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第31話 鶏鳴騎士の復讐戦

 アンナはマクシミリアンと一定の距離を保ちながら、馬車が視界に入らない場所まで移動した。マクシミリアンは、剣を引きずりながら、彼女の後を追う。


 先に歩を緩めたのはマクシミリアンだった。そのまま剣を肩に担ぎ上げると、勢いに乗って跳躍し、剣を地面に突き立てる。剣が突き刺さった場所から地面が裂け、地響きとともにアンナの足下を襲った。

 アンナは細かいステップを踏んで、それを(かわ)した。しかし、地に足が着いた時にはマクシミリアンが間合いに入っている。

 不安定な体勢から次の攻撃を避けるのは不可能だった。

 身体の前に剣を出して衝撃を受け止めると、その勢いを利用して後ろへ飛ぶ。二人の間に再び距離が出来た。



「見たか、アンナ・メリノ。これがオレ様の本当の実力だ」



 二人の間の地面に折れた刀身が転がった。先程の一撃を受け止めた時、アンナの剣は衝撃に耐えられず、刀身の半ばで折れていた。



「どうした。言葉も出ないか。それでこそ、あの下種店主の策に乗った甲斐があるというものだ。」



 マクシミリアンが誇らしげに剣を持ち上げる。前回携えていた大剣に比べ、その身は小さいにもかかわらず、彼の動きからはそれ以上の重量が感じられた。



「見よ。これこそ我がガルス・ガルス家に伝わる至宝。失われし、大エトリリアの秘技、十重の鉄鋼デケンプレクス・アダマスにより鍛えられし名刀よ」

「なかなか面白いオモチャをお持ちなんですね。そんな剣、初めて見ました」



 興味なさ気に返答しながら、アンナは折れた剣を眺めている。あたかも、自分の剣の方に不備があったかのような仕草である。



「ふん、強がりを言うな。この剣はな、十枚以上の鉄鋼を重ね合わせて、圧縮し、一本の刃に練り上げてあるのだ。普通の剣に比べれば、密度も十倍以上なら、重量も十倍以上。貴様のなまくらなど勝負にならんぞ」



 マクシミリアンの声に熱がこもる。アンナへの対抗心が身体を動かしていた。



「その剣が良いものだというのはわかりました。でも、剣を振るうのは貴方でしょう。私、武具の自慢話で満足な人に、負ける気はしません」



 その言葉が、戦いの再開を告げる鐘となった。

 マクシミリアンが雄叫びを上げながらアンナに詰め寄る。間合いに入るなり、上段から剣を振り下ろした。

 軽やかな足捌(あしさば)きで、アンナがその攻撃を躱す。

 反撃に出るため大きく踏み込んだアンナの視界の端から、一気に距離を詰めてくるものがあった。

 すんでの所で踏みとどまったアンナの鼻先を、鈍くくすんだ切っ先が光の速さで駆け抜ける。刃を振り下ろすのがやっとに見えたマクシミリアンが、連撃を繰り出していた。


 前回戦った時ほどの速度はない。当たらなければ問題にならない攻撃だった。だが、もし当たったなら、例えアンナであろうと防ぎようがない、そんな殺人的な重量をともなった斬撃だった。

 そこからさらに数撃、マクシミリアンの攻めが続いた。アンナが一撃を避けて反撃に転じようとすると、次の一撃が飛んでくる。

 吹き荒れた疾風が止んだ時、マクシミリアンの額には玉の汗が浮いていた。



「あら、もう終わり。口ほどにもないんですね」

「貴様こそ、余裕がなくなってきたんじゃないのか。冷や汗が出ているぞ」



 言葉を交わしながら、二人は息を整えた。

 マクシミリアンにとっては一撃当てるだけで良かった。当たりさえすれば、肉も、骨も、(はらわた)も関係なく、人間の身体など全て蹂躙(じゅうりん)できる。


 一方、躱し続けるアンナには決定的な勝機がない。折れた剣では相手に手傷を負わせるのは難しかった。かといって、前回のように体力が切れるのを待つことも出来ない。まだ当分の間、セサロニカの街に滞在する以上、相手を行動不能に追いやらなければ、危機は去ったことにならないのだ。


 両者は同じ仕草で額の汗をぬぐい、ゆっくりと息を吐いた。

 マクシミリアンの重剣が高々と昇っていく。

 アンナが身を屈めた。

 既に二人の間に言葉はなくなっていた。


 先に仕掛けたのはアンナだった。低い姿勢から相手の懐へ飛び込む。

 待ち構えるマクシミリアンが腕を振り下ろそうとした瞬間、アンナの脚が急に止まった。その脚に引っかかるように彼女の上体がつんのめり、地面の上を転がる。

 一瞬、アンナの奇行にマクシミリアンが躊躇した。下ろしかけた剣が止まる。

 その隙に、アンナはマクシミリアンの足下に転がり込むと、手前に出ていた左足に抱きついた。



「くっ――」



 マクシミリアンの顔に苦悶の相が表れる。

 膝を折り、腰が落ちると、重さを支えきれなくなった剣は、背中越しに後ろの地面に突き刺さった。

 マクシミリアンの首にアンナが刃を突き付ける。切っ先を失っていても、人の喉を掻き切ることくらいは出来そうだった。



「今日も私の勝ちですね」



 マクシミリアンは、黙って奥歯を噛み締めた。彼の左脚、膝の裏の最も体重の掛かる所に、折れた刀身の片割れがもぐり込んでいた。鎧の鉄板と鎖かたびらの間を強引に押し広げ、切っ先は生身の脚にとどいている。



「何故だ。何故勝てない」

「貴方、つまらないんですよね。驚くほどでもないと言うか、凡庸と言うか」



 歯噛みするマクシミリアンを気にも留めず、あっさりと言い放ったアンナは、そのまま彼の背中に回った。



「貴方が私の剣を折ったんですからね。代わりにこの剣は預かっておきますよ」



 そう言うと、アンナは重剣の柄を握り、片手で持ち上げて一振りした。ぴゅっという鋭い風切り音がなる。



「確かに調度良い重さですね。今まで使っていたものは、手応えがなさ過ぎて困っていたんです」



 軽々と剣を担ぎ上げたアンナは、馬車のある崖の方へと走っていく。その背中を、左脚を抱えて座り込むマクシミリアンが、赤い目でにらみつけていた。

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