛下に、無礼を承知で伏してお願い申し上げる」



 マクシミリアンはバルコニーの奥へ目をやり、その場で片膝を突いた。



「我が名はマクシミリアン・ガルス・ガルス。ここにいるアンナ・メリノとは因縁浅からぬ間柄。これまでこの者に二度挑み、二度地に(まみ)れました。このままでは、国へ帰ることもままなりません。この度は、恥を(そそ)ぐため、真剣による勝負を所望する次第。何卒(なにとぞ)、我が願い、お聞き届けいただきたい」



 聞く者の腹に響く声からは、敬意を表しながらも要求を取り下げる気など微塵もないことがはっきりと伝わってくる。


 新たに兵が出てきたが、マクシミリアンは手出ししなかった。

 観衆が静かに事の成り行きを見守っていると、じきに兵たちはアリーナから去っていった。



「お許しが出たようだな、話のわかる王様だ。さあ、十重の重剣デケンプレクス・アダマスを抜け」



 立ち上がったマクシミリアンは既に自分の剣を構えていた。



「どうなっても知りませんよ」



 待ちくたびれていたアンナは、ため息を一つ吐いて剣を抜いた。

 アンナは駆け引きなどしなかった。一気に距離を詰めると大上段から重剣を振り下ろした。心地よい手応えと一拍遅れて風切り音が走り抜ける。

 マクシミリアンは相手の剣を受けなかった。十分に引きつけてから、すんでの所で体を引く。元々、重剣は彼の持ち物である。受けた所で、剣ごと押し潰されるのはわかっていた。


 躱した、と誰もが思った。

 だが、勢い良く落下したはずの重剣はマクシミリアンの顔の前で止まっていた。

 そこから、間髪入れずに突き。

 一歩下がると、更に突き。

 真後ろへ下がることしか出来ないマクシミリアンを、三度目の突きが襲った。

 剣先の雨を辛うじてかいくぐった彼の背がアリーナの壁に当たる。



「もう逃げ場はありませんよ」



 アンナは重剣を手の上で軽々と回すと、そのまま右肩に担いだ。彼女の動きからは重剣が他の剣の十倍以上の重さがあるようにはとても見えない。



「やはり強いな」



 マクシミリアンはどこか楽しそうに唇の端を(まく)り上げる。



「わかったら、さっさと負けを認めてください」

「このままなら勝てないだろうよ。こちらも手段を選んでられなくなった」



 おもむろに左腕に手を伸ばすと、籠手(こて)をはずす。次は右腕。左右のすね当てに、肩当て、甲冑を脱ぎ捨てたマクシミリアンは、最後に鎖かたびらまで脱いで見せた。



「そんなことで私に勝てるとでも。当たれば無事では済みませんよ」

「どのみち当たれば終わり。未練がましく着ていても同じことよ。これで覚悟も決まるってもんだ」



 後がないのは間違いなくマクシミリアンだった。しかし、彼は敢えて前に出た。

 アンナも躊躇(ためら)いなく進む。既に二人は互いの間合いに入っていた。

 マクシミリアンからは仕掛けない。隙を見せれば、一刀の下に斬り伏せられる。

 だが、それをわかっているはずのアンナも剣を振らなかった。ただ歩を進める。

 間合いはつぶれ、剣を振るえる距離ではなくなっていた。


 先に動いたのはアンナだった。空いていた左手をマクシミリアンの胴に当てると、思い切り押した。二人の間にわずかな距離が出来る。

 重剣が唸りをあげた。この日、最速の一閃だった。

 マクシミリアンは逃げなかった。迫る刃に左脚を踏み出し、体勢を入れ替える。

 前方に出した左半身の前に剣を突き立てた。一撃を受けとめる構えだった。

 二本の剣が交差する。響いたのは濁った金属音。そのまま重剣が相手の剣を断ち割ると思われた。


 しかし、重剣はマクシミリアンの剣の腹に当たって止まっていた。二本の剣が交差する裏から、彼の剣を支えていたのは、弾性に富んだ分厚い肩の筋。アンナの一撃をマクシミリアンは自らの身体で受けきったのだ。

 代償は大きかった。彼の左肩は不自然に胸の前に寄っており、腕は力無くだらりと垂れ下がる。鎖骨の頭が皮膚を裂き、首の根元に露出していた。

 それでも彼の目的は達成された。重剣を持ったアンナの腕をマクシミリアンの右手が握っている。



「ようやく捕らえたぞ。アンナ・メリノ!」

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