第3話 三人寄ればなんとやら
控えの間に二人の男が入ってきたのは、ウィレムが謁見を済ませてしばらく経った後だった。一人は禿げた初老の男で、一人は鉤鼻出っ歯の小男、両者とも謁見の間で見た者たちだった。
ウィレムが会釈すると、初老の男は礼儀正しく、小男はどこか小馬鹿にするように礼を返した。
「ウィレム・ファン・フランデレンです。以後お見知りおきを」
「私はギョーム・マルセル。先々代よりセーヌ家の宮宰を務めている。先程は満足な挨拶も出来ず、済まなかった」
初老の男は再度頭を下げた。頭頂部から額にかけての髪はなく、つぶれたパンのような顔は皺まみれだった。だが、目と口元には未だ力があり、しわがれた声には威圧感があった。
気圧されたウィレムに気付いたのか、小男の唇に嘲笑が浮く。相手にしないでいると、男は詰まらなそうに舌打ちをしてから、軽く礼をして見せた。
「あっしはホイってもんで。別に覚えなくっても構いませんぜ、お坊っちゃん」
どのようにとらえても悪意しかない語調である。ウィレムが睨みつけると、ホイは焦ってそっぽを向いた。見るからに下賤の者である。何故、王城に入ることを許されているのか理解出来なかった。
見ると、ギョームも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
気を取り直して、ウィレムは尋ねた。
「ギョーム様、どうして僕のような者が、これほどのお役目を仰せ付かったのでしょうか」
自分の力の無さは自覚していた。昔からそうだ。アンナも、ルイも、共に駆けていた人たちは皆、自分を置いて先に行ってしまう。憧憬から伸ばした手をすり抜けて。だから、必死になって追いかけたのだ。その背を見失わぬように。例え届かないとわかっていても、歩みを止めることなど出来なかった。
真一文字に結ばれていたギョームの口元が、少し緩んだ。ただ情けないだけに見えた童顔の青年に、見るべきものを見出した、そんな驚きが表情に出たのかもしれない。
「ウィレム殿は陛下の出生についてはご存じか」
「僕の母は、ルイ様の御母上の遠縁です」
ギョームは静かに問い、ウィレムも静かに返した。けして秘するべきことではなかったが、大声で話すのは憚られる話だ。
先代の王弟は、優秀だが、女癖の悪いことで有名だった。彼が下級貴族の娘に手を出して生まれたのが、ルイ・ド・ガールだったのだ。認知こそされたが、王家に迎えられることはなく、本来、ルイが王位に就くことは有り得なかった。
「あの凄惨な跡目争いで、陛下以外に適当な継承者がいなくなった。とはいえ、三年経っても、即位に不満を抱く者は多いのだ。家臣の中にも、大領主たちの犬がいる。陛下にとって、貴公は数少ない信用のおける人物なのだろう」
こうまで言われれば、ウィレムの内にも湧き上がるものがある。だが同時に、責任感以上の危機感にも襲われた。本当に無事に任務を完遂し、ガリアに戻って来ることが出来るのか。
ウィレムの不安を知ってか知らずか、ギョームは眉一つ動かさずに淡々と続けた。
「国内でさえ陛下の威光が通用せぬのだ。王の正使であっても、危険は避けられんだろうな」
黙り込む二人の間に、ホイが突然割って入った。
「何を深刻な顔してるんです。正面切って行けないなら、身分を偽れば良いじゃねえですか」
正使としての在り様を捨てるなど、普通なら思い浮かばない。多分に不敬ではあるが、それゆえ妙案とも言えた。
「そうですねぇ、坊主に化けるなんてどうでしょう。タルタルの王の一人も、あっしらと同じ正統教会の教えを信仰してますしねえ」
どこから出てくるのか、ホイの口からは次々に偽り言が噴き出してくる。まるでたちの悪い詐欺師のようである。
「実は僕、修道院に入っていたことがありまして、形だけですが僧籍も残っているはずです」
「ほう、それは上手い方法かもしれん。伝道の旅という名目ならば、道々で援助も受けられる。そうなると、念のため、僧侶の立ち居振る舞いを再度身につけた方が良いだろう」
ギョームの賛同により話はまとまりかけていた。
微かではあるが希望の光が見えた様な気がした。
「それじゃあ、やる事は決まりましたな。ギョームの旦那は親書と入用のものを用意する。坊ちゃんは期日までに準備を済ませて、修道院でお勉強、あっしは礼金を頂いて、おさらばだ」
この場を去るような身振りをするホイの首根っこを、ギョームの枯れた腕がしっかりと掴んだ。
「そうはいかん。元々、陛下が同盟だ、十字軍だと言いはじめたのは、貴様からタルタロスの話をお聞きになってからだ。それだけ事情に通じているなら、ウィレム殿に同行するのだな」
青くなるホイを尻目に、ギョームはウィレムに向き直った。先程以上に渋い面持ちだ。
「出立の日取りと場所は後ほど聞かせてもらうとしてだ、命の保証無き旅、万が一に備え、後顧の憂いは、一切残さず断っておくのが宜しかろう」
その一言は、木霊しながら、ウィレムの心に大きな波紋を引き起こした。