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第17話 らしくない

 夕食を済ませた後、ウィレムは一人で司祭館の中を散策した。旅の疲れもあったが、眠るには幾分か早い。何より、客室へ戻るとゲーヴと二人きりになることが、ウィレムを部屋から遠ざけさせた。


 田舎の司祭館にしては、この建物は規模が大きい。方形の建物は二階建てで、司祭一人では使い切れないほどの部屋があった。今までに宿を借りた教会では、一つしかない客室に全員が押し込められていたが、今夜は男女それぞれに一部屋ずつ宛がわれている。


 先程の食事といい、立派な礼拝堂といい、この教会はかなりの寄進を集めているのだろう。ヘレネスとの国境も近いので、行商人の喜捨もあるのかもしれない。

 ただ、ウィレムには、この教会の主であるフォースタスが、それほど人に慕われるとは、どうしても思えなかったのだが。


 廊下の角を曲がって、玄関前の広間に出た所で、ウィレムは思わず後退(あとずさ)った。

 蝋燭(ろうそく)のか細い光の中に、筋骨隆々とした彫像の姿が浮かび上がったからである。

 気配を悟られぬよう、足音を殺して来た道を戻ろうとすると、背後から無機質な声が飛んだ。



「そこにいるのは坊主だろう。どうして隠れている」



 恐る恐る頭と燭台(しょくだい)を角から出すと、琥珀色(こはくいろ)の瞳が、こちらをにらんでいた。

 慌てて壁の影から出てはみたものの、ゲーヴからは何の反応もない。この沈黙が嫌で、ウィレムは部屋に近付けなかったのだ。


 ゲーヴは基本的に寡黙な男だった。返事は短く、必要な時しか話さない。ウィレムたちだけでなく、マリアにも同じような態度で接しているように見えた。だからこそ、声を掛けられた時、恐れとともに、驚きも感じたのだ。



「お前、何故そんなことをしている」

「えっ?」



 (つぶや)くような問いに、思わずウィレムは聞き返してしまった。声にした後で不味いことをしたと、内心肝が冷えた。



「何で坊さんの真似事なんてしているのか、って意味だ」



 起伏のない返答からは、気分を害したのか判断が付かなかった。



「真似事なんて、そんな、僕はれっきとした聖職者ですよ」



 必死に取り(つくろ)ってはみたが、動揺から唇が震えた。冷たい汗がこめかみを伝う。



「雰囲気から別物なんだよ。普通どんなに人の良い坊さんでも、説教の時には人を見下して話すもんだ。墓地で爺さんに話してる時、お前からはそんな気配が微塵(みじん)も感じられなかった」



 あの時は、老人の真心に感じ入り、半ば無意識にしゃべっていた。見下すなど、あろうはずがない。



「そんなに違いますか」



 うっかり、相手を肯定するような言葉が出てしまった。自分がどこか僧侶らしくないという自覚は、前からあったのだ。



「わかる人間にはわかる。ここの司祭は別のことに気が向いていて、それどころじゃ無かったようだが」



 ゲーヴの口振りからすると、聖職者ならば大抵の者は気付いてしまうほどに違うようだ。こうなると、伝道僧に化けてタルタロスを目指す計画そのものを、見直さなければならないかもしれなかった。

 その場で考え込んでしまったウィレムに、ふとした疑問がよぎる。



「ゲーヴさんて、随分と教会や聖職について詳しいんですね」



 根拠は特にない。ただそう感じた。思ったことをそのまま尋ねてしまったのは、彼がいつになく饒舌だったからかもしれない。

 返答はなかった。


 どれくらい経った頃か、ウィレムが諦めて部屋に戻ろうとした時、ゲーヴの口が微かに動いた。ウィレムの耳がぎりぎり拾うことができる大きさの声。蝋燭の灯を吹き消す時のような、ぼそりとした一言だった。



「オレは修道院育ちだからな。そこで、坊さんどもの現実を見て、信心も崇拝も捨てちまった」

「えっ?」



 ウィレムは、再び聞き返してしまった。あまりにゲーヴの印象と違いすぎる。聖職というよりも、力仕事、特に戦士という印象が強かったからだ。

 驚きのあまり、口を開けたまま間抜けな顔を(さら)すウィレムを見て、ゲーヴは小さくため息を吐いた。


「そういう阿呆みたいに素直な所が、らしくねえんだよ。坊さんて人種はな、腹の底に一切合切を抱え込みながら、顔には鼻持ちならない笑みを貼り付けているもんなんだ」


 言われて、ウィレムは慌てて表情を引き締め直した。そうやって右往左往する所が一番らしくないと言われたばかりだ。


 ゲーヴはウィレムの背中を軽く叩くと、玄関の方へ歩き出した。

 見送る青年に、男は背中越しに忠告する。


「今日はさっさと寝ろ。ただし、いつもみたいに熟睡するなよ」

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