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第24話 商都入城

「すごい、きれい、いい匂い!」



 セサロニカの街に入るなり、アンナは歓喜の叫び声を上げた。もし、彼女に尻尾が着いていたなら、千切れんばかりに、その尻尾を振っていたことだろう。


 行商人の馬車に便乗したウィレムとアンナは、ヘレネス王国第二の都市、セサロニカに足を踏み入れた。重厚な建造物に、理路整然と敷き詰められた石畳、光射す広場(フォルム)には、種々雑多な人々が行き交い、雑踏の中から景気の良い掛け声が飛ぶ。食欲を刺激する、美味そうな香りまで辺りに漂っていた。

 こうまで差があるのかと、ウィレムは舌を巻いた。ガリアにも大きな都市は幾つかあるが、王宮の城下町ルテティアでさえ、これほどの活気ではなかった。



「ウィレムさま、すごいです。こんなに人がいて、みんな生き生きしてて」



 顔を上気させたアンナが、ウィレムの袖を引きながら、興奮気味に(まく)し立てる。ガリアの片田舎しか知らない彼女にとっては、感動もひとしおだろう。もしかすると、幼少期、母親の昔語りに夢想した大エトリリア帝国の繁栄を、思い起こしているのかもしれなかった。


 元々、ヘレネス王国の起源は、大エトリリア帝国に遡る。

 帝国の最盛期、エトリリアの支配が階層全域に広がると、皇帝テオドールは、統治を徹底するために、帝国を東西に割った。そして、東西それぞれの帝国を、二人の息子に相続させたのだ。その時の東エトリリアが、現在のヘレネス王国である。セサロニカに残る神殿などの巨大建造物からも、往時の繁栄が(しの)ばれた。



「これからどうしますか」

「まずは教会へ行こう。ヘレネスの事情について、色々聞きたいからね」



 ウィレムがヘレネスに関して知っていることは限られていた。国王の権力が強く、中央集権的な国家機構であること。相対的に教会の影響力が弱いこと。商業が活発で、下の階層からも、人や物が集まること。精々がその程度である。コンスタンティウムに向かう前に、ヘレネスや、出来ればタルタロスのことも知っておきたかった。


 見れば、興奮気味のアンナは、今にも飛び出して行きそうな気配である。 はぐれないようにと、ウィレムは彼女の手を握った。

 アンナの身体が小さく震えた。



「どっ、どうされたのですか。突然」



 素っ頓狂(すっとんきょう)な大声に、辺りの視線が二人に集まる。一番驚かされたのは、彼女の隣にいたウィレムだった。



「アンナこそ、急に大声を出して、どうしたんだい」



 思わず、アンナに聞き返す。



「いえ、その、手が……」



 アンナの目が、ウィレムの顔と自分の手の間を、行ったり来たりする。その間にも、握った手の平は、みるみるうちに湿り気を帯びていった。



「ああ、手を握ったことかい。放っておくと、君がどこかへ行ってしまいそうだったからさ」



 ウィレムが手を持ち上げると、二人の手は、指をからませあって、仲睦まじく握られていた。アンナのやわらかな指の腹が、ウィレムの手の甲に優しく触れる。

 眼前に掲げられた手を見て、アンナの顔が、彼女の毛髪と同じ赤色に染まっていく。目尻が下がり、一瞬恍惚の表情になったかと思うと、一転して眉が吊り上がり、彼女はウィレムをにらみつけた。



「ウィレムさま、私はあなたの騎士なのです。こんなことなさらなくても、お側を離れたり致しません」



 つないでいた手は、強引に振り払われた。

 彼女が何を怒っているのか、ウィレムにはさっぱりわからない。



「でも、これだけ人がいるんだ。知らない土地ではぐれたら、それこそ大変だよ」



 再度、アンナに手を差し出す。しかし、その手は軽く叩かれた。



「大丈夫です。どうせ教会に行くだけでしょう。それに、万が一はぐれたとしても、私が、絶対に、ウィレムさまを見つけますから」



 激しい口調で怒鳴った後、アンナは肩を怒らせながら、広場の方へ歩き出した。

 我に返り、慌ててアンナの後を追おうとした時、ウィレムの前を、一台の馬車が土煙を上げて通り過ぎていった。あわやウィレムは引かれる所だった。

 馬車の荷台には幌が被せられ、中の荷物が隠されていたが、すぐ側にいたウィレムだけは、(ほろ)の隙間から中が見えた。

 それは確かに人の形をしたのもが、積み込まれているように思えた。


 ウィレムの脳裏に、教会で捕らえられていた女性たちが浮かぶ。

 荷馬車の行った方に目をやったが、既に人の群れの中に消えていた。

 見なかったことにしよう。

 ウィレムは頭を振ると、先に行ったアンナを探した。

 しかし、行き交う人の波のなかに、よく目立つはずの赤い髪の毛を見つけることは出来なかった。

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